🌹 本記事は『バスティアン』原作79話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
バスティアンが花を買ってきた夜、食卓には出征の事実が広がった。
オデットだけが、知らなかった。
晩餐が終わり、寝室でアイリスに触れながら、
オデットはテオドラからの命令を受け取った。
アイリスを選んだ男
退勤が遅れたバスティアンが帰宅すると、花束を二つ抱えていた。
マリア・グロースはすぐに察した。
叔母への花束は陳列棚から選んだ既製品だったが、
妻へのアイリスは彼が直接選んだものに違いなかった。
適当な花を注文した紳士に、アイリスを渡すような花屋の主人はいないだろう。
マリアは断言できた。
しかも、アイリスを渡した瞬間から
バスティアンは一瞬たりともオデットから目を離せずにいた。
小さな仕草や、ささいなまなざしの一つにも敏感になっている。
まるで初恋に浮かれる、体の大きな少年のようだった。
それに比べて、オデットはただ適切な範囲の礼儀を保っているだけだという点が、
マリアをさらに呆れさせた。
「バスティアンが、あれほど愛妻家になるとは夢にも思いませんでしたよ」
クラーマー博士がそっとつぶやいた。マリアは曖昧な微笑みを浮かべるだけだった。
出征の事実
素晴らしい晩餐だった。
美味しい料理と良い酒、趣向を凝らした装飾、親密な会話と笑い。
オデットはメイン料理の皿が片付けられて、ようやく安堵した。
父に会って以来、きちんと考えることが難しくなっていた。
一体どうやってアルデンヌに戻ったのか、よく覚えていなかった。
——しっかりしなさい。
これまで数十回は繰り返してきた呪文で自分を奮い立たせ、
味のしない料理を飲み込み、優しい微笑みを浮かべた。
デザートが運ばれ始めた頃、クラーマー博士が問いかけた。
「これほど仲睦まじい新婚夫婦が二年も離れて暮らさなければならないとは。任地に一緒に行くのはいかがですか、クラウヴィッツ夫人?」
遅れてその意味を理解したオデットは途方に暮れ、あたりを見回した。
この食卓を囲む誰もが、すでにバスティアンの出征の事実を知っているようだった。
疎外されているのは、ただ一人、バスティアン・クラウヴィッツの妻だけだった。
マリアがすかさず反論した。
どうせバスティアンが艦に乗っている間は一緒にいられない。
ここにいるのと大した違いはないだろう。
トロサ諸島は荒野も同然の場所で、若い淑女には過酷な環境だと。
オデットを見つめるグロース夫人の顔には、
これまでにない慈愛の微笑みが浮かんでいた。
その意味を察したオデットは、素直に頷いた。
「はい。私はアルデンヌに留まる方がいいと思います。夫に負担をかけたくありませんし、まだこの屋敷の工事が残っていることが気にかかりますので。」
「バスティアン?」
沈黙が長くなると、クラーマー博士が静かに名前をささやいた。
バスティアンは微笑みながらグラスを握りしめた。
「私は妻の意思を尊重します」
ワインで唇を潤してから、バスティアンはやがてそう答えた。
オデットを見る眼差しは、出征の事実が明らかになった瞬間と変わらず、ただ静かだった。
「ありがとう、バスティアン」
オデットは決められた返事をすることで、
気まずい会話を締めくくった。
真心を捧げなければ、傷つくこともない。
ならば、偽りの妻の裏切りも、この男の心にいかなる傷跡も残せないだろう。
そうであれば、これくらいの意味に過ぎないことは幸運だった。
オデットは、その事実に心から感謝することにした。
それが正しいことなのだ、と。
寝室のアイリス
アイリスが生けられた花瓶を持ったモリーが、寝室に入ってきた。
オデットは化粧台の鏡越しに、その子の様子をうかがった。
鏡の中でオデットと目が合ったモリーが、眉をひそめてみせた。
まるで何か合図でも送るかのように。
モリーは袖の中に隠していたメモを、素早く花瓶の下に隠した。
オデットは冷たくこわばった手でアイリスをいじり始めた。
まるで花を鑑賞していたかのように。
ただそれだけであるかのように。
「オデット」
バスティアンが寝室を横切ってきた。
「花が、とてもきれいですね」
オデットは穏やかな微笑みを浮かべた。
「あのことは気にしないでください、バスティアン。あなたのことは理解していますから」
「理解?」
バスティアンは鼻で笑うように聞き返した。
正解に近い答えなのに、どういうわけか気分が悪くなった。
あまりにも淡白なオデットの態度が原因だろう。
「一緒に行くと言ってわがままを言うのではないかと心配だったのなら……そんなご心配はなさらないでください。ここで待っています。私はそれがいいです」
「もう一緒に過ごす日も残りわずかでしょう。すでに過ぎたことで残りの時間を台無しにしたくありません」
再び花びらをいじっていたオデットが、静かにささやいた。
「だからバスティアン、私は大丈夫です」
赤い目のオデットが笑った。
「あなたも大丈夫だといいのですが」
── 緒に行きましょう。
喉元までこみ上げたその言葉を堪えるため、
バスティアンは何度かきつく拳を握りしめなければならなかった。
「疲れたでしょう。もう休んでください」
「もう少しだけ花を見てから寝ます」
的外れな答えに、バスティアンは思わず呆れたように笑ってしまった。
たかが数輪の花で喜ぶ女。
それが良いと思え、同時に嫌だとも思った。
満足しながらも苛立ちを覚える。
その矛盾した感情を悟られたくなくて、バスティアンはそこで背を向けた。
照明が一つ、また一つと消えていくと、暖炉の火が一段と鮮やかになった。
バスティアンは最後にサイドテーブルのランプを消し、ベッドに上がった。
暖炉に燃えたメモ
オデットはその後も、しばらくの間その場に留まっていた。
バスティアンが眠りに落ち、隠したメモを広げられるようになるまで。
やがてテオドラ・クラウヴィッツの命令に直面した時、
オデットは自分でも驚くほど心が静まっているのを感じた。
『鉱山』
最も重要な単語を心に刻んだオデットは、
小さく丸めたメモを暖炉の炎の中に投げ入れた。
父に会った後に伝えることに決めていた答えは、
すでに決まったも同然だった。
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