何がバスティアンを追い詰めたのか①|71話 幻の夜、綿菓子が地面に落ちた夜

何がバスティアンを追い詰めたのか①|71話 幻の夜、綿菓子が地面に落ちた夜 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作71話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。

祭りの賑わいに包まれた遊園地。
色とりどりの電飾が夜を彩るその場所で、オデットはバスティアンの手を握って歩いていた。

傍目には仲睦まじい夫婦の姿に映るかもしれないが、
オデットの心の中では、静かな問いが繰り返されていた。

──バスティアンはまだ、出征のことを教えてくれない。

契約関係として始まったこの結婚。
期間は二年。
彼は何も言わない。

その理由を、オデットはまだ知らなかった。

出征を教えてくれない理由

ティラが受け取るはずだった綿菓子が、気づけばオデットの手の中にあった。

食べてみたいという気持ちはある。
でも、なんとなく食べる気にはなれない。
捨てるわけにもいかない。

そのもどかしさのまま、オデットはぼんやりとバスティアンの横顔を見つめた。

電飾の光に染まった彼の顔は、いつもと変わらない。
穏やかで、それでいてどこか冷たい。

なぜ出征を教えてくれないのだろう。
礼儀を払う必要もない相手だと思われているのだろうか。
それなのに、なぜこんなふうに親切にしてくれるのだろう。

問いは次々と浮かんでは消えていく。

電気の宮殿と束の間の夢

二人が遊園地の中心部にたどり着いたとき、
鉄骨の宮殿のような構造物が夜の中にそびえていた。

思わず、オデットは小さく息を呑んだ。

メリーゴーランドの音楽。
子供たちの笑い声。
あふれる光。

足を止めて、その風景をじっと見つめながら、オデットはふと童話の一場面を思った。

試練を乗り越えた主人公に与えられる、最後のご褒美。
これから先も幸せに暮らしていける、薔薇色の未来──。

その儚い想像を破ったのは、風に乗ってきた綿菓子の甘い匂いだった。

オデットはそこで、ようやく現実に戻ってきた。

手の中の綿菓子を見つめ、それからバスティアンを見た。

心の整理

バスティアンは、世渡りに長けた男だ。

礼儀正しく、親切で、いつも適度に穏やか。でもそれは、ある一定のラインを超えないように保たれた表面上のものにすぎない。オデット自身も、同じ心構えでこの結婚に臨んできた。

もちろん、本音が垣間見えた瞬間もあった。

賭博場で出会ったあの春の日。泥の中に捨てられたリボン。無情な手元から差し出された契約書。深い山の中での夜。

洗練されていないバスティアンの感情には、いつもオデットの心を切り裂く何かが潜んでいた。

平穏な日々の中でそれを忘れていたけれど、今夜また、その真実が静かに浮かび上がってきた。

──だから、疑問を抱くこと自体、無意味なのかもしれない。

もつれていた心が、すっと整理された、その瞬間だった。

疑問を手放した夜

電気の宮殿を見物しようと押し寄せた見物客が、
オデットを押し退けていった。

バスティアンがとっさに支えてくれたおかげで転ばずに済んだが、
手から離れた綿菓子はすでに地面に落ちていた。

「そのままにしてください。新しく買ってあげますから」

拾おうとするオデットをバスティアンが遮り、
子供をあやすような穏やかな声で言った。

「いいえ。大丈夫です」

足跡で踏みにじられた綿菓子を見つめながら、オデットは首を小さく振って微笑んだ。

雲の破片のようだった妖精の糸は、もうそこにはなかった。
残っていたのは、容赦なく踏みにじられた砂糖の塊だけだった。

名残惜しさはあった。
でも、未練はなかった。

オデットはむしろ、すっきりとした気持ちでバスティアンと向き合った。

バスティアンがある日突然前線へ旅立ったとしても、契約に支障はない。
約束された期間内に戻り、報酬を支払ってくれればそれでいい。
どんな決定であっても謙虚に受け入れ、与えられた義務を果たせばいい。

「人が多すぎますね。もうあちらへ行ってみましょう」

オデットは、形を失った綿菓子を置き去りにして振り返った。

最善を尽くして、この幻の夜を楽しむつもりだった。
それが、バスティアンの好意への報いというものだろうから。

テオドラの冷徹な計算

同じ夜、フランツの部屋にはテオドラが待っていた。
疲弊しきった息子に向かって、母親は静かに告げた。

——「いい加減にしておきなさい。」

そして、テオドラが引き出しの最下段をそれとなく指差した。

その日フランツは、証券取引所から銀行、協力会社まで金融街を一日中走り回っていた。
複雑な数字と計算に追われながら、父親の暴言と叱責に耐え続けた日だった。

婚約者のエラからは、事あるごとに愛情と関心を求められる。
名前を聞くだけで虫唾が走るほど、心はすでに限界に近かった。

オデットの肖像画を、見られていた。
フランツの顔色が青ざめた。

——「どの程度の関係なの?」

テオドラの問いに、フランツは答えなかった。
ただ唇を固く結んで、白紙のような顔が少しずつ赤く上気していく。

テオドラはそれを見て、
息子の一方的な片思いであることを確信した。

それから彼女はフランツに告げた。

今回の件が終わるまで、オデットのそばにうろついてはならない。
オデットは「重要なチェスの駒」だから傷つけるような真似はしない。
だが、万が一露見したとしても、バスティアンが「しかるべく処理する」だろうと。

そしてもし、うまく離婚という形で終われば──オデットをフランツに与えてやれない理由はない、とテオドラは冷静に計算していた。

「あの女を手に入れたいなら、それだけの資格があることを証明してみせなさい」

フランツは拒むことができなかった。

綿菓子と観覧車の夜

観覧車の前に到着したのは、
約束の時間の三十分前だった。

遊園地を一緒に歩き回る間、バスティアンがアトラクションやおやつを勧めるたびに、
オデットはただ「大丈夫です」と繰り返した。
だから今回も同じ返事が来ると思っていた。

「乗ってみますか?」

少し間があった。

オデットは観覧車を、いたって真剣な目で見上げていた。
両の頬が、秋の夜の寒さだけではない理由でかすかに色づいていた。

——三十分以内に終わるかしら?

慎重に確かめてから、オデットはこくりと頷いた。

「あなたさえよければ、私は乗ってみたいです」

まるで施しでもするかのような淑女のプライドに、バスティアンはふっと笑った。
オデットの顔にも、静かな微笑みが広がった。

花が開く瞬間を見守っているような、そんな表情だった。

バスティアンは返事の代わりにオデットの手を握り、
大きな一歩を踏み出した。

ようやく見つけた、最後の一つの正解へと向かって。


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