泥の中の愛56|164話 私が勝ったんだ ─ 死者の勝利宣言と、逃げ出した午後

バスティアン|泥の中の愛56|164話 私が勝ったんだ ─ 死者の勝利宣言と、逃げ出した午後 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

テオドラは死んだ。

それでも最後に、
バスティアンの最も深い傷へ手を伸ばした。

復讐を果たし、すべてを手に入れた男に、
死者が突きつけた最後の問い。

——でもバスティアン。
お前は、何を手に入れたの?

死者からの手紙

『お前は、お前が勝ったと信じているだろうね。でも、バスティアン、本当にそうかしら?』

嘲るような問いで始まる遺書を、バスティアンは朝の光の中で読み進めた。

テオドラの心は、とうに壊れていた。

すべてを捧げて勝ち取ったはずのジェフ・クラウヴィッツの心の中に、
彼自身の手で殺した女の神殿が築かれていると知った時から。
永遠不滅の存在として崇拝されるソフィア・イリスに、勝つ道はなかった。

『お前は、その敗北を絶えず私に思い出させる存在だった』

バスティアンを見るたび、骨董屋の娘に敗北した。
その屈辱は息子フランツにも受け継がれた。

一生バスティアンの影に閉じ込められてしおれていく息子の未来を予感した日、
テオドラは決心した。

どんな手を使ってでも、バスティアンを奈落の底に叩き落としてやると。

『お前が壊れるたびに、私は嬉しかった』

夫の卑劣な内面は、誰よりもよく知っていた。
それさえも愛の一部として受け入れた。

幻を愛して傷ついたバスティアンとは違う。

生きたまま埋葬された墓の中で、希望も期待もなくこの愛を守ってきた。
この世の誰も、自分よりあの男を愛することはできない。

だから未熟なチェス盤の上で勝ちを譲ってやった。
それこそがバスティアンを破滅させる道だから。

名誉と権勢は消え去り、
醜聞と汚名がクラウヴィッツの名を汚す。

それがまさにお前に贈る最後の贈り物なの。

『クラウヴィッツになったことを祝福します。バスティアン』

父を食い物にした子という汚名を背負い、
恐怖と軽蔑の中で鉄血の王座に就く。

日々裕福になるほど、人生は空虚になる。
お前は、お前の父親のようには生きられないだろうから。

『でもバスティアン、お前は何を手に入れたの?』

そして遺書は、最も深い場所を突いてくる。

お前が本当に望むのは、莫大な富でも輝かしい名誉でもない。

一匹の犬の温もり、愛する女性、その女性と築く家庭と子供——お前はそういうものを愛する、心の優しい子なのよ。

だがもう永遠に失われた。
望まない富と栄光の中で、孤独に朽ち果てていく。

だから、私が勝ったのよ。

毎朝、目を覚ますたびに敗北するお前の人生が、
どうか長く続きますように。

『そして、次の生では、私の子供として生まれてきなさい。
その時は、世界のすべてをお前に与えてあげるから』

暖炉の炎と、早められた期日

読み終える頃には、あたりはすっかり明るくなっていた。

バスティアンは手紙を折りたたみ、封筒ごと暖炉の炎に投げ入れた。

——もう火を消しても良い季節が来た。

春の気配が満ちた空を眺めながら考える。
寒がりで、早い秋から暖炉に火をくべていた女性の記憶は、深く飲み込んだ。

いつもと変わらぬ朝。
シャワーを浴び、制服を身につける。
海軍省から提案された休暇は受けないことにした。

書斎の電話が鳴ったのは、その意思を伝えようとした刹那だった。

取り壊し工事の順番を早められるが、即決が必要だという知らせ。

「承諾します」

ためらいのない即答だった。

電話を終えたバスティアンは、青緑色の海と、その向こうの主を失った屋敷を眺めた。

——最後まで行くつもりだった。

原点、あるいは破局。

どんな結末が待っていようと、少なくともこの迷路の中よりはましなはずだから。

家庭教師オデット

「わざわざ仕事をしたいというオデットも、それを許した君も、二人とも同じ変わり者だね」

ジェンダース家の別荘。
音楽室からは、アルマのレッスンの音が聞こえていた。

オデットが仕事を探したいと言い出したのは先週末だった。
家庭教師が難しければ雑用係でも、仕立ての賃仕事でも構わないと、マクシミリアンに直接頼んだのだという。

トリエ伯爵夫人はきっぱり断ったつもりだったが、
ロスバインに着いてみれば、オデットはすでにアルマの家庭教師として働き始めていた。

「レディ・オデットは、伯爵夫人の助けをありがたく受けると言っていました。
今はくだらないプライドを立てている時ではないことを知っていると。
ただ、全面的に他人の好意に頼らなければならない人生に戻りたくはないのだそうです」

「今になってみると、卿は私の代理人ではなく、オデットの代弁者だったのね」

「お怒りは私にぶつけて、レディ・オデットとは楽しい時間をお過ごしください」

要領よく人を言いくるめる態度が、オデットそっくりだった。
——好みも性格も。

こんな男と結ばれるべきだった子だと、伯爵夫人はふと思った。

ベンチに残した新聞

「クラウヴィッツ少佐は、何の異議も申し立てていないそうだよ。おかげで離婚が順調に進みそうだわ」

昼食の終わり、二人だけになった食卓で、トリエ伯爵夫人が話題を変えた。

クラウヴィッツ家の悲劇は、この田舎町にも流れ込んでいた。
オデットは雑貨店の新聞スタンドでそのニュースを見て、道端のベンチで記事を熟読した。

非難の声は高かったが、バスティアンはうまく乗り越えていた。
父の事業体を吸収して規模を拡大し、上流社会の壁を打ち破り続けている。

すべての足かせを断ち切ったのだから、あとは思う存分飛び立つばかりだろう。

最後の一行まで読んだオデットは、安堵のため息をついて立ち上がった。
新聞はベンチの端に残した。

——全て済んだことだった。

「ジェンダース伯爵は、アルマを大切に育てながら静かに生きていきたいと思っているようね。
良い関係を続けていけば、もっと良い縁に生まれ変わるかもしれないわね」

声を潜めた囁きに、オデットは首を振った。

「……伯爵夫人。私はまだこの結婚すらきちんと整理できていません」

「子供のことならあまり気に病まないようにね。
永久に妊娠できなくなったわけではないそうだから、健康をしっかり回復すれば、また……」

「申し訳ございませんが、私はそろそろ失礼しなければならないようです」

慌てて立ち上がった拍子に、フォークが床を転がり、ナプキンが膝から滑り落ちた。

いつになく取り乱しながら後片付けをしたオデットは、逃げるように食堂を後にした。

——やはり子供の話を蒸し返したのがいけなかったのかしら?

窓の外では、荷物をまとめたオデットが庭を横切っていく。

別荘の出入り口でようやく日傘を広げ、
春風にひるがえる水色のドレスの裾が道の向こうへ消えていくまで、
トリエ伯爵夫人はその光景から目を離せなかった。

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