何がバスティアンを追い詰めたのか⑧|78話 花を買った ─ 最後の憐憫と、衝動的な一束

何がバスティアンを追い詰めたのか⑧|78話 花を買った ─ 最後の憐憫と、衝動的な一束 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作78話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。

父の病室でオデットは、最後の一線を越えた。
怒鳴り散らす父に、罰を与えるわけでも、許すわけでもなく、ただ現実を置いた。

同じ日、バスティアンは花屋の前で立ち止まった。

最後の憐憫

「私はあの女に手紙を送ったことはない!本当に知らないことだ!」

顔面蒼白になったディセン公爵が声を荒げた。

いっそ嘘だと信じたかったが、オデットはすでに悟っていた。
父が今、ただ真実だけを語っているのだということを。

ならば、手紙はテオドラ自身が書いたものなのだろう。

ディセン公爵はすぐに気勢を取り戻した。

崇められる英雄の正体を帝国中に知らせてやる、
ティラを刑務所送りにしてやる、
共犯者のお前も覚悟しておけ。

「では、その次は何を? お父様はどうなると思いますか?」

オデットは冷淡に問い返した。

「もう半身不随の身だ。私なんて死んでしまえばそれで終わりだが、お前たちは事情が違う。十分に償いの誠意を見せてくれれば、私が心を変えてやってもいい」

「いいえ、お父様。そんなことはありません」

オデットは少しの迷いもなく首を振った。

父の低劣な本心を目の当たりにした瞬間、
胸の奥に残っていた最後の憐憫も罪悪感も消え去った。

「バスティアンはあの事故の真実を知りません。
知っていたら、私と結婚しなかったでしょう」

「お前はディセン家の者だ!あの下賎な男に劣ると言っているのか?」

「はい。私はディセン家の者です。没落した公爵と、帝国を裏切る過ちを犯して捨てられた皇女の娘。賭け事と酒に目がくらんだ父と、幼い妹を背負った、名前だけの貴族。それが私です」

オデットの冷厳な一喝が、病室の騒々しさを圧倒した。

皇帝の介入がなかったら、
バスティアンは、私とは結婚しなかったでしょう。

あの縁談は私の人生に訪れた最後の機会だった。
一人で不自由になったお父様とティラを支えきれなかった。

そんな私を憐れんでプロポーズしてくれた男性に、どうして真実を話すことができただろう。

「今、私の娘が……がらくた屋の孫にたかる娼婦も同然だと言っているのか?」

「今は娼婦よりも価値がなくなりましたね。私を罪人にしてくれたお父様のおかげで」

オデットは虚ろになった目で、
病室の窓の向こうにある秋の森を眺めた。

良い妻になりたかった。
たとえ契約で結ばれた関係に過ぎなくても、与えられた役割に忠実であろうとした。

共に過ごした二年間が、お互いに悪くない記憶として残ることを願っていたようにも思う。
今となってはすべて無意味になってしまったけれど。

「どうか静かに、死んだように生きてください」

怒り狂うディセン公爵の身もだえも奇声も、オデットの平静を乱すことはなかった。

このことが知られたらバスティアンは私を捨てるだろう。
そうなれば、もうお父様の病院代を払う理由もなくなる。

ティラが刑務所に行き、私も共犯として罰せられたら、一体誰がお父様の面倒を見るのか。
天が助けてくれるなら、救貧院に行くくらいの幸運は享受できるかもしれないが。

オデットは優しい声で、ぞっとするような警告をした。

「ティラがお父様を押したとしても、それが何です? 記憶がすべて戻っているなら、なぜお父様が金を奪うためにあの子を暴行した末に起こった出来事だという事実は、きれいに消し去ってしまったのですか?」

「全部知っていながら耐えてきましたが、もうこれ以上は無理です」

オデットは深呼吸をして、
椅子の背もたれにかけていたコートを手に取った。

良い日々もあった。
父が父らしく、互いに愛し合う夫婦と、その娘として幸せだった夢のような日々。

その記憶が今まで自分を縛り付けていたのだと、オデットはようやく理解できたようだった。
そして、その記憶に別れを告げる時が来たのだということも。

「あれは正当防衛であり、事故でした。生涯にわたってティラを否定し、虐待してきたお父様に、そのことの善悪を問う資格はありません」

もう父に遠慮することをやめたオデットのまなざしは、
深まった秋のように物悲しかった。

「私がどうにか耐えられるのはここまでです。これ以上一歩でも踏み出せば、私たち三人全員が崖の下に落ちることになります」

オデットの目元は、
帽子の影でも隠しきれないほど赤く染まっていた。

「天国から見守っていらっしゃるお母様のためにも、どうか一人の人間としての最後の品位と尊厳だけは守ってください。お願いします、お父様」

両手を握りしめたオデットが、頭を垂れた。

息が詰まるような静寂が漂っていた病室は、やがて血を吐くような嗚咽で揺れ始めた。

花屋の前で

花を買った。
衝動的な決断だった。

その日は、グロース夫人とクラーマー博士をアルデンヌに招待する日だった。
出征前に一度くらいは一緒に食事をする場を設けたいと思って決めたことだった。

花屋を訪れたのも、花を贈られるのが好きなマリア・グロースのためだった。

今日もまた、そんな日の一つに過ぎなかった。
何気なく視線を向けた場所で、あの花を見つけるまでは。

去年の夏、谷の水の流れに乗って流れていったオデットの花。

バスティアンは、自分がその花の外見を覚えていたのだと、その瞬間に初めて知った。
他の野草の記憶はかすかなのに、なぜかあの花だけが鮮明に残っていた。

「奥様は、さぞかし高貴で美しい方なのですね」

花屋の主人がそう言ったのは、
アイリスをもう一束追加してほしいというバスティアンの頼みを聞いてからのことだった。

妻に似ている花なので気に入るだろう、と。
言わなくてもよかった一言を、バスティアンは口にしてしまっていた。

——アイリス。

今日になって初めて知ったその花の名前を、
バスティアンはじっくりと心の中で繰り返した。

主人の言う通り、高貴で美しい花に見えた。

代金を支払って店を出ると、都心は人波で賑わっていた。
両腕いっぱいに花を抱えて繁華街を歩くがっしりした将校に、通行人の視線が集中した。

バスティアンはただ花が傷つかないように気を配りながら、
混雑した道を横切って行った。

車を停めていた場所にたどり着くと、街の街灯が灯った。
日が短くなる季節が来たことを、ふと感じさせる光景だった。

まず花束を助手席に乗せてから、車に乗り込んだ。

余計なことをしたような気もしたが、
もう取り返しのつかないことになってしまった。

どうせ花などありふれた贈り物ではないか。
叔母に花を贈るのは特別なことではない。

しかもオデットの花束は、グロース夫人のものに比べれば非常に小さく質素だった。
体裁を整えるための贈り物だと見られても不自然ではないだろう。

主人が丁寧に結んでくれたリボンの形を整えたバスティアンは、
これ以上ためらうことなく車を発進させた。

助手席には、小さなアイリスの花束が置かれていた。


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