🌹 本記事は『バスティアン』原作97話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
ベロフ王太子妃となったイザベラがベルクを訪れていた。
夫と息子も一緒だった。
病身のオデットは皇宮の舞踏会へ向かっていた。
同じ頃トロッサ諸島では、
帰国を目前にしたバスティアンが、一冊の報告書を開いていた。
馬車の中のトリエ伯爵夫人
「だから、夫についていくべきだったのよ」
トリエ伯爵夫人の鋭い声が、ガタガタと揺れる馬車の騒音を圧倒した。
オデットの健康が急に悪くなり始めたのは、この夏が始まった頃からだった。
今夜の舞踏会も、健康上の理由で不参加の意を伝えていた。
それでも馬車に乗ることになったのは、イザベラの意地のためだった。
過去の過ちを謝罪したいという名分を掲げていたが、本心は別にあるのが明らかだった。
謝罪が目的なら、わざわざ舞踏会へ連れ出す必要などないはずだった。
馬車はちょうど大理石の噴水があるロータリーを通り過ぎていた。
退勤する途中の若い将校たちが、群れをなして検問所を通り過ぎてくる。
噴水に座ってその光景を見ていた一人の淑女が、慌てて立ち上がり、身だしなみを整えた。
群れから抜け出した将校と、噴水の前で待っていた淑女が抱擁を交わしていた。
「出発してからもうすぐ2年になるのに、一度も休暇で帰ってこない薄情な夫を、そんなにも切なく恋しがるなんて」
「そんなことはありません」
オデットは慌てて首を横に振り、姿勢を正した。
バスティアンはただ時間を作るのが難しかっただけだ。長く席を空けるのが難しい重役を任されているし、トロッサ諸島と本国を行き来するには長い休暇が必要だから、と。
「あなたの夫はね、もしその気になりさえすれば、どんな手を使ってでもあなたに会いに来れたはずよ」
「私はバスティアンの真心を疑いません」
「この、お人よしのお馬鹿さんめ」
困った誤解だったが、オデットは反論しなかった。
まだ夫を愛する妻でいなければならない時なのだから。
皇宮が近づき始めると、オデットはハンドバッグから小さなガラス瓶を取り出した。
クラーマー博士が処方してくれた薬だった。
トリエ伯爵夫人がショールを羽織り直す隙に、素早く薬瓶を空にした。
英雄の妻であり、皇女の盾。
今夜の任務を淡々と心の中で反芻しながら息を整えているうちに、馬車のドアが開いた。
穏やかな微笑みを浮かべたオデットは、ためらうことなく一歩を踏み出し、その光の中へ入っていった。
新しい盤
トロッサ諸島の軍港では、バスティアンが書類と向き合っていた。
トーマス・ミュラーから来た四半期の報告書だった。
いつもの3倍はある分厚さだったので、検討にもかなりの時間がかかった。
「新しい盤を始める準備が完了した」
複雑な数式と分析が指し示している結論は、結局その一つだった。
失敗に終わった前回の作戦が撹乱戦であったなら、今回は全面戦に近かった。
バスティアンがはるかに好む戦術だった。
次の書類を広げた。
クラウヴィッツ夫人の最近の動向と人脈、そしてその父親と腹違いの妹の近況まで。
オデットの人生は静かで単調だった。
クラウヴィッツ少佐の妻としての役割に必要な交際や接待はおろそかにしていなかったが、それだけだった。
ほとんどの時間をアルデンヌの邸の塀の中で過ごし、社交範囲もそれほど広くなかった。
テオドラ・クラウヴィッツとの接点は皆無だった。
その息子との関係は少し違うようだが。
バスティアンは、何の感情の動揺もない眼差しでフランツ・クラウヴィッツの涙ぐましい求愛記を読み進めた。
日を追うごとに大胆になっていくのを見ると、婚約者の忍耐が尽きるのも時間の問題だった。
最後のページには写真が一枚添付されていた。
先月開かれた美術史博物館の特別展の開会式に出席したオデットとフランツの姿だった。
オデットは絵画を鑑賞し、
フランツはそのオデットを鑑賞するという構図。
問題になるような写真ではなかった。
だが、スキャンダルとは、作られるものだった。
夫の腹違いの弟との不倫。
離婚事由をもう一つ加えるのも悪くないだろう。
おかげで、テオドラ・クラウヴィッツが必死で結んだクライン伯爵家との婚約もめちゃくちゃになるのなら、この上ないだろう。
乾いた結論を下したバスティアンが書類を整理している間に、検問所が現れた。
出航30分前。
手首にはめた時計を確認したバスティアンは、機敏な動作で車から降り立った。
荒波が静まった北海の海は、凍えるほど青く輝いていた。
📖 前の記事
▶失われた未来⑥|96話 墓碑に刻んだ名前 ─ 小切手と、トロッサの夜
📖 次の記事
▶ 執行猶予②|98話 最悪に最悪を重ねた不幸
🌹 原作『バスティアン』を読み進める
▶バスティアン|原作ガイド
【免責事項】
※翻訳方針については当サイトの「翻訳・引用ポリシー」をご確認ください。
※本記事は作品のテーマを考察するものであり実在の行為を推奨・肯定する意図はありません。
※作品の引用・翻訳は著作権法の範囲内で行い、引用元を明記しています。
※本記事は作品内容の分析・評論を目的としたものであり、原作の翻訳全文を掲載するものではありません。