失われた未来⑥|96話 墓碑に刻んだ名前 ─ 小切手と、トロッサの夜

失われた未来⑥|96話 墓碑に刻んだ名前 ─ 小切手と、トロッサの夜 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作96話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。

夏が終わりに近づいていた。

アルデンヌでは毎月中旬になると、トロッサ諸島の消印がついた封筒が届いた。

オデットは夫を愛する妻にふさわしい表情を浮かべ、手紙を受け取った。

毎月届く小切手

オデットは海が見える窓際の机に座っていた。
最近、一日の大半を過ごしている場所だった。

邸宅の室内装飾と造園工事の監督で、忙しい日々を送っていた。
不備の確認はもちろん、帳簿の整理まで。
この夏の間ずっと邸宅に引きこもり、
その仕事だけに没頭していたと言っても過言ではなかった。

「奥様宛てのお手紙です」

一番上に置かれた封筒には、ベルク帝国領・トロッサ諸島の消印がくっきりと押されていた。
毎月中旬になると必ず届く、バスティアンからの手紙だった。

オデットはまず、夫を愛する妻の役割にふさわしい表情を浮かべた。
手紙を大切に撫でるような仕草を付け加えることも忘れなかった。

メイドが去ると、オデットは淡々と封筒を開いた。
きちんと折り畳まれた白い紙を広げると、その中に置かれた小切手が現れた。

これも、今となっては慣れた日常の一部だった。

何の添え書きもなく、ただ小切手が一枚。
海外の戦地に赴任した最初の月から今に至るまで、
バスティアンは毎月同じ方法で金を送ってきた。

ラブレターを装った給料の支払い。

変わらぬ愛を世間に誇示しながら、実務をこなす戦略だと見るのが最も妥当だろう。

裏切られても給料を止めない意図はなんだろうか。
何度も悩んだが、オデットは結局その答えを見つけられなかった。

どうせ聞くことすらできないので、ただ受け入れるしかなかった。

小切手は机の引き出しの金庫に入れた。
バスティアンと契約を結んだ時間と同じだけ、積み重なったお金の額はかなりのものだった。

やはりティラを新大陸に送る方がいいとオデットはふと思った。
今後、ここで起こるであろうことの余波が届かないくらい遠く、とても遠くへ。

遅くともこの秋が終わる前にはバスティアンが戻ってくるはずだ。
できるだけ早く決断を下さなければならなかった。

暖炉に消えた手紙

西の空が赤く染まる頃、オデットはバスティアンに送る返事を書き始めた。
愛の手紙を交わす仲睦まじい夫婦に見えるために必要な手続きだった。

しばらく息を整えている間に、ペン先のインクが手紙の上に落ちた。

オデットは静かにため息をつきながら吸取紙を手に取った。
慌ててインクを拭き取ろうとしたが、すでに染みになってしまっていた。

元に戻せないという事実を淡々と受け入れたオデットは、
きちんと折り畳んだ手紙を持って暖炉の前へと歩み寄った。

火の中に投げ込まれた紙は、あっという間に灰になって消えた。

オデットは、手紙が完全に消えたことを確認してから、机の前へ戻った。
新しいペンを握り、再び最初から手紙を書き始めた。

それで十分だった。

トロッサの官舎

北海艦隊の将校たちの官舎は、本島の中心部に位置していた。
クラウヴィッツ少佐を乗せた軍用車は、その村の入り口で止まった。

「わ、私がやります!」

自らトランクを持ち上げるクラウヴィッツ少佐を見て、
運転兵の目が丸くなった。

「戻っていい」

バスティアンは短い命令で運転兵を通り過ぎた。

官舎の前にたどり着くと、買い物かごを持った若い夫人が素早い足取りで近づいてきた。
隣に住むカイレン少尉の妻だった。

「艦艇勤務を終えられたのですね。ご苦労が多かったでしょう?」

「当然すべき任務を遂行したまでです」

カイレン夫人は送別会の提案を持ちかけた。
バスティアンはその頑固な顔をじっと見つめてから、
招待を承諾することで無駄なやりとりを避けた。

カイレン少尉は妻と幼い子どもを連れて赴任したが、独身者用宿舎を割り当てられていた。

任官したばかりの下流階級出身の将校。
優先順位から大きく外れた条件のせいだった。

一方バスティアンには、家族を伴う将校のための官舎が提供された。
妻を連れてくるだろうと、上層部が早合点して下した決定だった。

その事実を知ったバスティアンは、カイレン一家に自分の官舎を譲った。

使い道がないから譲っただけで、それ以上の意味はなかった。
おかげで素晴らしい人格者であるかのような評判を得ることになり、結果的には大きな得をしたわけだが。

墓碑に刻んだ名前

長いシャワーを浴びてから応接室に向かうと、
ソファの前のテーブルには郵便物が整理されて置かれていた。

一番上にあの女の手紙が置かれていたのは、
おそらく家政婦の細やかな配慮だろう。

バスティアンは特に感情のこもらない顔でオデットの手紙を開いた。

工事の進捗状況と家計の運営状況、
それに添えられた味気ない安否の挨拶まで。

非常に事務的な内容だった。

たかがこんな女に惑わされていた過去が、今となってはただただ滑稽なだけだった。

どうせ近いうちに整理する女。
墓碑に刻んだ名前のようなものだと見なしても差し支えなかった。

オデットの手紙を置いたバスティアンは、残りの郵便物を確認した。

中にはサンドリンから来た手紙もあった。

愛する私の恋人バスティアン──

露骨な呼称で始まったサンドリンの手紙は、
熱烈な愛の感情を込めた言葉で満たされていた。

離婚に成功してからは、一層奔放で大胆になった。

バスティアンとしては、断る理由のない幸運だった。
時間に勝てる心はない。

ここで過ごした2年間が証明してくれた事実だった。

空のグラスを置いたバスティアンは、葉巻を一本くわえた。

今月はクラウヴィッツ夫人の給料の小切手を発行する必要はなさそうだった。
来週には本国へ向かう輸送船に乗ることになるだろうから。

残ったのは、契約終了のための後片付けくらい。
先延ばしにしていた精算を終えれば、すべてが元の場所に戻るはずだった。

バスティアンは、半分ほど吸った葉巻を指の間に挟んで向き直った。


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