泥の中の愛㊶|149話 王女様のお茶会 ─ 赤ちゃんの部屋と、すり替えられた茶葉

バスティアン|泥の中の愛㊶|149話 王女様のお茶会 ─ 赤ちゃんの部屋と、すり替えられた茶葉 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

ローザンヌ行きの準備が、着々と進んでいた。

その静かな午前の裏で、
「K」の刺繍のエプロンをまとった影が、邸宅の奥へと進んでいく。

赤ちゃんの部屋のカタログ

ローザンヌの別荘を改装する――バスティアンの依頼で、室内装飾家が訪れた。

山と積まれたカタログを前に、オデットの心は別の場所にあった。
トリエ伯爵夫人からの連絡は、まだない。

電話は使えず、手紙も禁止されていた。

「もしかして、トリエ伯爵夫人から連絡はなかったでしょうか?」

「それは私の権限外のことでございますので、お答えしにくいかと存じます」

執事のロヴィスはひどく困惑した様子で返事を避けた

届き始めた郵便物にも、待ち焦がれた名前は見当たらない。
このままでは、ローザンヌの別荘に閉じ込められるのも時間の問題だった。

しかし外部と遮断された今、できることは何もなかった。

そこへ、ロヴィスが戻ってきた。
一番大切なものを忘れていた、と。

手渡されたのは、赤ちゃんの部屋のカタログだった。
おとぎ話の妖精が住むような部屋の数々。

「赤ちゃんの部屋には、特に気を使ってほしいとご主人様が直接リクエストされました」

ロヴィスがそっと付け加える。

震え始めた手で、ページをめくった。
一度も、赤ちゃんの部屋を飾ることなど考えたことがなかった。

——家族。

限りなくよそよそしく感じられたその単語を、
オデットは静かに心の中で繰り返した。

表現は不器用でも、家族を愛する気持ちは格別なのだ。
老執事はご主人様の意を汲み取ってほしいと、切に願いながら頭を下げた。

日差しは、可愛いベビー用品のカタログの上にまで差し込んでいた。

「K」の刺繍

モリーは、脱いだボロ服を物置の裏に隠した。

上着の下に着込んできたのは、糊の効いたメイド服。
エプロンの端には、この家の頭文字「K」の刺繍。

追い出された後も捨てなかったこの服が、光を放つ瞬間だった。

テオドラの任務は単純だった。
邸宅に潜入し、奥様の飲む茶葉をすり替えるだけ。

詳しい説明はなくとも、薬剤師を探し回る伯母を見れば、中身の見当はつく。

——おそらく、毒だろう。

互いに最も大切なものを壊し合うつもりなら、悪くない戦略だ。
英雄だなんだと言っても、整った顔一つだけの女に狂う、ありふれた男にすぎなかったのだから。

せいぜい噛みつき合えばいい。
望むのは、テオドラが破滅する前に受け取る成功報酬。

それだけだった。

オデットの生活は規則正しい。
午前の仕事が終われば、次は「王女様のお茶会」——このしがない人生を変えてくれる時間だ。

つぶれた鼻の新米メイド

「あの娘、まるでモリーみたいじゃないですか?」

従者の何気ない一言に、ドーラは廊下の端を見た。
深く頭を垂れた猫背の、しかし服装だけは非の打ち所のない新米メイド。

昨夜の酒のせいだと笑い飛ばした。

だが、面接へ向かう途中、今度は料理長が声をかけてきた。

先ほど茶筒を持っていったメイドが、モリーという娘にそっくりだったという。

体格の似た新米ならいるが、顔は違うはずだと答えるドーラに、
料理長は首を傾げた。

——あのつぶれた鼻は、確かにモリーだったと思うのですが。

もっとも、あの娘がここにいるはずもない。
見間違いでしょう——そう言って料理長は去っていった。

だが、ドーラはその場を動けなかった。

「お茶」は、特別管理品目だった。

鍵のかかる戸棚に保管し、鍵はメイド長が管理する。

腰の鍵束を確かめた。
戸棚の鍵は確かにある。

食品貯蔵室でモリーに似たメイドを見た記憶もない。

だとしたら、あの娘は一体、どこから茶を持ってきたのか。

晴れない疑問を抱えたまま、ドーラは三階の給湯室へと、
いつになくせわしない足取りで階段を上がり始めた。

吠える犬

茶葉のすり替えは、成功した。

掃除用具の物置に潜んだモリーの目の前で、新顔のメイドが湯気の立つティーカップを盆に載せ、廊下の向こうへ消えていく。

あとは脱出するだけだ——そう思った矢先、
廊下の角でかつての同室のメイドと出くわしかけた。

急いで引き返し、物置に戻ろうと決めたその時。

キャンキャン、と犬が吠えた。

松ぼっくりをくわえた奥様の犬が、しっぽを振って彼女を見上げている。
慌てて抱き上げて騒ぎを鎮めようとした。

その時背後から、聞き覚えのある声がした。

「モリー……?」

止まった足音が、再び近づいてくる。
聞こえないふりで歩き続けるモリーの腕の中で、すべてを台無しにした犬は、無邪気にしっぽを振っていた。

「なんてこと、モリー!」

確信の叫びと同時に、モリーは駆け出した。
追ってきたドーラは、すぐに引き返さざるを得なかった。

——奥様の名を叫ぶ、息の詰まるような悲鳴が、邸宅の平穏を引き裂いた。

モリーは犬を下ろし、転がるように階段を駆け下りる。
邸宅からは抜け出せたが、非常事態の鐘はすでに鳴り響いていた。

正門はもう使えない。

次善の策を選んだモリーは、勝手知ったる森へ向かって全力で疾走した。
——猛猛烈に吠えながら追ってくる、白い犬とともに。

📖 前の記事
泥の中の愛㊵|148話 そして再び、トリル

📖 次の記事 【泥の中の愛】
泥の中の愛㊷|150話 その怪物の顔


🌹 原作『バスティアン』を読み進める
バスティアン|原作ガイド

登場人物一覧と相関図


【免責事項】

※翻訳方針については当サイトの翻訳・引用ポリシーをご確認ください。
※本記事は作品のテーマを考察するものであり実在の行為を推奨・肯定する意図はありません。
※作品の引用・翻訳は著作権法の範囲内で行い、引用元を明記しています。
※本記事は作品内容の分析・評論を目的としたものであり、原作の翻訳全文を掲載するものではありません。