🌹 本記事は『バスティアン』原作112話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
「不幸を楽しむ趣味は相変わらずのようだな」
冷たい水の下でうずくまるオデットを見つけたバスティアンが、先に口を開いた。
不幸の種
オデットは赤く充血した目で、じっと彼を睨んだ。
「凍え死にたいなら、あと数歩動くくらいの誠意を見せてみろ。
あそこに君を待っている冷たい海があるからな」
「あなたのような人のために、人生を諦めるようなことはしません。
十分な答えになったのでしたら、もう出て行ってください」
バスティアンは静かに囁いた。
「馬鹿な努力はそれくらいにしておけ、オデット」
体を酷使するのは愚かなことだが、
少なくとも不幸の種が芽生えるよりはましな選択だった。
ティラの結婚式まで耐えればいいのだから、いくらでもやり遂げられると信じていた。
まさかこの男がその意図を見抜いたとは、思いもしなかった。
しばらくの間オデットを見つめていたバスティアンは、あっさりと踵を返した。
そして、熱いお湯をバスタブに張り、暖炉に火をつけた。
オデットは混乱した表情でその光景を見ていた。
温かいタオルで包まれたオデットは、バスタブに連れ込まれた。
白い湯気が立ち上る温水は、胸の高さまで満たされていた。
「虚弱な子どもを産んで、去って行ったとしたら、君の心はもっと地獄のようだろう?」
一見優しく感じられるほど柔らかな低音の声が耳元をくすぐった。
その瞬間にも、大きな手はオデットのお腹を撫でていた。
まるでそこに何かあるかのように。
本当に、頭がおかしくなったまま帰ってきた男に違いなかった。
オデットはぎゅっと両目を閉じたまま、屈辱に耐えた。
そして悟った。
この男と正面から戦っても勝てない。
ティラを送り出すその日まで、今は身を低くして機会を待つしかなかった。
この男が油断してこそ、逃げ出す隙を見つけられるはずだ。
「……怖くないのですか?」
ゆっくりと目を開けたオデットが、呆れたような質問を投げかけた。
「私はあなたを裏切りました。今、大切なことをしているのでしょう。
再びお父様と対決する時期に、一度あなたを裏切った私をそばに置くのは、愚かなことだと思いませんか?」
——どうかこの男が、本来の冷静な理性を取り戻してくれるように。
切に願ったが、返ってきたのはあからさまな嘲笑だけだった。
「なぜだ? 新しい指令でも受けたのですか?」
「どこまでできるか、勝手にやってみろ。面白いことになりそうだな」
この忌まわしい女が早く子どもを宿してくれることをバスティアンは願った。
お腹が大きくなり、子どもが生まれる頃には、
やがてこの欲望と憎悪もすべて尽きて底をつくだろう。
そうすれば、捨てられるだろうから。
愚かだった日々の記憶と、灰になって崩れ落ちた感情の残骸まですべてを。
まるで気が狂ったかのように振る舞う自分が滑稽で、
バスティアンは失笑した。
オペラ座のサンドリン
我慢できないほど退屈な公演だった。
サンドリンはオペラグラスを放り投げるように置き、扇子を広げた。
隣には、まだ21か22の若い南部出身の駆け出しの画家、ノア・ホフマンが座っていた。
なかなか良い恋人だったが、
バスティアン・クラウヴィッツの代わりにするには、あまりにも力不足な相手だった。
見せつけるようにノアを連れて社交界を巡り始めたのは、
バスティアンにみじめに拒絶されてからのことだった。
彼を嫉妬させるつもりだったが、
サンドリン自身、その効果を期待していないことも分かっていた。
「ちょうどそこに、フランツ・クラウヴィッツがいますよ!」
ノアが得意げに叫んだ。
斜め向かいのボックス席には、
バスティアンの異母弟が婚約者と一緒にオペラを観覧していた。
「フランツは、僕たちの後援者なんです。アトリエを提供してくれたり、展覧会を手伝ってくれているんです」
「まあね。確かに、とても柔弱な坊やだもの」
「あ!そういえば、フランツに関する面白い噂が一つあるのですが」
突然、声を潜めたノアが身を乗り出した。
いつも必ず鍵をかけておくアトリエのドアを、ある日うっかり忘れた。
仲間たちがこっそり入ってみると、同じ女を描いた絵が部屋中にあふれていた。
しかもその女が、異母兄の妻だったと。
「バスティアンの妻? 確かなの?」
「間違いなく、あの女でしたよ。以前新聞に載っていた写真まで手に入れて比べてみましたが、間違いありませんでした。世間に見つかったら大変なことになりかねない絵も少なくないのに」
しばらく考え込んでいたサンドリンは、
穏やかな微笑みを浮かべた顔でノアを見つめた。
ようやく、今夜が少し面白くなりそうだった。