前回までのあらすじ
「平穏」と「自由」。
二人がそれぞれについた、精いっぱいの嘘。
残された時間は、あとわずか。
分かれ道は、すぐそこにありました。
一歩の隔たり
共に水路に沿って歩きました。
トランクを持ったバスティアンが先に立ち、オデットがその後を追った。
わずか一歩の隔たり。
その気になればいくらでも縮められたが、オデットは届きそうで届かない距離を保ちました。
バスティアンを迎えに来る車は、新しい道につながる村の入り口で待機していると言っていた。
このままずっと小川に沿って行けば着く場所でした。
しかし、ジェンダース家の別荘へ行くためには、
次の曲がり角を曲がって丘を越えなければならなかった。
車が待っている場所まで同行するのに十分な時間があったが、
オデットは無駄なこだわりは持たないことにした。
去っていくバスティアンの足取りが重くなるのは嫌だったからだ。
この瞬間が悲しみとして残るのが嫌だった。
穏やかな日常の一コマのように別れたかった。
分かれ道が近づくにつれて、オデットの足取りは遅くなりました。
そうして次第に大きくなっていった隔たりは、ほどなくして再び縮まった。
バスティアンが歩みを緩めてくれたおかげでした。
けれど、彼が後ろを振り返ることはありませんでした。
「目を閉じないで」
分かれ道にたどり着いた時、バスティアンが振り返りました。
家を出てから初めて、お互いの顔を向かい合わせた瞬間でした。
「ごめんなさい、バスティアン」
オデットは勇気を出して、長い間心に深くしまっておいた言葉を口にしました。
「あのような形であなたを裏切ったのは、弁解の余地もない過ちでした。私が身勝手で愚かだったのです」
「その件については、もう十分に謝罪なさったのでは?」
「いいえ。何について謝るべきか、あの時の私はきちんと分かっていませんでした。
ただ、窮地から抜け出すことばかりに必死だったのです。」
オデットは、ずっと避け続けてきた本当の謝罪を口にした。
自分もまた、バスティアンの過ちの影に隠れ、被害者でいようとしたことを認めた。
「あなたに傷と苦痛を与えてしまって、ごめんなさい。
未熟だったあの時の私を、許してくれますか?」
オデットは、赤くなった目でバスティアンを見つめた。
ここで再び目を閉じれば、楽だった。
けれど、それでは一生この朝を後悔すると分かっていた。
「では、レディ・オデットも、私を許してくださいますか?」
じっとオデットを見つめていたバスティアンが、問い返した。
二人は沈黙の中で、互いを凝視した。
その間に、水浴びをしに出てきた子供たちが小川に飛び込んだ。
楽しそうに水しぶきを上げる音が、静かな朝を揺り起こしました。
「はい。そうします」
オデットは頷きました。
「では、お互いを許し、和解することにしましょう」
明るい微笑みを浮かべたオデットが手を差し出した。
遅れてその意味に気づいたバスティアンは、無防備に笑みを浮かべ、握手に応じました。
力強く握り合った両手の上に、柳の葉の間を通り抜けてきた日差しが降り注いだ。
さようなら
「バスティアン」
低くささやくオデットの声が、
子供たちの笑い声とともに流れてきました。
「あなたは私を台無しになんてしていません」
オデットは、身に染みるほど美しく微笑んだ。
「赤ちゃんとマルグレーテのことも、あなたのせいではありません」
「あなたを恨んだのは、私の本心ではありませんでした。
だからバスティアン——もう悪夢から目覚めてください」
バスティアンは、喉元までこみ上げてきた熱い感情の塊を飲み込み、頷きました。
オデットは安堵した顔でバスティアンの手を放しました。
「私は過去を忘れて、元気に生きていきます。あなたもそうしてくれたら嬉しいです。」
オデットは静かに微笑んだ。
その微笑みが、あまりにも美しくて残酷だった。
今ここで引き止めれば、すべてを壊せる。
喉元まで言葉が込み上げた。
——『愛している』
——『君を愛している』
(引用:原作183話)
声を上げて泣き叫んででもすがりつきたくなったその瞬間、
オデットが別れを告げた。
「さようなら。お元気で、バスティアン」
一歩後ろに下がったオデットが、そっと頭を下げた。
皇女が台無しにしたワルツを締めくくった舞踏会の夜のように、毅然と、そして優雅に。
しばらくの間バスティアンを見つめていたが、視線を外し、
オデットは沈黙の中、踵を返しました。
そして、日差しに満ちた道を歩き始めた。
背中に届く視線を感じたが、振り返らなかった。
頭をまっすぐに立て、ただ前へ、前へと進んだ。
未練を見せることで、彼の足枷になりたくなかった。
バスティアンに贈ることができる唯一の贈り物だった。
橋の上で
これで全て終わったと思った。
橋の上で、バスティアンは何度も足を止めた。
胸が裂けるように痛んだ。
それでも振り返った先にいたのは、
ただ前だけを向いて歩いていくオデットだった。
オデットは、いつの間にか丘の中腹を過ぎていた。
もう少し行けば、もう見えなくなるだろう。
バスティアンは、足を止めたまま、去っていくオデットを見つめた。
風にひらひらとなびく白いドレスの裾が、まるで翼のようだった。

自分がつけた翼だと思うと、
苦しいほどやさしい笑みが浮かんだ。
僕が台無しにして、僕が守った
オデットは、ただの一度も後ろを振り返ることなく、
丘の向こうへ姿を消していきました。
バスティアンはその後も、長い間その場に留まっていました。
苦痛が悲しみになり、その悲しみがわずかに喜びに変わるまで。
『僕が台無しにして、僕が守った、僕のオデット』
(引用:原作183話)

かすかな微笑みを浮かべたバスティアンは、
その一つの意味だけを胸に刻み、再び踵を返しました。
9時10分。
約束の時間は、すでに過ぎていた。
将校帽をかぶったバスティアンは、
橋の向こうで待つ現実へ向かって歩き出しました。
——二日後の金曜日、特別訓練のためにプラター川で待機中だったベルク海軍の主力艦隊が、トロサ諸島へ出航した。
指揮官は、北海の英雄、バスティアン・クラウヴィッツだった。
ロスバインの夏は、こうして終わりました。
📖 ロスバイン最後の七日間
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⑨ 平穏と自由——最後の朝食
📖 ロスバイン後、オデットは何を伝えたのか
→ 遅すぎた告白——観覧車と、あなたのオデット
📖 この後、二人は最終的にどうなったのか
→ バスティアン原作結末ネタバレはこちら
🌹 【考察記事】なぜ二人の愛はここまで歪み、それでも終わらなかったのか
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