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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。本文中の会話・心理描写・印象的な表現については、原作の表現を適宜引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
恥は、人を殺さない
笑いを誘った演劇を最後に、下級クラスの第一部が終わった。
「ごめんなさい、先生。本当にごめんなさい」
モニカの家族は馬車に乗り込むまで、何度もレイラに謝った。
「うちのモニカのせいで、先生があんな大きな恥をかかれたなんて……」
祖母の深刻な一言に、レイラはひやりとする。
「今日、ルウェリン先生は大仕事をやってのけましたよ。
貴族の招待客はめったに笑いませんから」
グレーバー先生の慰めは、かえって絶望を深くした。
——そうだ。あの男も見ただろう。
「校長先生も満足なさっていました。先生のおかげで寄付金が増えそうだって」
「今夜は校長先生が本当に憎いですね」
ため息まじりに笑い、レイラは一人になれる場所を探した。
公会堂の裏手にある公園。
人気のないベンチを見つけると、まず足を苦しめていた靴を脱ぎ捨てた。
夜空を仰ぎ、ずっと我慢していたため息を吐く。
それでも、恥は人を殺したりはしないらしい。
こうして、まだ息をしているのだから。
やはり、ここにいた
マティアスは、予想したとおりの場所でレイラを見つけた。
恥ずかしさから、人のいない場所へ逃げるだろう。
履き慣れない靴を我慢できない女だから、ベンチも必要だ。
かなりの怖がりだから、街灯も。
木があれば、なおいい。
——やはり
大きな木と街灯のそば。
レイラはベンチにぽつんと座り、靴を脱いだまま夜空へため息を吐いていた。
マティアスの影がベンチまで伸びて、ようやくレイラが振り向いた。
小さく息を呑み、周囲を見回す。
そして突然、足を伸ばして脱ぎ捨てた靴を押さえつけた。
靴を取り上げられた、あの夜を思い出したのだろう。
「そうしたからって、持って行けないと思っているのか?」
慌てて靴に足を押し込み、ストラップを締めて立ち上がる。
その忙しない動きを眺めながら、マティアスは思った。
——もう治ったのか、と聞く必要はなさそうだ。
以前と変わらず軽やかに動く姿を見れば、それで十分だった。
「綺麗だ」
「座れ」
「いいえ。結構です、公爵様」
おずおずと後ずさりしたレイラは、街灯の真下まで逃げた。
ガス灯の柔らかな光が、ほのかな照明のように彼女を包む。
その光の中に立つレイラを、マティアスは大変気に入った。
「教師より、俳優になってみるのはどうだ?
お前より多くの観客を笑わせた俳優を、まだ見たことがない」
——そうだ。
こうするために来たのだ。
「少し、お粗末だったことは私も分かっています」
「少し?」
声を上げて笑う公爵を前に、レイラは今度こそ、恥が人を殺すのではないかと思った。
「それでは、私はこれで……」
「綺麗だ」
予想もしなかった一撃に、レイラは茫然と顔を上げた。
「ありがとうございます?」——滑稽だ。
「いいえ、公爵様?」——これも情けない。
必死に考えた末、ようやくひねり出した。
「ビ、ビルおじさんが買ってくれました」
ネックレスのことを言っているのではないと分かっているが、それでも。
いや、もしかしたらネックレスなのかもしれない。
分かっている。
それでも、そう答えるしかなかった。
眉をひそめて聞いていたマティアスが、また笑った。
赤らんだ頬から白い首筋へ。
そして、そこにかかるエメラルドへと視線をゆっくり滑らせる。
「気に入ったか?」
「はい?」
「そのネックレスだ」
「え……はい。もちろんですよ」
確信を込めた返事がよほど面白かったのか、マティアスはまた笑った。
今度は低く、柔らかく。
——こんなふうに笑うことも知っていた人なのね?
見慣れない姿にあっけに取られ、レイラは長い間、彼を見つめた。
やがて笑いを止めたマティアスも、深くなった瞳いっぱいにレイラを捉えた。
どこに隠した?
静かな時間を破ったのは、枝から飛び立った一羽の鳥だった。
突然の羽ばたきにレイラは驚き、ふらつく。
その瞬間、誰かに見られるかもしれないという恐怖が蘇った。
逃げようとするより早く、マティアスの手が彼女を捕らえる。
短い悲鳴。
強張った背中が、冷たい街灯に触れた。
「わたし、声を……声をあげますよ」
「お好きなように」
淡々と答え、マティアスは片手に包んだ小さな顔を隅々まで見つめた。
「どこに隠した?」
レイラは息を潜める。
「……隠すって何をですか? 私が、一体何を……」
震える声。
途方に暮れた瞳。
しばらく見つめた末、マティアスは虚脱したようにため息をついた。
かろうじて掴んだと思った糸口が、また跡をくらませた。
けれど、その苛立ちさえ消してしまうほど——
今、目の前にいる女は美しかった。
もっと強く、レイラ
頬から顎へと辿った手が、細く長い首を包んだ。
指先に冷たい真珠が触れ、マティアスの喉が無意識に動く。
跡が簡単に残る身体だ。
少し力を込めれば、手形さえ残るだろう。
頭の先から足の先まで。
すべてが自分のものだと分かるように、刻みつけてしまえたなら。
いくらでもそうできる女を目の前にして——。
マティアスは、また虚脱したように息を吐いた。
首筋を撫でていた手で、再び頬を包む。
指先で触れた唇は、しっとりと温かかった。
「お前の中もこうだろう」
開いた唇の間へ指を押し入れると、レイラの目が大きく見開かれた。
——次の瞬間
レイラは、その指を思いきり噛んだ。
けれど、力が足りない。
痛みどころか、目眩がするほどの刺激しか与えないその抵抗に、マティアスは笑った。
「もっと強く、レイラ」
まるで助言でもするように、優しく囁く。
「そうしなければ痛くないだろう」
——やっぱり、狂っている。
呆れて力が抜け、レイラは噛んでいた指を放した。
くすくす笑いながら指を引き抜いたマティアスは、
濡れて光るその指で、ゆっくりと彼女の唇をなぞった。
初雪
キスをすれば、また拒まれるだろう。
けれど、この女の抵抗を鎮めることなど、虚しいほど簡単だった。
今までどおり、欲しいものは奪えばいい。
そうすれば、いくらでも自分の欲望を満たせる。
——だが……
マティアスは唇を重ねることができなかった。
ただ、両手で包んだレイラの顔を見下ろしていた。
そして想像した。
自分を喜んで受け入れるレイラを。
叩くのでも、突き放すのでもない。
自分を抱きしめ、撫でる小さな手を。
その瞬間を。その喜びを。
首筋を撫でながら、
どうすればそれを手に入れられるのか分からず、マティアスは乾いた唾を飲み込んだ。
悪態がこみ上げる。
握りしめた拳をほどき、もう一度、そっとレイラの頬を包み直した。
そして結局——
静かなため息とともに、彼女を解放した。
一歩下がったマティアスを見て、レイラの顔にようやく安堵が浮かぶ。
けれど意外にも、逃げ出さなかった。
一度目を伏せ、
またマティアスを見る。
少し眉をひそめ、また目を逸らす。
そして、また見る。
何度も、何度も。
その間ずっと、マティアスの視線もレイラだけに向けられていた。
二人とも、見慣れない気分の中で道に迷ってしまったようだった。
その時、
冷たく柔らかな何かが、レイラのまつげに舞い降りた。
驚いて空を見上げるレイラ。
マティアスも、ゆっくりと顔を上げた。
雪が降っていた。
この冬の、初雪だった。
大奥様の命令
第二部まで終わる頃には、夜もすっかり深まっていた。
雪の中を歩いて帰るわけにもいかず、レイラは最終の駅馬車を目指して足を急がせる。
「レイラ! いや、ルウェリン先生!」
呼び止めたのは、ビルの友人でアルビスの御者でもあるペートだった。
彼が指した先には、ヘルハルト家の馬車が停まっている。
紋章を見ただけであの男の顔が浮かび、レイラは反射的に首を振った。
「だめです! 私は一人で……」
「大奥様の命令だよ、レイラ」
思いがけない名前に、レイラは呆然とした。
「どうせアルビスへ帰る途中だから、君も一緒にと。さあ、急ごう。お二人が待っていらっしゃる」
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