🌹 本記事は『バスティアン』原作73話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
ラッツに戻ったオデットの元に、一通の招待状が届いた。
差出人はテオドラ・クラウヴィッツ。
バスティアンの母親からの、ティータイムの誘いだった。
結婚式以来、私的な連絡など一度も交わしたことのない相手だった。
バスティアンと父親の関係が険しいことを知っているオデットには、
その意図がどうしても掴めなかった。
そして同じ日、別の仕事も待っていた。
帝国最高の日刊紙による取材と、写真撮影。
招待状と、断る理由
招待状を何度か読み返してから、オデットは机の上に置いた。
考えを整理しているうちに、マルグレーテが目を覚まして近づいてきた。
ピンク色のレースの襟飾りをひらひらさせながら脚を引っ掻く仕草に、オデットはつい声を立てて笑った。
引き出しに保管していた干し肉を食べさせているところへ、
メイド長のドーラがお茶を運んできた。
「出過ぎたお節介だとは存じておりますが」とドーラは切り出した。
招待状の件は、お断りになるべきだと思う、と。
「ええ。私の考えもドーラと同じよ」
そしてオデットは、ドーラに助言をもう一つ求めた。
この件を夫と相談すべきか、と。
「旦那様にとってこの上なく大きな栄誉となる日に、
不必要な心配をかける必要はないのではないでしょうか」
ドーラの答えを聞いて、オデットは自分で断ることに決めた。
バスティアンが明かさないことを、このような形で知りたくはなかった。
あえて複雑に絡み合う必要のない間柄なのだから、と。
断りの手紙を書き終えると、ドーラが次の予定を告げた。
「妻」の仕事
帝国最高の日刊紙に、
今年の海軍祝祭の主人公であるバスティアンを深く取材した記事が掲載される。
その日程にオデットが含まれたのは、写真のためだった。
宣伝物として使う、クラウヴィッツ大尉夫妻の写真が必要だという。
顔が世界中に知れ渡ることは気が進まなかった。
しかし選択権はなかった。
皇帝が命じ、バスティアンはそれを受け入れた。
どうしても嫌なら皇帝を説得しろ、というのが彼の言い分だった。
これもまた仕事にすぎない。
そう結論を下したオデットは、
穏やかな微笑みをたたえたまま席を立った。
取材と、写真撮影の準備
インタビューは、アルデンの海が広がる客用の応接室で行われた。
記者の質問は大部分が予想の範疇にあり、バスティアンはよどみなくこなした。
取材が終わり、写真撮影のためにバルコニーへと出た。
オデットはバスティアンの制服と色を合わせた白いドレスを身にまとっていた。
主人公の存在感を曇らせないよう配慮した気配は歴然としていたが、
それでも自分の役割にふさわしい品格を備えた姿だった。
オデット・クラウヴィッツは、良い妻だった。
バスティアンは、これ以上の疑念を持つことなく、その事実を受け入れた。
写真師の指示に従い、オデットが椅子に座り、バスティアンがその背後に立つ構図になった。
しかし写真師は首を振った。
バスティアンの背が高すぎて構図が合わないと。
今度はバスティアンが椅子に座り、オデットがその隣に立つ形に変わった。
「もう少しだけ、近くに寄っていただけますか?」
写真家の手招きに従い、オデットが一歩距離を縮めた。
潮風に乗って、聞き覚えのある彼女の匂いが鼻先をくすぐった。
柔らかく、甘美な香りだった。
亀裂の始まり
その気になれば、拒むこともできたはずだ。
バスティアンはその事実を淡々と認めながら、視線を上げた。
高く澄み渡った空からの陽射しが眩しかった。
その光に染まったオデットもまた、同じように眩しかった。
皇帝の意向はデメル提督を通じて届いていた。
英雄の名誉を傷つけるようなことであれば強要はしないという条件付きだった。
それを盾にすれば、断ることはできた。
すべてを分かっていながら、従った。
——私がこれを望んでいたから。
その明確な結論に直面したとき、膝の上に置かれた手にじわりと力がこもった。
ひたすら正面を見ていたオデットが、そこで初めてバスティアンに視線を向けた。
驚いたように目を瞬かせてから、すぐに優雅な微笑みを取り戻した。
「お二人とも、前をお向きください!」
写真家の声で、バスティアンはようやく視線を収めた。
「しかし、もしも」
この結婚を記念する写真や肖像画は、一切残さない予定だった。
どうせ二年限りの契約にすぎない。
その残骸をあえて残す必要はない、と判断していた。
——しかし、もしも……
完璧だった計画の亀裂は、その仮定から始まった。
皇帝との取引のための手段以上の使い道はない女だと思っていたからこそ、そう決めた。
しかし、もしもオデットがその後も大きな利益をもたらしてくれる妻であるならば、話は変わってくる。
父親を破滅させる仕事は、予想よりはるかに早く順調に進んでいた。
このまま行けば、ラヴィエールとの婚姻関係を結ぶことなく目的を果たすことも不可能ではない
ラヴィエール公爵は利害得失に聡い男だ。
娘を差し出さずとも莫大な利益を得られる取引を断るはずがなかった。
そうなれば、この結婚を継続するのも、それほど悪くない。
そのような結論に達すると、皇帝が望む写真を残せない理由は何一つなくなった。
「さあ、いよいよ本当に最後です。大尉の肩に手を一度、置いてみていただけますか?」
写真家の声に従い、オデットはバスティアンの肩に両手を置いた。
父親への復讐を終えたなら。
複雑に絡み合った利害関係を整理し終えたなら。
自分の人生を原点から再び始めることができる日が来るならば──その時はこの女を本当の妻として迎え、家庭を築いてもいいのではないか。
肩を伝って感じられる温もりの中で、
バスティアンは一段と明確になった自身の欲望に向き合っていた。
その仮定が確信に変わった瞬間だった。
——パァン。
写真家の閃光が白く弾け、二人の姿を一枚の写真に閉じ込めた。
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