🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、原作をもとに、物語の流れと人物心理を整理しています。会話部分は原作の表現を引用する場合があります。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
どちらが嘘なのかと、彼女は扉を叩いた。
恋しいなら悪夢ではない。悪夢なら恋しくはない。
——苦しくてもティラを手放せなかった、あなたの心と同じでしょう。
その一言で、扉に釘が打たれる。
あなたにとって、私はティラだったのね。
それでも彼女は願った。
——あなたの目に映る私が、どうか美しくありますように。
「行かないで」と泣いた女と、
夜明けまで口づけをやめられなかった男。
水曜日の朝が、来る。
化粧台の左の引き出し
『最後の晩餐』は、真夜中近くに幕を下ろした。めちゃくちゃな料理ばかりでも、バスティアンはいつものように皿をきれいに空にし、オデットも乾いたパンと水を黙々と食べた。
果汁のついた手に困っていると、彼は化粧台へ行き、引き出しからハンカチを取って戻ってきた。
オデットは、彼が一度でハンカチがある場所を見つけ出したという事実に簡単した。
「レディ・オデットのハンカチは、いつも化粧台の引き出しの左側に整理されていたようですが」
大したことではないというように笑い、最後のリンゴを割って半分を差し出す。
——偽りだったとしても、同じ家で家族の真似をして暮らしていた。なのに、どうして私はあなたのことをよく知らないのだろう。
窓の外の夜空を見ながらリンゴを食べる男。この人はリンゴが好きだっただろうか。
記憶をめくっても、確かな答えは出なかった。手の中のリンゴは、自分の好きな果物だった。盆の端のチョコレートもそうだった。
振り返れば、彼はいつもこうだった。些細な習慣や好みまで、細やかに覚えていてくれた。ただ同じ家で暮らしていただけなら、ここまで知ることはなかったはずだ。
——父は、一生を共にした娘のことを全く知らなかった。ティラも同じだった。母でさえも。
「それなのになぜ、あなたが?」
どちらが嘘なのか
月明かりの中で、二人の視線がぶつかった。
「私に会いたかったと言ったでしょう。だから来たんですよね」
「ああ、そうだよ」
「理解できません。なぜ悪夢になった哀れな女を懐かしむのか。もし私があなたを許したなら、悪夢の中で生きようとしたのですか。一体なぜそこまでなさるのですか」
これ以上隠せなくなった本心を、オデットは毅然とした顔で差し出した。
取り戻したくなるほど恋しかったのなら、それは悪夢ではないはずだ。
悪夢になるほど苦しかったのなら、恋しくはなかったはずだ。
——もしかしたら。
オデットは再び、閉ざされた扉の前に立った。
「どちらが嘘なんですか?」
扉を開きたかった。
その向こうで、一人血を流している男を知りたかった。
釘を打たれた扉
青い瞳の上に、物悲しい笑みが浮かんだ。
「苦しくてもティラを手放せなかった、あなたの心と同じでしょう。」
バスティアンは、ティラを愛しながら、その旅立ちに安堵したオデットの心を引き合いに出した。
自分も同じなのだと。
オデットを思えば苦しい。それでも恋しかった。自分の過ちには責任を持ちたかった。けれど、自分から離れて幸せになった彼女を見れば、ようやく悪夢から目覚められるような安堵も感じる。
——そのすべてが、本心なのだと。
穏やかで、優しい声だった。
揺れていた扉に、留め金がかけられる。
そして、ドンドンと釘が打ち込まれる。
言い残した言葉を飲み込み、オデットは顔を背けた。
——ティラ。
一生の宿題であり、足枷であり、愛であった存在。
切ないが手に余り、大切でありながらうんざりする存在。幸せを求めて去っていく妹との別れは悲しかったが、同時に、妙な安堵を与えた。
——あなたにとって、私はティラだったのね。
その一つの名前が、数々の疑問の答えになった。
再び裸にされたような気分を顔に出さず、オデットはリンゴを噛み、チョコレートの包み紙を剥がした。
傷のつきやすい女
一口かじった刹那、立ち上がったバスティアンが、彼女の前に片膝をついた。
パジャマをまくり上げたバスティアンが、彼女の右足首を掴んだ。
「大丈夫です、バスティアン。もうすっかり治りました」
オデットの言葉を黙殺し、バスティアンは包帯をほどき、腫れの引いた足首を直接確かめる。
安堵の混じった自嘲が口元をよぎった。
暗闇の染みた目が、青白い脚を遡っていく。赤い痣と歯形が、膝の裏へ、その先へと続いていた。
——簡単に傷がつく女だった。分かっていながら、止められなかった。今も同じだ。
足首に、口づけが落ちた。ふくらはぎへ、膝へ。唇の辿った道を大きな手が追い、優しく撫でながらオデットの脚を開かせ、太ももの内側に唇をうずめた。
戸惑って肩を掴んだ彼女の手は、いつしか逆の力をこめていた。極度の羞恥を伴う官能が、理性を麻痺させていく。
すすり泣き始めた頃、ようやく彼は顔を上げた。目が合うと、口角がわずかに上がる。
——傷ついたように笑う、その優雅な顔。
どうか美しくあれ
オデットは、パジャマを脱いだ。品位も自尊心も、もはや無意味だった。今さら虚飾を繕うのは滑稽だった。
目を細めて見守る男の顔を、震える手で包む。風に膨らんだカーテンの影が、見つめ合う二人の頭上で揺れた。
他人の目に映る自分の姿がどのようなものか、知っていた。それが儚く無意味で、時には人生をさらに辛くする足枷であることも。だが、今この瞬間だけは、むなしい虚栄心を満たしたかった。
——あなたの目に映る私が、どうか美しくありますように。
美しい女として記憶されたかった。せめてそうやって、過ちで汚れた日々を美化してみたかった。愚かで、切実な欲だった。
真夜中を告げる鐘が、闇の向こうからかすかに聞こえた。静かだった青い瞳に、亀裂が入り始める。
勇気を出して、オデットは彼の額に口づけた。
「してくれますか?」
答えまで、長くはかからなかった。
歪んだ笑みの男が彼女を抱き上げ、押し倒された椅子の音が、ベッドへ向かう荒い足音に混ざる。
オデットは力いっぱい彼を抱きしめた。
——水曜日は、互いを猛烈に貪る口づけとともに始まった。
楽園の海
頭の先から足先まで。足先から、再び頭の先まで。
獲物を捕食する猛獣のように野蛮で、同時に、神の祭壇を崇拝する狂信者のように誠実な口づけだった。
疲れ切った彼女をなだめるように、ゆっくりと、慎重に深く沈み込む。
細い腕が首筋を抱くと、充実感が一層大きくなる。体をまともに支えられないほどでも、彼を見つめる瞳は、やはり澄んでいた。
——楽園の海が、美しくきらめく。
その海の奥へ沈んでいく自分と向き合いながら、彼は抑えた動きを続けた。
それさえつらそうにしながら、力いっぱいしがみついてくる身振りが愛おしい。この上ない喜びと苦痛が、同時に押し寄せた。
行かないで
「行かないで」
荒い息の間に、すすり泣くような声が流れ込んだ。
「どうせもう不可能なことだから……だから、行かないで、バスティアン」
今にも泣き出しそうな顔が、その謎めいた言葉の意味を伝えていた。
細い腕が、閉じ込めるように彼の背を抱く。あまりに微弱な力なのに、逆らえなかった。
熱烈な口づけを浴びせながら、彼は果てへ向かう。最後が近づくと、宙で揺れていた二本の脚が、彼の腰を抱きしめた。
——なすすべもなく屈服したまま、彼女をきつく抱きしめた。狂ったように笑いたかった。泣きたいようでもあった。
「オデット」
途方に暮れた名前に、息を喘がせていた彼女の顔に、かすかな微笑みが浮かんだ。
記憶の奥に刻むように
額を合わせて見つめ合い、口づけて、汗に濡れた体を撫でる。
オデットが意識を失うように眠った後も、彼の口づけは止まらなかった。懐の奥に抱きしめたまま、ただ見つめ、口づけをした。
端正な額に。優雅な鼻筋に。美しい唇に。
——まるで記憶の奥深くに刻み込むように。
眠りかけてはすぐに目を覚まし、また彼女を目に焼き付ける。
どうすればいいか分からず、撫で、口づけを繰り返すうちに、夜は更け、夜明けが訪れた。
欺瞞の夜の終わり
彼女の胸にうずくまってうとうとしていたバスティアンは、鶏の鳴き声で目を覚ました。ベッドは、青い夜明けの光に染まっていた。
現実を否定するように、彼女の首筋に顔をうずめる。そうすれば朝を避けられるかのように。
——だが、止まらない時計の針の音は、どんどん大きくなっていった。
再び、明けの鶏が鳴いた。
諦めるように目を開け、眠るオデットを見つめているうちに、朝焼けが空を染める。
——もう、欺瞞の夜は終わった。
彼女の額に長く口づけて、ついに体を起こす。固く閉じていた目を開けた顔には、もはや葛藤は残っていなかった。
ためらうことなくベッドを降りる。
朝へ向かう足音が、昇り始めたばかりの水曜日の日差しの中へ、静かに染み込んでいった。