🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
退院の日。
オデットが待っていたのは、小さな白い犬だった。
だが、その犬はもう、十日も帰っていなかった。
あの春の日のベンチ
退院支度を終えたオデットは、窓から病院の裏庭を見下ろしていた。
若い夫婦が、緑のベンチで談笑している。
天が崩れ落ちるほど絶望的だったあの春の日に、自分が座っていた、まさにあのベンチだった。
足を怪我した妻を支えて歩く夫。
寄り添う二人が消えた後も、視線は長くそこに留まった。
バスティアンは数日前から仕事に復帰していた。
毎晩病床に付き添ってくれたとドーラは言うが、
睡眠薬で深く眠るオデットに、その気配はわからなかった。
そのほうが、お互いにとって良かったのかもしれない。
顔を合わせれば、苦痛が増すだけだから。
あの人のそばに帰りたいのか。離れたいのか。
——どちらも、よくわからなかった。
どちらを選んでも、もう何も変わらないのだから。
メグをラッツに
「一つ、お願いがあります」
病室を去る間際、オデットは澄んだ目でドーラを見た。
「メグをラッツに連れてきてほしいの」
口元に浮かんだかすかな微笑みは、あの出来事以来、初めて見せた人間らしい感情だった。
その事実が、ドーラの心をいっそう惨めにした。
マルグレーテは、十日近く行方不明のままだった。
森も海辺も探し尽くしても、痕跡すらない。
オデットにこの事実を知らせるなというバスティアンの命令も、もう限界だった。
「…本当に申し訳ございません、奥様」
ドーラはぎゅっと目を閉じ、頭を下げた。
「マルグレーテを連れてくることは不可能です。あの事件が起こった日に姿を消してしまい、まだ戻ってきていないのです。
姿を消したがまもなく見つかるはず——ご主人様が人を雇って毎日近隣を捜索させていること、高額な謝礼金をかけた公告も出した。
——ですから、と。
ドーラは覚悟した。
もし彼女が泣けばなぐさめ、責められればひざまずいて謝罪するつもりだった。
哀れな主人のために、何でも耐える覚悟ができていた。
だが、オデットはただじっと見つめるだけだった。
背筋を伸ばし、静かな眼差しで。
息の詰まる沈黙の果てに、告げられたのは一片の動揺もない声だった。
「私はマルグレーテのいる場所へ帰ります、ドーラ。バスティアンにもそう伝えてください」
帽子のベールを下ろす落ち着いた仕草のどこにも、我が子のように可愛がった犬を失った悲しみは見つけられなかった。
腐った傷口
「頭がおかしくなったに違いない」
クラウヴィッツ少佐の新たな噂は、デメル提督の耳にも届いていた。
あれほどの変事を経験して、あの超然ぶりは正常ではない。
休めと配慮した訓練にわざわざ参加し、最高成績を記録した。
退勤後は夜更けまで家業に没頭する。
狂気に近い執念だった。
執務室に呼ばれたバスティアンに、提督は本題を切り出した。
皇帝が庇っているのは、血縁のオデットより、むしろ君のほうだ。
状況が悪化する前に、陛下の命を受け入れなさい。
今すぐ離婚しろとは言わない。静養を口実に別居し、時期を見て静かに片づける——非情でも、仕方ないだろう。
結婚は、愛だけでは続けられないのだからと。
「時間がすべてを解決できるわけではない。腐った傷口は切り取らなければならないものだ」
憐憫のにじむ最後の助言にも、
バスティアンは、堅固に沈黙を貫いた。
評判は気にしない
会議室には、薄氷のような緊張が漂っていた。
バスティアンが、決定を覆したのだ。
父のすべてを奪う——まっとうな結末を望んでいたトーマス・ミュラーですら当惑する、残酷で非情な計画だった。
このままではバスティアン自身も損をする。
だからこそ撤回すると信じられていた決定を、彼は微動だにせず貫いた。
刃はジェフだけでなく、テオドラの実家オスヴァルト子爵家までも狙っていた。
血と屑鉄で築いた王座に座る鋼鉄王——世間の悪評を、彼は気にしなかった。
あながち的外れでもなかったからだ。
母と祖父の目は、閉じさせてやった。
——だが、まだあの日の血の代償が残っていた。
電話越しの真実
「ティラ・ベッカーからです」
秘書の低い声に、バスティアンの目が細められた。
ベッカー夫妻の発見は難しくなかった。
だが、ティラは口実を並べて連絡を避け続け、彼はついに手を打った。
——『すでにすべてを知っているから、早急に返信するように』
一種のハッタリだった。
応じなければ夫の事業に問題が生じるかもしれない、という助言だけは本心だったが。
これほど早く食いついたのは、
姉の人生と引き換えた金で得た製材所を失いたくないのだろう。
「もしもし、ベッカー夫人」
儀礼的な挨拶に返ってきたのは、怯えた声の奔流だった。
「お許しください、少佐。わざとではなかったんです。私は自首しようとしたのですが、お姉ちゃんがダメだと、お姉ちゃんが全部責任を負うから、秘密を守るようにと。それでそうしたんです。信じてください。どうか……」
まくし立てていたティラは、まもなく猛烈に号泣し始めた。
どうやら、かなり長い通話になりそうだった。
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