🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
犬の死骸の前で、
オデットの目を覆ったのは、大きくて硬い手だった。
背中を抱く胸と、張り裂けそうな心臓の鼓動。
——バスティアンが、間に合った。
最後の記憶
目的地が近づくほど、足は重くなった。
野生動物にやられたらしい犬の死骸――毛の色も体つきも、まるでマルグレーテのようだと、庭師は言った。
メイド長が代わりに行くと申し出ても、オデットは引かなかった。
マルグレーテのはずがないと信じていた。
だが、もし本当にそうなら、なおさら自分の目で確かめたかった。
子どもの最期も、見られなかった。
目覚めた時には葬儀は終わっていた。
女の子だったのか、男の子だったのか。
誰に、どれほど似ていたのか――舌先に浮かんだ問いを、彼女は飲み込んだ。
知った後の後遺症に、耐える自信がなかったから。
あの日の選択を今さら後悔しても、再び傷口を覗く勇気は持てない。
だからこそ、マルグレーテまで卑怯な形で見送れば、自分を許せないと思った。
一緒に遊ぼうとせがむマルグレーテを、無視した。
よりによってそれが、最後の記憶だった。
あのときボール遊びをしていれば、モリーに出くわすこともなかっただろう。
——全部、私のせいだ。
無理にでもトリエ伯爵夫人に連絡を取っていたなら……
バスティアンが送ってくれたベビー用品のカタログを一枚ずつめくるたびに期待が膨らんでいった。
仕方のないふりをして、ローザンヌの別荘へ行き、可愛らしいベビー部屋を飾ってみたいとすら思った。
彼のもとを離れられなかった、愚かな未練が、すべてを台無しにした。
目を覆う手
人だかりの向こうに、死骸のぼんやりした形が見え始めた、その時。
冬の森を揺るがす激しい足音とともに、風が吹いた。
大きくて硬い手が、オデットの目を覆った。
背中を抱く胸、張り裂けそうな鼓動、荒い息遣い。
「……オデット」
溜息のように名を呼び、バスティアンは彼女を振り返らせて胸に抱いた。
もがく体を、二本の腕でしっかりと拘束して。
肩越しに、血に染まった白い毛だけが見えた。
「メグじゃないわ。そうでしょう? 違うわ、バスティアン。違いますよね?」
叩き、突き放そうとしていた手が、懇願するように服の裾を掴む。
「早く違うと言って」
「お願い、バスティアン……」
すがりつく彼女を、バスティアンは沈黙のまま抱きしめた。
それが、彼に与えられる唯一の答えだった。
K. の署名
その頃テオドラは、匿名の封筒を開いていた。
見知らぬ女の名義の家屋証書。
ジェフの名義貸し口座の一覧――銀食器まで売る羽目になっているとは信じがたい金額が、分散して眠っていた。
そして、尾行写真。
急激に痩せたジェフが、開いたばかりの花のような若い女の腰を抱いて歩いている。
空色の目に、豊かな白金髪。
何人目のソフィア・イリスか、数えるのもうんざりだった。
資金繰りに奔走していると大口を叩きながら、
愛人と駆け落ちする甘い夢に浸っていたのだ。
写真の裏の頭文字――K.
バスティアンの署名だった。
隠すつもりすら、ないらしい。
最後の勝負手は、失敗に終わった。
あれほど嘲笑した女と同じ境遇に成り下がった。
いや、ソフィア・イリスは、愛した男の胸に不滅の神話として残れた分、勝者なのかもしれない。
この愛が終わったら、ジェフにとって自分は何として残る?
答えを知っている問いに、テオドラの顔が歪む。
それでも、半分は勝った気がした。
海の向こうの屋敷を見た瞬間に。
バスティアンの思惑通りに動いてやるのも、悪くない。
その結末に何が待っているのか、あの息子はまだ知らないようだから。
教えて、バスティアン
湯がすっかり冷めても、オデットは戻らなかった。
浴室で眠り込んでいた彼女を、バスティアンは抱き上げ、タオルで包み、暖炉の前で寝間着を着せた。森から戻って以来、彼女はずっとこうだった。
目を開けていても、眠っているように見えた。
濡れた髪を乾かし始めた時、オデットが口を開いた。
「マルグレーテではありませんでした。明らかにメグより小さかったわ。毛も短かったみたい」
焦点を失っていた瞳に、次第に光が戻ってくる。
まともに見られなかった自分と違い、詳しく見たバスティアンなら、明確な答えをくれるはず――。
「バスティアン」
体を回して向き合い、震える手で彼の顔を包む。
久しぶりに間近で見た顔は、最後に会った日よりずっと痩せていた。
額の白金色の髪、鼻筋をたどった指先が、固く閉ざされた唇に触れた。
「教えて、バスティアン。お願いだから」
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