🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
固く閉ざされた屋敷の窓から、オデットが叫んだ。
その頃バスティアンは、決別を告げるため、
サンドリンの待つ家へと向かっていた。
三階の窓
「今は難しい状況です。奥様の健康が回復された後に、改めてお越しくださいませ」
手紙に返事はなく、
電話も繋がらず、自ら訪ねても面会すら叶わない。
丁寧だが壁のような執事の態度に、マクシミリアンの疑念は濃くなるばかりだった。
引き返しかけた、その時。
「ジェンダーズ卿!」
屋敷の三階、開いた窓の前に、オデットが立っていた。
「聞いています!」
「トリエ伯爵夫人に、私のことを……」
言葉は、最後まで届かなかった。
突然現れたメイドが彼女を連れ去り、別のメイドが窓を閉め、カーテンを引いた。
あっという間の出来事だった。
駆け寄ってきた従者たちに囲まれ、マクシミリアンは熱くなる感情を抑えて引き下がった。
監禁は確実だ。
だが騒ぎを大きくすれば、危険が及ぶのは彼女のほうだ。
「トリエ伯爵家へ行く」
言いかけた言葉の先は聞けなくても、
オデットがトリエ伯爵夫人の助けを必要としていることだけは、確信できた。
贈り物の送り主
サンドリンの新居は、ラッツ公園の西側にあった。
使用人には休暇を与えたという。
策略が露見したことなど意にも介さず、厚かましく笑う女を前に、バスティアンは失笑した。
肝の据わり方は父親以上だ。
この娘を結婚の駒としてしか使わないラヴィエール公爵が、少々気の毒にすら思えた。
豪華なアフタヌーンティー、
甘美な音楽、
暖炉の炎。
日ごとにやつれていくオデットとは対照的に、サンドリンは生気に満ちていた。
「私が贈ったプレゼントは、気に入ったかしら?」
雑談の果てに、彼女は本心を見せた。
どうせバレることは承知の上。
最後まで気づかなかったなら、むしろ失望していた。
「確かにそのようでした。三流芸術家を好む令嬢のおかげで、ずいぶん助けられました。ノア・ホフマンにも感謝の言葉を伝えておいてください」
「それでは、今度はあなたが報いる番でしょう? ウェディングドレスを仕立てたいの。どうせなら、春の花嫁のためのものを」
「承知いたしました。お嬢様のお望み通りに」
婚約破棄
予想外の快諾に、サンドリンの目が丸くなる。
だがバスティアンは、柔らかく微笑んで続けた。
あの田舎者の無名画家に、そこまで本気だとは思わなかった。
意外だが、お似合いのカップルだ――ご結婚、心よりお祝い申し上げます、ラヴィエール嬢。
嘲弄に気づいたサンドリンの顔が、怒りで染まった。
「妻との夕食に遅れないためには、そろそろ出発しなければならないようです」
「妻? 今、私の前であの女を妻と呼んだのですか?」
非公式でも結婚を約束した仲だ、電話で最後の挨拶では、あまりにひどい仕打ちだろう――彼は帳簿の数字を整理するように、無情な計算でサンドリンの心を打ち砕いていく。
「僕は出世のためにあなたを利用し、あなたは愛人と結託して僕を裏切る。互いに一発ずつ殴り合ったのだから、これで公平になったようですね」
フランツを一夜で葬ってくれた利益を思えば、泥水を浴びた損害くらいは甘んじて受け入れる。
今回一度だけは、大目に見る――一方的な通告を残し、彼は背を向けた。
泣いているような、笑っているような顔で、サンドリンは悟った。
―― あの男は、最初からこうするつもりだったのだ。
最後の罠
「もう一度考え直してみてはどう?
こんな風に去ってしまったら、あなたの奥さんが困るでしょうに」
テーブルクロスの下から現れたのは、フランツのもう一枚の絵だった。
世間を騒がせた問題作より、さらに猥褻な精密画。
これを用意した時点で、彼女は薄々予感していたのだ。
最悪の状況が来るかもしれないと。
バスティアンが、立ち止まった。
絵に触れた眼差しが深く沈み、眉間に皺が刻まれる。
微細な変化――だが長年この男を見てきたサンドリンには、わかった。
―― 動揺している。
望んで仕掛けた罠なのに、願いが叶った現実を前に、こみ上げたのは屈辱だった。
フランツの作品は、まだ何点も収集してある。
すべて公開されたら、どうなるか。
「妻と子どもの人生がどうなろうと構わないなら、行ってもいいわ。そうでないなら、
私に慈悲を乞いなさい」
バラ色の未来はもう砕けた。
ならば、せめて空っぽの殻だけでも手に入れる。
長い年月、欺かれ続けた代償として。
「僕が高いのか、それともあなたが安物なのか?」
冷笑を浮かべたまま、彼は拒まなかった。
サンドリンは唇を重ねた。
愛ではなく、
脅迫と取引だけで結ばれた時間の始まりだった。
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