前回までのあらすじ
やり直すチャンスをもらいに来たはずだったバスティアンは、
戦争の勃発によって「終わりを見届ける七日間」へと変わっていく。
オデットは戦争を知らない。
一方は終わりを知りながら、もう一方は何も知らないまま——二人のロスバインでの時間は始まりました。
市場で見たオデット
布団を買いに行った店で、オデットは真剣な顔で品定めを始めます。
生地や色、羽毛まで細かく確認する姿を、
バスティアンは少し離れた場所から眺めていた。
やがて彼女が選んだのは、小花柄の布団でした。
「手触りが本当にいいんです。触ってみてください」
そう勧められたバスティアンは眉をひそめます。
「本気ですか?」
困らせる方法を見つけたように笑うオデットを見て、バスティアンはあっさり答えました。
「では、これにしましょう」
店主が「旦那様がこんなに大きいのに」と口を滑らせると、
オデットは真っ赤になって叫びます。
「従兄です!」
小花柄の布団を抱えて逃げるように店を出たオデットとは対照的に、バスティアンは平然としていました。
花柄の布団を抱えた長身の男はあまりにも目立ち、通りの視線を集めます。
さらに彼はレストランのテラス席から、大声でオデットの名(偽名)を呼びます。

「こっちへおいで、マリー・べラーさん!」
全ての視線が再び集まり、オデットは凍りつきました。
あの男はカール・ロヴィスだ。
そう思い込むしかありませんでした。
「これが私です」
市場での買い物は午後、遅くまで続きました。
小さな雑貨を真剣に選ぶオデットを、バスティアンは静かに見つめていた。
思いがけず、かなり少女的な趣味を持つオデット。
駆け引きがうまいオデット。
リンゴ一つでも心を込めて選ぶオデット。……まもなく永遠に失ってしまう、僕の美しいオデット。(引用:原作173話)

最後にオデットが買ったのは、「害虫完全撲滅」と書かれた殺虫剤でした。
それを女王の笏のように抱える姿に、バスティアンは思わず笑います。
二人は荷物を抱え、川沿いを歩きながら家に向かいます。
オデットは、自分は今の生活が好きだと話します。
——身分も血筋も関係ない生活。
「誰よりも貴族的な教育を受け、誰よりも貴族的な生活を送り、だから誰よりも貴族的な資質を備えているあなたを卑しいとこき下ろし、日雇いで生計を立て、メイドのように生きてきた私を高貴だと持ち上げる。たった一つ、体の中に流れる血のために」
(引用:原作173話)
家へ戻ったオデットは、ふいに言いました。

「今あなたの目の前にいる、この平凡な女。
これが私なんです」
最後の虚栄まで脱ぎ捨てた瞬間でした。
どうしても、今日でなければ
翌朝、トレーニングウェア姿のバスティアンが裏庭に現れて言います。
——「今日はピクニックに行こう」
空は曇ってた。どう見てもピクニック日和ではなかった。
それでもバスティアンは譲りません。
どうしても、今日でなければならなかった。
残された時間を、一日たりとも無駄にできなかった。
慌てて用意した軽食を前に、バスティアンは平然とシャンパンを取り出しました。
しかし次の瞬間——
栓は派手な音を立てて破裂し、二人はびしょ濡れになります。
オデットが小川へ向かうと、バスティアンは黙って後を追いました。
濡れた顔を拭き、肩にジャケットをかける。
その優しさに、オデットの理性は再び揺らぎます。
柳の木の下で食事を終えたバスティアンは、目を閉じたまま言いました。
「歌ってくれないか?」
オデットは静かに歌いました。
まるで夢のような時間でした。
陸酔い
その歌を聴きながら、バスティアンは気づきます。
長い航海のあと、揺れない陸地でめまいを感じることがある。
波に慣れた身体が、静かな地面を異物のように感じる
——陸酔いだった。
彼の人生もまた同じだった。
嵐の海を踏みしめるように生きてきた。
その中で勝ち残ることだけを考えてきた。
だから知らなかった。
穏やかな人生を生きたいと思う感情を。
君は、俺が足を踏み入れた最初の陸地だった。
異常だと思い込み、否定し続けた感情。
それはただ、平凡な愛だった。
彼はただ——
オデットと、こんな日々を生きたかった。
その瞬間、冷たい雨粒が頬を打ちました。
水車小屋
夕立が始まった。
風にあおられた傘は壊れ、飛ばされる中、オデットの怒声が響きます。

「全部あなたのせいよ!」

「喧嘩は少し後に取っておきましょう」
足をくじいたオデットを抱き上げ、水車小屋へ駆け込みます。
バスティアンはオデットの濡れた靴とストッキングを脱がせ、
腫れた足首を丁寧に手当てしました。
真っ赤になったオデットが彼を押し返した瞬間、
二人の視線がぶつかります。
その空気を壊したのは、水車小屋の主人でした。
二人は干し草の陰に隠れ、息を潜めます。
密着した身体。
速くなる鼓動。
しかし農夫が去ったあと、二人は閉じ込められたことに気づきます。
村外れの水車小屋に、従兄同士の男女が二人きり。
どんな噂が立つかは明らかでした。
ようやく手に入れた静かな暮らしが、一瞬で壊れてしまうかもしれない。
さらにオデットは、あの瞬間、自分自身もバスティアンに惹かれていたことを否定できませんでした。
耐えきれなくなったオデットは、泣きながら叫びます。
「やっとここまで来たのに。もう大丈夫になったのに。どうして勝手に私の人生をまた台無しにしようとするんですか!」(引用:原作175話)
静かに見下ろしていたバスティアンは、何も言わずドアへ向かいました。
そして——何度も力いっぱい蹴りつけ始めた。
石像のように立ち尽くすオデットの横を通り過ぎたバスティアンは、侵入者の痕跡が残らないよう静かに後始末を始めました。
壊れたかんぬきの代金は、ドアの隙間に挟んだ。
呆然とその姿を見つめながら、オデットはようやく気づきます。
最初から外へ出る方法はあったのに、彼はあえてそうしなかったのだと。
バスティアンは言い訳をしませんでした。
ただ最後にピクニックバスケットを拾い上げ、再びオデットの前に立ちます。
まだ三日残っている。
その時間を諦めるくらいなら、軽蔑される方がましでした。
「嫌でも我慢してください。もういくらも残っていないだろう」(引用:原作175話)
バスティアンは先ほどまでの強引さが嘘だったかのように、丁寧で優雅な仕草で手を差し出した。
——「行きましょう、従姉さん。」
穏やかな時間は、静かに終わりへ向かい始めていた。
その重さを知っていたのは、バスティアンだけだった。
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