🌹 本記事は『バスティアン』原作105話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
サンドリンが滞在する夜が続いていた。
カードテーブルを挟んで、三人がいた。
退席するオデット
「私はこれで失礼させていただきます」
抑揚のない淡々とした声が、カードテーブルを越えてきた。
「どうやら飲みすぎてしまったようです。
本意ではないのですが、おもてなしがおろそかになってしまい、申し訳ありません、ラヴィエール嬢」
「私は大丈夫ですから、どうぞごゆっくりお休みください。
まだ体調が完全に回復していないのでしょう」
サンドリンは、待っていたかのように快く承諾した。
「少佐がオデットの分まで頑張ってくださると信じています。
まだきちんと勝負できていないのに。このままゲームを終わらせてしまうのは、なんだか残念だわ」
バスティアンは眉をわずかにひそめてから、再び葉巻をくわえた。
静かに返事を待っているオデットの前には、
一滴も減っていないグラスが置かれていた。
夕食の席でも同じだったことを、バスティアンははっきりと覚えていた。
飲みもしない酒に酔ったという女が忌々しくて、彼は少し笑った。
オデットは一晩中、変わらぬ低い姿勢を保ちながら、サンドリンの機嫌を取っていた。
その驚くべき自尊心は、跡形も見当たらなかった。
「ご令嬢の意に従いましょう」
バスティアンは、喜んで妻の涙ぐましい配慮を受け入れた。
「ありがとう、バスティアン。じゃあ、ラヴィエール嬢をよろしくお願いします」
忌々しい挨拶を残して、オデットは席を立った。
バスティアンは葉巻をくわえたまま、
サンドリンの空になったグラスに酒を満たしてやった。
世間の視線は気にしないと言ったか。
歯の浮くようなことを並べ立てていたジェンダース伯爵の記憶が、
琥珀色のブランデーが揺れるグラスの中で蘇った。
ジェンダース伯爵の名誉を汚せば、オデットの次の章も崩れる。
二人の不倫は、帝国中をひっくり返すほどの波及力を持つだろう。
それほど難しいことではなかった。
——だが
それがあの女がもたらした損害を償うほどの価値を持つ復讐なのか?
バスティアンは、不意に湧き上がった疑問を反芻しながら顔を上げた。
ぼんやりと広がる葉巻の煙の向こうに、晴れやかに背を向けるオデットが見えた。
悲惨な没落を前にしているとは信じられない様子だった。
考えてみれば、名誉など今さら失う女でもなかった。
ふと、その事実を思い出したバスティアンの口元にかすかな嘲笑が浮かんだ。
どうせ評判など気にしない二人に、その醜聞はむしろ良い機会になるかもしれない。
草を摘んだり、ピアノを弾いたりして。
二人の間にできた子だと信じられるような赤ん坊と一緒に、末永く幸せに。
まるで一枚の絵のような家族になって。
「バスティアン?」
静かに急かす声が、静寂を破った。
バスティアンは、深まっていた虚無感を消し去った顔でサンドリンと向き合った。
カードテーブルには、次のゲームのための札が置かれていた。
ドアが開き、再び閉まるまで、
オデットはついに振り返らなかった。
真夜中のノック
世話をするために来ていたメイドたちを下がらせたオデットは、自分で寝る準備をした。
宝石とドレスを脱いで部屋を片付け、窓を閉め、カーテンを引いた。
入浴を終えて出てきた時にはもうすぐ深夜零時になろうとしていた。
マルグレーテは、ベッドの下の座布団の上でぐっすりと眠っていた。
予期せぬノックの音が聞こえてきたのは、
ちょうど化粧台の片付けを終えた頃だった。
「少し失礼しますわ」
許可もなくドアを開けたサンドリンが、寝室に入ってきた。
「この部屋は私の趣味に合わないわね。
結婚式を挙げる前に改装するなら、急がなきゃ」
オデットは無関心にその様子を眺めていた。
ひどく疲れた一日だった。
無駄な争いを起こして時間を浪費するのは愚かだった。
「まさか、あの犬を置いていくつもりじゃないでしょうね?」
歯をむき出して唸っているマルグレーテを見つけたサンドリンが、眉をひそめた。
「マルグレーテは私と一緒に出て行きますから、そんなご心配はなさらないでください」
「十分な答えになりましたか。でしたら、そろそろご用件をお話しいただけますか?」
「ええ。大したことではないの。あのドアを使わせてもらおうと思って」
サンドリンは、平然と笑いながら夫婦の寝室をつなぐ通路を指差した。
「真っすぐにバスティアンの寝室に行くのは、少し危険かと思って。
どこから誰かの目に留まるかわからないし」
サンドリンがシルクのガウンを脱いだとき、オデットは反射的に顔色を硬くした。
体が透けて見えるほど薄いパジャマ。
しかも下着もきちんと着けていなかった。
「今はまだ用心しなきゃいけない時だから、どうか理解してちょうだい」
「ですが、ラヴィエール嬢、これはあまりにひどいやり方ではありませんか?」
「なぜですの? 今さらバスティアンの妻の役目を果たしたいとでも?」
サンドリンからは、バスティアンが好んで飲む酒の香りが色濃く漂ってきた。
一緒に酒を飲みながらカードゲームをしていた、睦まじい恋人の姿を思い出したオデットは、何も言い返すことができず、視線を逸らした。
頬が熱くなった。
最低限の権利さえ主張できなくなった自分の境遇を痛感させる、屈辱的な感覚だった。
サンドリンは、ためらうことなくバスティアンの寝室へと続くドアに向かった。
過去2年間かたく閉ざされていたドアが開く音が聞こえてきた。
「もう大丈夫よ、メグ」
オデットはマルグレーテをなだめながら、向き直った。
あのドアの向こうで何があっても構わなかった。
今オデットが望むのは休息。
ただそれだけだった。
証明してみて
シャワーの水の音が止むと、浴室は深い静寂に包まれた。
バスティアンは、水気が残る体にガウンを羽織った。
酔っている。
その事実を淡々と受け入れながら、ゆっくりと歩みを進めた。
社交クラブで。グロース家で。
そしてまたこの場所で。
一日中、酒を飲んだ日だった。
「バスティアン」
寝室へと続く敷居を越えると、名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
ベッドの端に座っている女を発見したバスティアンの目が細められた。
一瞬、勘違いをしたのだと気づくと、フッと笑いがこみ上げた。
小柄な体つきの女は、
炎のように赤い髪を長く垂らしていた。
無謀ではあっても愚かではない女だという評価を、
訂正しなければならないような姿だった。
「つまらない噂が立つようなことはないように手配しましたから、心配しないで。
あのドアを利用したの。オデットの配慮のおかげよ」
サンドリンは、得意げに夫婦の寝室をつなぐ通路のドアを指差した。
状況を大まかに把握したバスティアンの唇から、
気の抜けた笑いがフッと漏れた。
半裸の女を真夜中に夫の寝室に招き入れた妻か。
今度は愛人の仲介役まで買って出るつもりらしい。
まったく涙ぐましい献身ぶりだ。
「僕の忍耐力がどこまでか、試してみたいのか?
あなたの軽率な行動に対する理解と寛容は、もう十分に示したはずですが」
濡れた髪をかき上げたバスティアンが、ため息をつくようにささやいた。
「理解と寛容ですって?
まさか、施しでもするように与えたその安っぽい親切のことを言っているんですか?」
笑顔を消したサンドリンの瞳が、冷たく閃いた。
非の打ち所のない完璧な処世術だった。
ただ一つ、切実に願うたった一つのことだけは、
決して与えようとしない点を除けば。
「いつまで知らないふりをするつもりですか?
もうはっきり言ってください。私と結婚するという、明確で具体的な約束を」
「それは、この結婚が清算された後に話し合うべきことです」
「私はあなたとの約束を守りました」
バスティアンは素直に認めた。
ラヴィエールは優秀な事業パートナーだった。
皇帝との取引のための偽りの結婚を受け入れ、予定通り離婚訴訟を終結させた。
このような馬鹿げた真似までしているサンドリンを我慢している理由も、そこにあった。
「だったら、今度はあなたの番よ」
熱烈な渇望と不安、そして隠しきれていない恨みまで。
バスティアンを見るサンドリンの瞳の中では、燃え盛る炎のような感情が揺らめいていた。
「証明してみて」
「私があなたの女だということを」
サンドリンは、ためらうことなく要求し、バスティアンを抱きしめた。
深い夜だった。
そして、彼は酔っていた。
サンドリンは、濁った眼差しに宿っているものが単なる酔いだけではないことをよく知っていた
触れ合った体から伝わる、鮮明な熱気が何を意味するのかも。
バスティアンの唇からは、強い酒の味がした。
熱く、そして芳しかった。
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