補給船が出発するまで、時間はなかった。
イネスは書き出しを書いては止まり、また書いては止まった。
カッセルが戦場の合間を縫って書き溜めた手紙は、指の幅ほど積み上がっているというのに。
万が一にも嫌がるかと思って全部送らずにいてくれたというのに。
「それなのに、私は何事もないメンドーサにいながら、手紙の一通も書いていなかったなんて……」(引用:原作6巻)
ルシアーノがリンゴを一かじりして淡々と返した。
事実だろう、と。
ネタバレ注意
ここから先は、重大なネタバレを含みます。
第16章「川はみな海に注ぐが、海は満ちることがない」③|あらすじ
手紙の書き出し
気を取り直して書き始めたイネスは、ふと手を止めた。
あまりに突然、必要な用件だけを話しているように見えないか——と。
ルシアーノはそれがどうしたというのかと言わんばかりに肩をすくめた。
子供が一度に二人に増えたと知れば、
カッセルは次の行を見る前に驚きで目に見えるものもなくなるだろうと。
イネスは「確かにその通りだ」と頷き、再び手紙を書き始めた。
怪我はないか。無事だと言ってくれたけれど、あなたの言葉にはあまり信憑性が感じられないから——と書き、葉巻の件を義父への気遣いとともに添えた。
義父の部屋から“拝借”した高級葉巻も、手紙の中では都合よく「紛失物」へと姿を変えた。
そうして、ようやく本題へと筆を進めた。
『嬉しいことといえば、カッセル。私たちに子ができたわ』 (引用:原作6巻)
かつての人生の記憶
筆を走らせながら、記憶が流れ込んでくる。
かつての人生で授かった子——リカルドとイヴァナ。
二人の名前を初めて呼んだ、あの覚束ない声たち。
十八歳のまだ幼さの残るカッセル・エスカランテが、
笑いながら、リカルドという名前はどうやって思いついたのかと尋ねた声。
『娘の名前も考えていたことはあるのか?ー(中略)ー
イヴァナ。イヴァナ……。綺麗だ。イネス、君の名の次に綺麗だよ』(引用:原作6巻)
そして、イネスはようやく気づく。
彼が心から喜ぶたびに。
彼女を目で追うたびに。
振り返るたびに。
庭園から花を折ってきてくれるたびに——
あれは決して煩わしさではなかった。
それは、あまりにも長く、
彼女だけを見続けていた一人の少年の、不器用な片思いだった。

もし、あの穏やかな時間が続いていたなら——。
もし、二人がリカルドを失っていなかったなら。
手紙を送るのをやめようか

「……手紙は、やはり送るのをやめようか?」

「インクのせいで汚れてしまったわ。書き直さなきゃ。」
——「断言するが、あいつなら『イネスがどれほど急いで書いてくれたのか』と、間違いなく余計に喜ぶはずだ。」
そしてルシアーノは続けた。
水の一口すら望み通りに飲めず、口にできるものといえば果物が数個、
お腹の中の子らは危うい状況で、片方の手はある日突然動かなくなった——そのうちの一つでも、夫に打ち明けたことがあるか、と。
「……どうして読むのよ? 人の恋文を」
「どう書けばいいか尋ねてきたのは、どこの誰だ」
貴方のイネスより
何度も書き直した末に、イネスはようやく最後まで書き終えた。
『私はいつも元気に過ごしているわ。
メンドーサは平和だから、いつだって気になるのは貴方の便りだけ。エルバ少佐の助言など役に立たないから、
次は貴方が書いたものをすべて送って。そうしてでも、貴方に会いたい。
メンドーサ、エスカランテ公爵邸にて。貴方のイネスより』 (引用:原作6巻)
左手が使えないイネスに代わり、ルシアーノは黙って手紙を畳んでいた。
そして最後の一文だけを、わざとらしく読み上げる。
「カッセル・エスカランテのイネス、か……」
呆れ半分、愛情半分の声音だった。
イネスは自由に動くほうの手で、遠い昔と同じように兄を叩いた。
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📖「6巻の読み方はこちら」
→6巻以降の読み方ガイド
※本記事の人名・地名は原作ベースの仮訳です。今後の公式翻訳により表記が変更される可能性があります。
📖 作品情報・配信プラットフォーム
- 邦題: この結婚はどうせうまくいかない
- 原題: 이 결혼은 어차피 망하게 되어 있다
- 原作: CHACHA KIM
- 脚色: CHOKAM
- 作画: Cheong-gwa
【日本語版漫画】
・ピッコマ(最新話先行配信)
・めちゃコミック
・LINEマンガ
・comico
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管理人ロゼは、完結までの物語を見届けた後も、以下の公式配信サイトで大切に作品を追い続けています。
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