泣いてみろ、乞うてもいい|原作88話 公爵夫人|夜が去っていく色の瞳 あらすじ【ネタバレ】

泣いてみろ、乞うてもいい|原作88話 公爵夫人|夜が去っていく色の瞳 あらすじ 泣いてみろ 乞うてもいい

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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

いつものように、してください

——なぜいつも、一番隠したいみじめな心を、この男に見破られてしまうのか。

レイラは泣きたい思いで、逃れられない公爵の視線を見つめた。
先に口を開こうとして、やめた。

屋根裏に隠れ住むネズミのように振る舞っていた姿を思い出すだけで、胸がチクチクと痛んだから。
だが、マティアスはすぐにレイラの隠したがっていたものを見つけた。

落ちたフォークと、食べかけのケーキ皿を順に確かめ、彼は低く笑った。

「一人こそこそ何をしていたのかと思えば、あれを食べていたのか。」

おかしなことに、その事実一つが、他の全ての幻滅と苛立ちを消し去った。

理解できぬほどレイラが頭を離れなかった日々も、
この女一人を傍に置くために日程を前倒しした馬鹿げた真似も、
好きなものを食べさせたくて、らしくない頼みをしたことまでも。

そのすべてが、レイラがあれを食べてくれたという、たかがそれしきのことで、帳消しになった。

「なぜ起こさなかった」と問う代わりに、
マティアスは固く結ばれた唇に短くキスをした。

たいした計画があったわけではない。

——ただ、一緒に散歩してみたかった。

夕食を食べ、お茶を飲む、ごく普通の夜を。

たったそれだけのために、出張先にまで愛人を呼び寄せるという滑稽な真似をした。

——もしかして、レイラは自分と過ごすこと自体が嫌だったのだろうか。

そんな歓迎できない疑問を口にする代わりに、マティアスはもう一度キスをした。

ケーキの風味の残る唇は、甘かった。

軽く触れるだけのキスは、すぐに深くなっていく。
温かく柔らかな体を抱きしめると、マティアスにはわかった。

——レイラに会えなかった時間、ずっと、不完全な欲望に囚われていたのだと。

今この瞬間、レイラが自分の懐にいることが、あまりに当然に思われた。

こんな女は、この世界にレイラ・ルウェリンただ一人しかいない。
そして、マティアスが望むのは、その一人だった。

——他の誰でもない、レイラ。

私の小さな鳥、レイラ・ルウェリン。

熱い息を吐いて顔を上げると、
きつく目を閉じたレイラの顔が、微かに赤らんでいた。

それが可愛くて、フッと締まりのない笑みが漏れる。

——どうして、笑っているのだろう。

不安と焦燥に駆られながら、レイラは目を開ける勇気がなかった。
死んだように目を閉じているうちに、すべてが終わってくれるようにと願った。

だが、公爵はいつもと少し違った。

欲張って触れ、痛いほど突き刺さってくる代わりに、彼はまたキスをした。

頬や鼻筋にも優しくついばむキスを贈り、
その唇が耳に触れると、レイラは飛び上がるように目を開けた。

大きく聞こえる彼の息は、わずかに速く、湿っていた。

「やめて、ください。」

レイラは持てる力でもがき、公爵を押し戻した。

「ただ……いつものように、してください。お願いですから。」

衝動的に出た言葉だったが、それは切実な本心でもあった。

しばらく見下ろしていたマティアスは、
赤くなった耳を含むことで、自身の意志を代わりに伝えた。

暗闇はすぐに、荒い息を圧倒する嬌声で、揺らめき始めた。

十三歳の夏から

十三歳の夏から、クロディーヌ・フォン・ブラントは既にヘルハルト公爵夫人だった。

客用寝室で天井を見上げ、クロディーヌはその日の記憶を反芻した。
初めての訪問でもないのに、その日ブラント伯爵夫人は念入りに着飾り、娘の身なりにも気を配った。

「あなたはもう子供ではないのよ。淑女にならなければ。わかるでしょう、クロディーヌ?」

馬車がアルビスへ近づくと、肩を強く掴んで念を押した。
無気力か涙に濡れていた母の目が、その時だけは生気に輝いていた。

母の言う「淑女」の意味を知ったのは、到着から数日後だった。

マティアスとクロディーヌを二人きりにしようとする大人たちの努力は、露骨だった。

「私とマティアスお兄様が、結婚することになるのですか?」

訪問一週間目の夜、クロディーヌは単刀直入に尋ねた。
動揺した伯爵夫人は、鍵を確かめてから戻ってきた。

「大人たちの意図はそうよ。でも確実にするには、あなたがうまくやり遂げなければ。他の令嬢たちより、はるかに優れた公爵夫人候補だと示せるようにね。」

「私は他の友達よりずっと賢いのよ、お母様。礼儀作法もダンスも、何一つ引けを取らないって、先生たちが皆そう言ったわ。」

「ええ。でも、それが全てではないの。
何よりクロディーヌ、マティアスと親密にうまく付き合うのよ。それが一番重要なの。」

「それは……。」

自信満々のクロディーヌも、その時ばかりは緊張した。

既に爵位を持つ立派な家長のヘルハルト公爵は、社交界の少女たちの憧れの的だった。

——だから、嫌ではなかったのだ。

あんなに素敵な少年を、クロディーヌは一度も見たことがなかった。
だが、素直に喜ぶには、彼はあまりに手の届かない存在だった。

彼は常に丁重に扱ってくれたが、
しかしその前に立つと、いつも透明人間になったような気分になった。

「クロディーヌ、ヘルハルト公爵夫人になれば、帝国最高の家門の女主人になるのよ。その家門を継ぐ後継者の、母になるの。」

「このアルビスが、私のものになるということですか?」

「そうよ。この全てが、あなたのものになるの。」

しばらく考え込んだクロディーヌは、小走りに窓の前へ立った。

色とりどりのバラの庭園と雄大な噴水、そ
の向こうの広大な領地が、足元に広がっていた。

「いいわ。努力してみます、お母様。」

その日クロディーヌは、晴れやかに微笑んだ。

その約束を守るため献身してきた彼女は、
夢が現実になる日を目前にしていた。

よくも、私を

——それなのに、どうして、よくも私を。

眠れず寝返りを打っていたクロディーヌは、勢いよく起き上がった。
部屋を巡る足取りは、彼女らしくなく焦っていた。

——婚約者は、あの孤児に夢中になっている。

クロディーヌは今、その事実を認めねばならなかった。
ヘルハルト公爵が、自ら証明してみせたのだから。

夜が深くなっても、レイラは小屋に戻らなかった。
どこで誰といるかは、火を見るより明らかだった。

「マティアスがあの子を連れ出したのだ。
レイラ・ルウェリン。たったそんなみすぼらしい名の女に、こんな侮辱を受けるために、私はあなたのような冷血漢に耐えてきたというのか。」

握った拳が、細かく震えた。

——愛人として可愛がるだけなら、我慢できるかもしれない。

彼に愛される女として生きたい気持ちなど、なかった。
クロディーヌが望むのは、確固たる妻の座と、息子。

ただそれだけだった。

マティアスも同じだったからこそ、婚約は成立したのだ。
だが、それが脅かされているという不吉な予感が、次第に彼女を蝕んでいた。

——皇太子夫妻を迎えた晩餐の夜。

いつもと少し違ったマティアスが、ほんの一瞬、
まるで完全な他人を見るように彼女を凝視していた。

互いを目的と手段として認め、
尊重していた日々とは、明らかに異なる眼差しだった。

卑しい愛人一人のために、成立同然の結婚を破棄するなど、
完璧な貴族ヘルハルト公爵が決して犯さぬ過ちだ。

——だが、それが何の役に立つというのか。

あの男はもう、以前のヘルハルト公爵ではない。
自身の気持ちに気づく前に、終わらせなければ。

クロディーヌは、庭園に開いた大きな窓の前に立った。
分厚いカーテンを払う手つきは、断固としていた。

マティアス・フォン・ヘルハルトは、必ず彼女の夫にならねばならない。

公爵夫人になるために生きてきた歳月が報われる道は、それしかなかった。
月光の庭を見下ろすぼんやりした瞳に、徐々に生気が戻る。

——手放せないのなら、レイラが去らねばならない。

もちろん、以前のようにマティアスを刺激する過ちは犯せない。
あの子は静かに、痕跡すら残さず、彼らの人生から消えてくれねばならない。

——そうするには、レイラ、あなたの心をどう打ち砕けばいいだろう。

「カイル・エトマン……。」

長い熟考の末に呟いたその名に、クロディーヌの唇の端が、やわらかく弧を描いた。

夜が去っていく色に似た瞳

目を開けると、眠る一人の男の顔が見えた。
眠気に酔ったレイラは、魅入られたように彼を見つめた。

優雅で鋭い顎と鼻筋が、暗闇でも鮮明に浮かんでいた。
青白い肌のせいで、唇はさらに赤く見える。

ひどく美しく、気品のある顔だった。

——私は、確かにこの顔を知っているけれど……。

深く考え込むレイラの口元に、にっこりと笑みが広がった。

「あの人だ。学校に通っている公爵様。森で見た、あの恐ろしくも美しい人。」

——でも、不思議。あの人は、もっと幼くて柔和な顔立ちだった気がするのに。

ぼんやりと、レイラは布団の外へ手を出し、目の前の顔に触れてみた。

温かかった。

「これも変だわ。夢の中でも、温もりを感じるものなの?」

疑問を噛みしめ、ゆっくり瞬く。
その間に視界は鮮明になり、意識もはっきりした。

ここが自分の部屋ではないと気づいた瞬間、すべての現実感が蘇った。
小さく首を振り、レイラは触れていた手を慌てて引っ込めた。

顔を向き合わせて横たわる格好は不快だったが、
脚を絡めてしっかり抱かれ、抜け出すのは容易でなかった。

小さくもがいて、やがて諦める。

昨夜の記憶が、一つ、また一つと蘇った。

一つのベッドで眠るのが異様で、レイラは何度も逃れようとした。
そのたびマティアスは、いつものように欲望を満たすだけではなく、まるで何かを要求するように執拗に彼女を追った。

最後に覚えているのは、暗闇の中で何度も呼ばれた、自分の名前だった。

再びあれを繰り返したくなくて、レイラは彼の懐におとなしく留まった。
目を閉じても眠れず、仕方なくマティアスを見つめる。

初めて会った日と変わらないと思っていたが、よく見るとそうでもなかった。
生来の容貌はそのままだが、骨格が熟成し、より頑丈で鋭利な印象を与えていた。

——郵便馬車に便乗してアルビスへ向かった道が、まだ生々しいのに。
もう、ずいぶん長い時間が流れたのだな。

虚空に、あの頃の痩せ細った小さな少女を描くうち、夜明けがほのかに明けた。
そして、再びマティアスを見た瞬間、レイラは思わずか細い溜め息を漏らした。

——夜が去っていく色に似た瞳が、そこにあった。

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