🌹 本記事は『バスティアン』原作107話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
ティラの結婚式は、簡素に行われることになっていた。
オデットは、婚約者のニック・ベッカーと密かに会い、
ティラを送り出す準備を続けていた。
カフェのニック・ベッカー
「本当に申し訳ございません」
ニック・ベッカーは、もう何度目か同じ言葉を繰り返していた。
「大丈夫ですよ、ベッカーさん。お気になさらないでください」
結局、オデットの思い通りになった。
二人は決められた日にベルクを出ると言った。
期日が迫っているため、結婚式は簡素に行われることになった。
婚姻届を提出し、簡単な披露宴を催した後、すぐに船に乗る予定だった。
このような形でティラを送り出したくはなかったが、
オデットは避けられない現実を受け入れた。
自分の結婚式にオデットを招待したがらないティラの気持ちも理解できた。
傷ついているだろうから。
「ティラの心が赴くままにさせてあげてください」
ティーカップの隣に置いていた懐中時計を手に取ったオデットが、
淡々と告げた。
「最後まで私に背を向けるほど酷い子ではないでしょうから、あまり心配なさらないで。
適切な時が来れば、先に手を差し伸べてくれると信じています」
「ティラをよろしくお願いします」
前回と同じ挨拶で別れを告げたオデットが、席を立った。
路面電車の記憶
正午を知らせる時計台の鐘の音が、通りに鳴り響いていた。
オデットは、慌てて路面電車の停留所へと向かった。
この外出の公式な目的はティーパーティーだった。
少し歩きたいという口実で、運転手に近くで車を停めてもらい、
路面電車に乗って郊外へ出てきたのだ。
嘘がバレないためには、
時間通りにティーパーティーに出席しなければならなかった。
路面電車の中で、オデットはあの夜を思い出していた。
サンドリンがバスティアンの寝室へ入っていった夜。
オデットは屋敷をさまよい続けた。
行き先などなかった。
ただ、彼らから遠く離れたかっただけだった。
夜明け頃に寝室へ戻ると、そこには静寂だけが残されていた。
少なくとも、あまり遅くならずに立ち去る配慮くらいはしてくれたようだった。
サンドリンは、その数時間後にアルデンヌを去った。
「おかげで楽しい時間を過ごせましたわ」
秘密めいた笑みを浮かべた別れの挨拶だけが、今も耳に残っていた。
オデットは静かにため息をつきながら、目を閉じた。
妻の寝室へ
五時までに皇宮へ行く準備を整えておくこと。
簡潔な命令を伝えたバスティアンは、
特に説明を加えることなく玄関ホールを横切っていった。
「妻は同行しない。出発の時間に合わせて、車と運転手を待機させてくれれば十分だ」
廊下を歩くバスティアンの足を止めたのは、
メイド長が抱えている荷物の包みだった。
「奥様宛てに届けられたものです。
やむを得ず葬儀に参列できなかった知人たちが送ってきた、慰めの手紙と贈り物でございます」
「ああ。慰めか」
そのあり得ない言葉を反芻して笑ったバスティアンは、
メイド長に代わりオデットの部屋のドアを開けてやった。
立ち去ろうとした彼を引き止めたのは、風だった。
正確にはあの女の寝室を通り抜けてきた風が伝える、かぎ慣れた香りだった。
その風が吹いてくる場所を眺めるバスティアンの眉間が、
徐々に狭まった。
衝動的に敷居を越えたバスティアンは、
ゆっくりと妻の寝室を歩き回った。
オデットの部屋は、彼の記憶と大きく変わっていなかった。
過去のある時点で時間が止まってしまったかのような光景だった。
ベッドを通り過ぎたバスティアンは、
柳の籠が置かれたサイドテーブルの前でピタリと足を止めた。
編みかけの服が一着、糸玉の上に置かれていた。
彼の掌よりも小さく見えるベストだった。
籠の片隅には、同じ糸で編まれた靴下も一足置かれていた。
見ないうちに人形遊びにでも凝り始めたのでなければ、
残された用途は一つしかないようだった。
今にも赤ん坊の服を置こうとしたバスティアンの唇に、
歪んだ笑みが浮かんだ。
二人の女の策略に踊らされたあの夜の記憶が、ふと頭をよぎった。
そんな真似をしておきながら、
悠々とこんなものを作っていたであろうオデットの姿を思い浮かべると、
乾いた笑いが漏れた。
割に合わない計算
僕は一体、君にとって何なのだろうか?
すべてを台無しにした、
その情けない疑問への答えを、改めて突きつけられた気分だった。
バスティアンは窓の前に置かれた長い椅子に座り、オデットの部屋を眺めた。
その気になれば、今夜にでも直ちにあの女を追い出すことができた。
—— しかし
いつでも去る準備をして生きてきた女を自由にしてやることが、
果たして断罪なのだろうか?
籠から解き放たれた鳥のように、
ひらひらと飛んでいくオデットを思うほど、懐疑の念が深まった。
不倫を犯した淫婦。
会社の機密を盗んだスパイ。
父親を不具にした罪人。
そのいずれの要素を付け加えてみても、結論は変わらなかった。
容易に結論が出せない間にも、
時間はこの結婚の終わりに向かって流れていた。
ジェンダース家の紋
「ご主人様をお探しのお電話がございました。
ケラーだとお伝えすればお分かりになるとのことでした」
予想もしない名前を聞いたバスティアンの目が細められた。
—— ケラー。
彼がラッツを離れている間、オデットの動向を探らせていた探偵だった。
顎をくいと動かしたバスティアンは、そのまま席を立った。
くしゃくしゃに丸めた煙草を捨てて振り向くと、
コンと、何かが落ちる音がした。
後ろのテーブルの上に置かれていた花束だった。
ふっくらとしたピンク色のバラを束ねて作られた花束の真ん中には、
見覚えのある紋章が押された手紙が挟まっていた。
—— 飛び立つ鷹
ジェンダース家の紋章だった。
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