本記事は、管理人ロゼの個人的な視点から『この結婚はどうせうまくいかない』という作品の魅力を考察したものです。
※物語全体に関わるネタバレを含みます。
『この結婚はどうせうまくいかない』を、私は最初から「名作」だと思って読んでいたわけではありません。むしろ最初は、華やかな絵に惹かれて読み始めた韓国ロマンス作品の一つでした。
政略結婚。
美しい男女。
回帰。
愛のない結婚から始まるロマンス。
ここだけを見れば、決して珍しい設定ではありません。けれど、読み進めるほど、この作品はそんな枠には収まらなくなっていきます。
そして原作を深く追うほど、何度も思うようになりました。
『これは、名作中の名作だ」
泣ける、という言葉だけでは足りません。
胸が締めつけられるというより、ときには読み終えたあともしばらく動けないほど感情を揺さぶられる。長い物語の中で積み重ねられてきたものが一つにつながった瞬間には、胸が震えるような感動があります。
一人の女性が何度も生きた人生。愛した人。失った人。生まれることのできなかった未来。忘れることのできない記憶。
そして、そのすべてを抱えた彼女を愛する一人の男。
全体を見渡したとき、それは長編ロマンスというより、一本の壮大な映画を最後まで観終えたような物語にさえ感じます。
私にとって『この結婚はどうせうまくいかない』は、韓国ロマンスというジャンルを超えて心に残った、紛れもない傑作です。
では、なぜこの作品は、ここまで深く刺さるのでしょうか。
01|これは「人生をやり直して幸せになる物語」ではない
イネスは人生を繰り返しています。
けれど、この作品における回帰は、過去の失敗を知識として利用して、今度こそ正解を選ぶためだけの便利な装置ではありません。
むしろ、過去を覚えているからこそ、イネスは苦しみ続けます。
オスカルと生きた人生。エミリアーノを愛した人生。そこで失ったもの。自分が選んだこと。自分ではどうすることもできなかったこと。
新しい人生が始まっても、それらの記憶は消えない。
イネスにとって回帰とは、「人生をもう一度やり直せること」であると同時に、失われた人生を自分だけが覚え続けることでもありました。
ここに、この作品の残酷さがあります。
過去に戻れば全部やり直せる。今度こそ間違えなければいい。
そんな単純な話ではありません。
人は記憶によって作られているからです。
過去の人生が消えても、そこで愛したことを覚えているなら、その愛はイネスの中では確かに存在した。そこで失ったものを覚えているなら、その喪失もまた消えない。
『この結婚はどうせうまくいかない』が描いているのは、人生をリセットする爽快感ではなく、人生とは、何によってその人の人生になるのかという、もっと大きな問いなのだと思います。
02|一人の女性が、何度生きても背負い続けるもの
この作品を読み進めるほど、読者はイネスの物語を単なる恋愛物語として見ることができなくなると思います。
彼女は何度も繰り返している。
けれど、そのたびに別の人生へきれいに切り替わるわけではない。
過去のイネスも、今のイネスの中にいる。
オスカルと生きたイネス。エミリアーノを愛したイネス。
そしてカッセルと生きるイネス。
どれか一つだけが「本当の人生」で、それ以外が間違いだったわけでもない。
そのどれもがイネスにとっては精いっぱいの人生だった。
だからこそ、この物語には純文学を思わせるような壮大さがあります。
扱っているのは「誰と結ばれるのか」という恋愛の結末だけではありません。
記憶とは何か。
喪失とは何か。
愛した人を失ったあと、人はどう生きるのか。
過去を抱えた人間が、それでも新しい人生を選ぶことはできるのか。
そんな普遍的なテーマが、長い物語の底をずっと流れています。
03|過去の愛を否定しないから、今の愛が美しい
この作品で私が特に好きなのは、過去の愛を「間違いだった」と処理しないところです。
イネスがエミリアーノを愛したことは消えません。その人生で感じた幸福も、失った悲しみも、なかったことにはならない。
もし物語が、「本当の運命の相手はカッセルだった。だから過去の愛は間違いだった」という形で進んでいたら、ここまで心を揺さぶられる作品にはならなかったと思います。
人は、一つの愛しか持てないわけではない。過去に誰かを心から愛したことと、今、別の誰かを心から愛することは矛盾しません。
そして、亡くした人を忘れなければ次へ進めないわけでもない。
過去を消して現在の愛を成立させるのではなく、過去も自分の人生として抱えたまま、それでも今を選ぶ。
この作品は、そのことから逃げません。だからイネスの人生が重い。
そして、そのイネスがカッセルを愛することに、途方もない重みが生まれるのではないでしょうか。
04|カッセルは、イネスの過去を消してくれる「救済者」ではない
序盤のカッセルには、反発を覚える読者も多いと思います。
私自身も、あ、またこの展開ね、ぐらいに読み始めました(笑)。
ところが物語が進むほど、カッセルという人物の見え方が変わっていきます。
それは単純に、「遊び人だった男が改心して一途になった」という話ではありません。
最初に読者が見ていたカッセル像そのものが、彼という人物のすべてではなかったことが少しずつ分かってくるからです。
幼い頃のこと。イネスとの関係。彼自身も理解していなかった感情。
そして、イネスが知らなかった時間。
新しい事実を知るたびに、それまで読んできた場面の意味まで変わっていきます。
けれど、カッセルにもできないことがあります。
イネスの過去を消すことはできない。彼女が失った人を戻すこともできない。
彼女が経験した人生を、代わりに生き直してやることもできない。
できるのは、すべてを抱えた今のイネスと生きることだけです。
だから私は、カッセルの愛を単純な「溺愛」とは思いません。
彼が愛するのは、自分だけを知るイネスではない。自分の知らない人生があり、自分以外の誰かを愛した記憶があり、消えることのない傷を持つイネスです。
どうにもできないものがあると知ったうえで、それでも彼女を選び続ける。
物語が進むほどカッセルの愛が胸に迫ってくるのは、そのためなのだと思います。
05|知るたびに、それまでの物語が書き換わっていく
『この結婚はどうせうまくいかない』は、読者の認識を何度もひっくり返す作品でもあります。
最初は、イネスがすべてを知っているように見えます。
人生を繰り返し、未来を知り、周囲の人間より圧倒的に多くの情報を持っている。カッセルさえ、彼女の計画の中に置かれた一人に見えます。
ところが読み進めるほど、イネスにも知らなかったことがあると分かってきます。そして読者自身も、
「あの場面は、そういう意味だったのか」
と何度も過去へ戻されます。一度読んだ場面の意味が、後から変わる。
人物への評価が変わる。過去と現在がつながる。何巻も前に置かれていたものが、ずっと後になって別の意味を持って立ち上がる。
長い物語だからこそできるこの積み重ねが、終盤になるほど圧倒的な力を持ち始めます。
点だったものが線になり、最後には一つの大きな物語として見えてくる。
だから読み終えたとき、長い一本の映画を観終えたような感覚が残るのだと思います。
06|これほど重いのに、ちゃんと笑える
そして『この結婚』のすごさは、これだけではありません。
ここまで書くと、ひたすら重く、苦しく、悲しい作品のように見えるかもしれません。
でも実際には、かなり笑えます。
イネスとカッセルのやり取り。
カッセルの妙なところでの素直さ。
周囲の人物たちとの掛け合い。
深刻な状況の中でも突然差し込まれる、思わず笑ってしまう場面。
このコミカルさとの共存が本当にうまい。
重い場面の合間に無理やりギャグを挟んでいるのではなく、人物の性格や関係性から自然に笑いが生まれます。だから、長く重い物語を読み続けられる。
そして笑ったあとだからこそ、その後に訪れる痛みが余計に深く刺さることもあります。
泣いて、笑って、また胸を締めつけられる。
その感情の振幅の大きさも、この作品の魅力です。
07|濃密な成人描写が、物語から浮いていない
そしてもう一つ、この作品を語るうえで外せないのが成人描写です。
かなり濃密です。
けれど私は、この作品の成人描写を単なる刺激的なサービスシーンだとは感じていません。
カッセルとイネスは、言葉だけで関係を築いていく二人ではありません。
距離。欲望。ためらい。拒絶。信頼。
そして愛情。
二人の関係の変化が、身体的な距離にも表れます。だから成人描写そのものが、二人の関係性を描く一つの表現になっています。
しかも、そこに大人の読者が読んでも成立するだけの濃密さがある。
壮大な人生のテーマを扱いながら、コミカルな掛け合いがあり、さらに官能的な成人描写まである。
普通ならどこか一つが浮いてしまいそうなのに、そのすべてが同じ二人、同じ人生の物語として共存している。
このバランス感覚は、本当に見事だと思います。
08|「泣ける」だけでは、この作品を説明できない
もちろん、泣きます。私はこの作品を読んで何度も泣きました。
けれど、「泣ける作品」とだけ紹介すると、何かが違います。
悲しいから泣く。かわいそうだから泣く。
それだけではありません。長い時間をかけて知ってきた人物たちの人生がつながり、それまで理解できなかったことの意味が分かり、失われたものと今ここにあるものが同時に見えたとき。
悲しさだけでは説明できない感情が押し寄せます。
——感動で胸が震える。
その表現の方が近い。
だからこそ、これはただの「泣けるロマンス」ではない。
何度も生きた一人の女性の人生を最後まで見届けたことで生まれる感動なのだと思います。
09|ロマンスでありながら、その中心には「人生」がある
『この結婚はどうせうまくいかない』には、ロマンス作品として読者を惹きつけるものが、これでもかというほど詰まっています。
美しい男女。政略結婚。嫉妬。執着。すれ違い。溺愛。濃密な成人描写。
そしてカッセルという、読み進めるほど魅力を増していく男性主人公。
でも、その奥にあるものはもっと大きい。
記憶。時間。喪失。家族。選択。後悔。愛した人の死。
そして、生き残った人間がその後をどう生きるのか。
扱われているテーマだけを取り出せば、純文学を思わせるほど壮大です。
それを難解な物語としてではなく、ロマンスとして夢中になって読み進められる形にしている。
笑わせながら、恋をさせながら、官能的な場面まで描きながら、その底ではずっと「人は過去を抱えてどう生きるのか」という問いが流れている。
この振幅の大きさこそ、『この結婚はどうせうまくいかない』という作品のとてつもない強さだと思います。
10|だから私は、この作品を「傑作」だと思う
作品の好みは人それぞれです。
重い物語が苦手な人もいる。
成人描写の濃さが合わない人もいる。
長い物語を最後まで追うこと自体、大変です。
それでも私自身は、『この結婚はどうせうまくいかない』を名作中の名作、そして傑作だと思っています。
それは、単にカッセルとイネスが好きだからではありません。
これほど多くの人生と記憶を積み重ねながら、一つの愛の物語として最後までつなぎ切っているからです。
過去を消して幸せになるのではない。過去に愛した人を否定して、新しい愛を正解にするのでもない。失ったものは失ったまま。
傷ついた記憶も残ったまま。
それでも、人はまた誰かを愛することができる。
そして、もう一度自分の人生を生きることができる。
何度人生をやり直しても消えなかったものをすべて抱えて、それでも「今」を生きる。
そこまでたどり着いたとき、『この結婚はどうせうまくいかない』という物語は、最初に見えていた政略結婚ロマンスとはまったく違う姿になっています。
泣いて、笑って、腹を立てて、胸を締めつけられて。
そして最後には、感動で胸が震える。
私にとってこの作品は、長い一本の映画を観終えたような、あるいは一冊の壮大な文学作品を読み終えたような余韻を残す物語です。
『この結婚はどうせうまくいかない』は、ロマンスという形を借りて、一人の女性が何度もの人生を経て、それでももう一度「生きる」ことを選ぶまでを描いた物語。
だから私は、この作品がこんなにも大好きなのです。
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