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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
ヘルハルトの本質
二人の奥様の荷物を運ぶ使用人たちは、早朝から慌ただしく動いていた。
初春、皇后の誕生日の宴が近づくと、帝国の名声高い貴婦人たちは首都へ集まってくる。
一年の社交シーズンの幕開けにも等しい行事だけに、招待されたすべての家が心血を注いで準備した。
「出発の準備が整いました、奥様。」
気配なく近づいたヘッセンが告げる。
優雅な微笑みを湛えた二人の奥方が立ち上がると、侍女たちも静かに続いた。
マティアスは祖母をエスコートし、雄大な階段を降りていく。
「お前も一緒に出発すればよかったのに。」
カタリーナ・フォン・ヘルハルトは、残念そうに孫を見た。
日程の合わないマティアスは、宴の日に合わせて首都を訪ねることになっていた。
「忙しいのは仕方ないが、事業ばかりに熱中して社交界を疎かにしてはならないものだよ。ヘルハルトの本質が何かは、誰よりもお前がよく知っているだろうが。」
——付け加えられた言葉には、慎重な懸念が込められていた。
世が変わり、貴族も領地だけに頼って生きられない時代になった。
それゆえ、社交界での地位と評判は一層重要だった。
爵位のない資本家が上流階級に組み込まれているとはいえ、
見えない壁はむしろさらに高く、硬くなっていた。
「はい、お祖母様。」
丁重な微笑みで答えるその姿は、普段と変わらない。
ひと安心したのも束の間、目線を交わす二人の奥方の表情には、消しきれない不安が残っていた。
「ラッツで会いましょう、マティアス。」
華やかに微笑んだエリーゼ・フォン・ヘルハルトは、息子と短い抱擁を交わして馬車に乗り込んだ。
マティアスは最後の瞬間まで完璧な礼儀を尽くして、二人を見送った。
「弁護士のスターフ氏が、午後にアルビスを訪問したいと申しております、旦那様。」
ロビーへ入る彼に続き、ヘッセンが声を低くして報告する。
スターフ家は、長年ヘルハルト家の法律問題を担当してきた。
「お話しされた件について、さらに詳細な助言を差し上げるには、会社の弁護士たちとも議論する必要がありそうだと、付け加えておりました。」
「それは今日、議論をした後に決めることにしましょう。」
命を受けたヘッセンが遠ざかると、マティアスは大理石のホールの中央で立ち止まった。
ゆっくりと頭を上げる。
巨大なシャンデリアと、その向こうの天井を飾るヘルハルト家の紋章を見つめる青い瞳は、深く冷ややかな光を帯びていた。
淡々と視線を収め、彼は少しだけ落ち着いた足取りでホールを横切っていった。
知らぬふりをするのが最善
「エリーゼ、本当にそんな類のことだと思っているのかい?」
馬車が領地を出ると、老いた奥方の顔色は目に見えて暗くなった。
エリーゼ・フォン・ヘルハルトは、疲れた表情で手袋を脱いで握りしめた。
「あの子がまさかと思いますが、マティアスも男ですからね。ビル・レマーに施す親切としてはどう見ても腑に落ちませんが、レイラ・ルウェリンの名を置いて考えると、理解できる気もします。そうではありませんか?」
カタリーナ・フォン・ヘルハルトは、肯定も否定もせず、窓の向こうを見つめた。
彼女は有能な公爵夫人として一時代を築き、その嫁であるエリーゼもまた同様だった。
この種のことで、根拠もなく馬鹿げた早合点をするような二人ではなかった。
「あの子がラッツに来たら、直接聞いて確認してみるのはどうだい?」
「私もそう思いましたが、あまり良い方法ではない気がします。」
エリーゼは、困惑したように老奥様を見た。
「マティアスはまるで、私たちにそれを聞いてほしいと思っているかのように見えるのです。よくご存じでしょう。あの子が本当にそんな気を起こしたのだとしたら、それがどういう意味を持つのかを。」
たちどころに理解した老奥様の憂いが、深まった。
もし推測が事実なら、それほど簡単ではないことだろう。
マティアスと庭師の養女の間に、何かがある。
思いがけない決定を伝えられたあの午後に、彼女たちはもうおぼろげに気づいていた。
今となれば、気づいていたという考えすら馬鹿げていた。
マティアスは公然と示していたのに、
彼女たちが敢えて知らぬふりをして、避けていただけだというのに。
「私たちの推測が間違っていないのなら、どうするのが我が家のために最善でしょうか?」
「知らぬふりをするのが最善だろうね、エリーゼ。」
聞く耳がないと知りながらも、カタリーナは声を精一杯低くして囁いた。
結婚式は、もう目の前に迫っていた。
雑音を最小限に抑え、無事に執り行うことが何より重要だった。
「やはり、それがいいでしょうね。レイラ・ルウェリンを首都へ送ろうとしているのを見ると、マティアスがその件で結婚を台無しにする気はないようですから。」
「そうだね。まずは無事に、二人の子どもを結婚させることに集中しなければ。」
エリーゼは、ため息を飲み込んで頷いた。
今すぐ問いただし、両家が骨を折って築き上げてきた結婚の邪魔になりかねないあの子を排除したい。
だが、そんなやり方はむしろ逆効果を生むだけだった。
結婚を台無しにしないという前提なら、
レイラ・ルウェリンを黙認するのが最善なのだろう。
他でもないマティアスだから
「私は、少し怖いのです。」
ズキズキと痛む頭に触れながら、彼女は心配そうに呟いた。
「見つかるのを覚悟したように振る舞うマティアスが心配です。万が一、ブラント家との婚約を破棄して、レイラ・ルウェリンととんでもない結婚をすると言い出したら、どうしましょう?」
「他でもないマティアスが、そんなことをするはずがあるかい?」
孫への自負心が誰よりも大きい老奥方の顔が、不快感で歪んだ。
しかしエリーゼは、なかなか心配を取り除けなかった。
「他でもないマティアスだから、こんな心配が湧いてくるのですよ。」
血の気のない手の甲に、血管が浮き出る。
マティアスは、一度も問題を起こしたことなく育った子どもだった。
務めを完璧に果たしてくれたために、口出しすることが一度もなかった。
しかし彼女は、たったの一度も、自分の息子が従順だと感じたことがなかった。
完璧な後継者になると決心したからこそ、そのような人生を完璧に生きた子どもだった。
言い換えれば、他の何かになろうと心を変えたなら、一夜にして完璧な後継者の人生を捨てることもあり得る子だという意味だった。
非の打ち所がないほど礼儀正しいが、
実は今まで、この世界の誰にも従順であったことのない、傲慢で強い意志を持つ者。
息子のそうした気質を、彼女はよく知っていた。
「そうですね。まさか、ないでしょう。」
エリーゼは、努めて不吉な予感を打ち消した。
やあ、レイラ
採点を終えた答案を整理したレイラは、凝った肩を揉みながら机の前で立ち上がった。
時間はもう、とっくに九時を過ぎている。
フィービーは夕方、手紙なしで戻ってきた。
幸い今日は、公爵のお呼びはないようだった。
深い安堵の息をつき、洋服ダンスの戸を開けたその時、窓を叩く音が聞こえた。
フィービーは確かに鳥籠へ戻った。
鍵は何度も確かめたから、抜け出したはずはない。
——もしかして、幻聴だろうか。
疑問を噛みしめる間に、音はもう少し早く、鮮明になっていく。
フィービーでないことは確かだった。
鳩のか弱い嘴に、あんな力が込められるはずはないから。
——まさか。
半信半疑でカーテンを開けると、幸いその男は見えなかった。
だが、疑問はさらに深まる。
暗闇だけの窓の向こうを窺い、レイラは用心深く窓を開けた。
聞き間違えたのだと思おうとしたその瞬間、窓の向こうの床に差す、細長い影を見つけた。
「あ……!」
影を追って視線を移したレイラは、思わず悲鳴を上げた。
——慌てて口を塞がなかったら、ビルおじさんに聞こえるほど大きな声を出していたかもしれない。
「やあ、レイラ。」
壁に凭れてその様子を見守っていた公爵は、気だるい口調で挨拶を交わす余裕を見せた。
何がそんなに面白いのか、クスクスと笑いまで漏らしながら。
「こ、公爵様が、どうしてここに?」
「さあ。なぜだろうな。」
「行ってください!早く!」
不安に怯える目で、レイラは閉まったドアと窓の向こうの男を交互に見た。
ビルおじさんは大抵この時間には寝ているが、だからといって安心できるわけではない。
「早く。こんなの嫌——」
鋭い叫びは、最後まで言い終えないうちに、マティアスの唇の上で砕け散った。
窓の向こうへ差し出された顔をしっかりと包み込み、
彼はまるでからかうように、ゆっくりとしたキスを続けた。
柔らかな息に混じって聞こえる微かな笑いが、レイラを一層焦らせる。
「出てこい。」
しばらくして、もがくレイラを放したマティアスが命じた。
濡れた唇をぼんやりと見つめていたレイラの眉根が、徐々に顰められた。
「嫌です!」
「それなら、俺が行ってやる。」
「何をするんですか、もう!」
敷居の向こうへ手を伸ばし、今にも小屋のドアを叩きに行きそうな彼を引き留める。
「どうか、帰ってください!今は出られないんですよ。」
「なぜだ?」
「ビルおじさんが、まだ起きているかもしれません。」
「それが何の問題だ?」
大したことではないという顔で、マティアスは目を伏せた。
窓枠と自分の顔を順にゆったりと見つめる眼差しの意味を察し、レイラは呆れてため息をついた。
「窓を乗り越えろというのですか?この夜に、私がなぜ?」
「俺が望むからだ。」
——よくもまあ、そんな厚かましい言葉を。
その顔に浮かんだ微笑みは、優しくもまた傲慢だった。
レイラはまず、袖を引っ張り下ろして濡れた唇を拭った。
この狂った男が意を曲げるはずがない。騒ぎが長引くほど、危険だけが増すのは明らかだった。
睨みつけたレイラは、急いでドアに鍵をかけ、窓の前へ戻ってきた。
「淑女に窓を乗り越えろと要求するなんて、紳士ではありませんね。」
「木にだって平気で登って遊んでいる淑女が言うことではないだろうに。」
「最近は登ってないです!」
キッと言い放ち、レイラは素早く軽い動作で窓枠を乗り越えた。
抱き下ろそうと近づく公爵に目もくれず、自分の力でひょいと飛び降りる。
「腕は衰えていないようだな。」
低くくすくすと笑ったマティアスは、
窓を閉めて振り向いたレイラの手を、いきなり掴んで握りしめた。
全く別の道
二人は裏庭を回り、森の道へ向かった。
小屋が見えなくなるほど遠ざかって、レイラはようやく一安心する。
「ところで……この道では、ないですよね?」
別邸へ続く道ではないと悟ったレイラが、眉を顰めて尋ねた。
しかしマティアスは、何でもないことのように、全く別の道へと彼女を導いた。
「この道で合っている。」
長く滑らかな指が、もぞもぞと動くレイラの指の間に絡んでくる。
枝の間から漏れた月明かりが、しっかりと組まれた二つの手を照らした。
「見せたいものがある。」
低く囁く公爵の声は、春を予感させるこの夜のように、柔らかだった。
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