🌹 本記事は『バスティアン』原作99話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
父が死んだ。
礼拝堂は閑散としていた。
かつて帝国最上位貴族の列に名を連ねていた名家の末裔の最期とは信じられない光景だった。
オデットは棺の前を守るように立っていた。
そして、
バスティアンが、戻ってきた。
帰国を知らない妻
「まあ、これじゃあ、田舎の農夫の葬儀の方がまだマシに見えるわね」
献花を終えて戻ってきたデメル侯爵夫人が深いため息をついた。
礼拝席はまだ半分も埋まっていなかった。
オデットは弔問客が途絶えた父の棺の前を守るように立っていた。
まっすぐで端正な姿勢と毅然とした表情のどこにも、父を亡くした娘の悲しみを見出すことは難しかった。
「クラウヴィッツ少佐夫妻のことですが。どう考えてもおかしいわ」
デメル侯爵夫人は確信に満ちた口調で言った。
オデットは夫の帰国をまったく知らなかった。
献花をしながら交わした短い会話で分かった事実だった。
バスティアンが帰国してから葬儀を行った方がよかったのではないかという彼女の言葉に、
オデットは淡々と首を横に振った。
長い旅を待つのは無理だと。
夫にも同じ意向を伝えた、合意の上で決めたことだからと。
しかし、バスティアンが出航したのは先週末。
ディセン公爵が逝去する前のことだった。
「クラウヴィッツ少佐は、一体なぜ妻に帰国したことを隠したのでしょうね?」
「まさか、わざと隠したりするわけないだろう」
「毎月手紙を送るほど妻に献身的な男性が、そんな重要な知らせを伝えるのを忘れたとでも?本当に忙しいなら、電報一本送るだけでも済んだことでしょうに」
言葉に詰まったデメル提督は、
ただ乾いた唾を飲み込むだけだった。
父の最期
百合で飾られた棺に横たわるディセン公爵は、
まるで深い眠りについているかのように安らかに見えた。
ディセン公爵は、生死の境をさまよって三日目に息を引き取った。
数日間降り続いていた雨が上がった、遅い午後だった。
オデットはベッドのそばに座り、父の最期を看取った。
時折、目を開けるたびに、ディセン公爵はとりとめのない独り言を呟いた。
ほとんどが輝かしい過去の断片だった。
名門私立学校の校庭を歩く少年。
社交界の人気者。
皇女の秘密の恋人。
甘い記憶の中をさまよう彼は幸せそうに見え、
オデットはその事実に感謝した。
少なくとも、娘を恨み呪う悪鬼のような姿で父の最期を記憶せずに済んだからだ。
——「ヘレネ」
ますます荒くなる息遣いの合間から、その名前が聞こえてきた頃、
病室がバラ色に染まり始めていた。
そしてしばらくして、ディセン公爵は永遠の安息についた。
誤った愛に人生を捧げた女と、
自分が裏切った愛を懐かしみながら目を閉じた男。
オデットは、その愚かな恋人に対する憐憫と幻滅を飲み込みながら顔を上げた。
礼拝席の一番後ろの列でティラが泣いていた。
娘は今日も腹を大切に抱え込んでいた。
もう、ティラのことを考えなければならない時が来たのだな。
その事実と共に訪れた冷たい寒気が、疲れた体を蝕んでいった。
アルマの慰め
「クラウヴィッツ夫人!」
幼い子どもの朗々とした声が響き渡った。
礼拝堂を横切ってやって来たのは、ジェンダース伯爵の娘、アルマだった。
「病気にならないでね」
両目にいっぱいの涙を浮かべ、泣きじゃくりながらも、
アルマはなかなか毅然とした態度で自分の意思を伝えた。
「私は大丈夫よ、アルマ」
「ううん、違う。クラウヴィッツ夫人は心が痛んでいるんだって。
お父様が教えてくれたの。私たちは心が痛んでいるクラウヴィッツ夫人を慰めるために来たんだよって!」
力いっぱい頷くアルマの頭の上で、小花の模様と名前の頭文字が刺繍されたリボンが揺れた。
去年の誕生日に作ってあげたプレゼントだった。
あまりに真剣な子どもの態度が可愛くて、オデットは少し笑った。
アルマはオデットに抱きつくと、紅葉のような手を伸ばしてオデットの頭をなで、じっと瞳を見つめ、キスをし、そっと頬を寄せた。
おそらく、父親から教わった愛情表現なのだろう。
「もう痛くない?」
「ええ。ありがとう、アルマ」
頷いてみせたオデットは、子どものふっくらとした頬にお礼のキスをした。
上機嫌になったアルマは、葬儀場の物々しい雰囲気を一時忘れさせるような澄んだ笑い声をあげた。
目が合ったジェンダース伯爵は、穏やかな微笑みを浮かべた。
娘と似た褐色の瞳には、過剰ではない憐憫と慰めが宿っていた。
私たちにも、あんなふうに無邪気だった頃があったのだろうか。
ふと、はかない考えが浮かんだが、すぐにまた消えていった。
バスティアンが来た
黒い車が礼拝堂の正門前で止まった。
錆びついた鉄柵の向こうに見える墓地には、苔むした彫像や墓石が並んでいた。
まるで打ち捨てられた廃墟のような光景だった。
「ご苦労だった」
後部座席から聞こえてきた低い声が、深まりつつあった静寂を破った。
窓の外に向けられていた視線を戻したバスティアンは、車から降りる準備を始めた。
完璧に手入れされた制服と節度ある動作のどこにも、長い航海が残した旅の疲れの跡を見つけることはできなかった。
「待機する必要はない。もう戻るように」
反論を遮ったバスティアンは、ためらわずに車から降り立った。
これほどみすぼらしい葬儀とは。
あらゆる援助の手を拒んだ奥様の選択を、ハンスはようやく理解できたようだった。
おそらく、恥部をさらしたくなかったのだろう。
ハンスは複雑なため息をつきながら運転席に座った。
エンジンをかけながら見上げた空からは、霧のような雨が降っていた。
天気も手伝ってくれない葬式になりそうだった。
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