泥の中の愛㊵|148話 そして再び、トリル ─ 新年の鐘と、門をくぐった影

バスティアン|泥の中の愛㊵|148話 そして再び、トリル ─ 新年の鐘と、門をくぐった影 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

押し返したかった。
なのに、掴んだ手は動かなかった。

新年の鐘が鳴るまで、重ねられた手は、子供の上に留まり続けた。

ダ・カーポ

間違いなく、押し返すつもりだった。

子供との眠りを邪魔する招かれざる手を、受け入れられるはずがなかった。
今さら、どんな資格があって……。

衝動的にバスティアンの手を掴んだ時、オデットは明らかに怒っていた。
子供に無気力な諦めを教える母親には、なりたくなかった。

だが、彼は抵抗しなかった。
片手で制圧できる男が、彼女に決定権を委ねていた。

拒みさえすれば、引くと言うかのように。

戦意を失った手の中で、大きく硬い手は静かに留まっている。

背中から伝わる心臓の鼓動は穏やかな波のようで、
いつしか自分の鼓動も、同じ速さを刻んでいた。

もう去るべきだった。
それが正しいのだ。

互いに与えた傷を忘れて幸せを夢見るには、
あまりに遠くまで流されてきた関係だった。

止んで久しいピアノの旋律が、耳元に聞こえてくるようだった。
掴むことも押し返すこともできない手の温もりは、自分を欺きたいほどに温かかった。

オデットはぎゅっと閉じていた目を開け、子供のいる場所へ、彼の手を導いた。

いくら否定しようとしても、
この男が子供の父親であるという事実は消えない。

——それでも。

もう一度最初から、ダ・カーポ。
そして再び、トリル。

消えていく瞬間を掴む無駄な努力だとしても、もう少しだけ。

その旋律が気に入ったと言わんばかりに、子供がひらりと動き、
お腹を包む指先に微かな震えが走った。

フィナーレと、花火

何一つまともではなかったけれど、長く記憶に残るであろう誕生日だった。

祝福のように降る牡丹雪。
互いを慰め合った体温。
24本のアヤメ。
子供を踊らせたチョコレート。

いつか子供が父親について尋ねたら、今日という日を話したい。
長くは一緒にいられなかったけれど、美しい日々があった。
あなたは、その光の中で生まれた子なのだ、と。

傷つける真実よりも、心を守る嘘の側に立ちたかった。

新年を告げる最初の鐘とともに、海の向こうで花火が上がった。

——もうフィナーレ。

謙虚に終わりを受け入れ、手を離した。
その手を、彼の手が掴んだのは、二つ目の花火が咲いた瞬間だった。

熱い手が、再び彼女の手を子供の眠る腹の上へ導く。
色とりどりの光の饗宴の中、12回の鐘が鳴り響くまで、一つに重ねられた手は子供の上で静かに留まっていた。

ベッカー夫妻の行方

「見つけたぞ。ベッカー夫妻を」

新年の海軍省。
水の庭園で、エーリッヒが得意げに本題を切り出した。

大都市に定住し、製材所を始める準備をしているという。
新大陸の情報網にかけては、並の探偵より優れた男の面目躍如だった。

——『妹を守るために、お前の背中にナイフを突き立てた女』

乱闘中のフランツの悪態を思い出したのは、刺し傷の縫合が終わる頃だった。
妹の罪を代わりに被り、その秘密のためにすべてを捧げる。

筋の通らない話だった。
だが、オデットなら、いくらでもやりかねない。

直感を信じ、その日のうちに彼は動いた。

もしオデットが犠牲者だとしたら。
ディセン公爵の事故を起こしたのが、ティラだとしたら。

妹のために望まぬ結婚をし、
秘密を守るために裏切り、
どん底に落ちたのだとしたら……。

一体、あの女の人生は、何になる?

どうかフランツの勘違いであってほしいと願いたくなった頃、
予備の鐘が鳴った。

実在する一人の人間

雪の庭園を眺めながら、
バスティアンは指先に走った、あの微かな震えを思い出していた。

「手段」や「目的」にすぎなかった「子供」という存在が、
実在する一人の人間として迫ってきた瞬間。

妊娠の意味を明確に悟ると無力感に襲われ——同時に、この混乱に一刻も早く終止符を打つと、決心を固めた瞬間でもあった。

半分も吸っていないタバコを消し、彼は踵を返した。
完璧な礼装の姿には、連休ベッドにこもっていた病人の面影はどこにもなかった。

門をくぐった影

「こんにちは。メイドの面接に来ました」

哨戒所の窓を叩いたのは、ボロボロのマフラーとコートで身を包んだ若い女だった。

規律違反の使用人を大量に解雇し、
ローザンヌ行きの人員まで選抜した邸宅は、ひどい人手不足だった。
そのため連日、面接が続いていた。

駅から歩いてきたという田舎娘の典型のような姿に、警備員は舌打ちする。
人を見る目の厳しいメイド長の眼鏡にかなうはずもない。
どうせ門前払いだろう。

「まあ、ゆっくり見物でもしながら面接を受けに行くといい」

深々と頭を下げた娘は、古ぼけたカバンを命綱のように抱え、小走りで邸宅へ向かい始めた。

警備員は大きくあくびをしながら、再び門を閉めた。

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