🌹 本記事は『バスティアン』原作88話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
ローザンヌ行きの列車が走り続けていた。
オデットは将校の妻たちとのティータイムを終え、
一人になった通路で壁にもたれた。
そこへ、フランツ・クラウヴィッツが現れた。
通路での邂逅
「オデット?」
名前を呼ぶ聞き慣れない声に、オデットは警戒心に満ちた眼差しで振り返った。
フランツ・クラウヴィッツだった。
「顔色が悪いけど、大丈夫ですか?」
「はい。ご心配いただくほどのことではありません。では、これで」
立ち去ろうとするオデットの腕を、フランツが掴んだ。
「無礼ですね」
しかし彼は引かなかった。
再び手首を掴む手には、さらに強い力がこもっていた。
「僕は母とは違う。あなたの味方になる。望むなら、明日すぐにでも逃げられるようにしてあげる。バスティアンが見つけられない場所に。もちろん、母さんにも」
この男も、あのことをすべて知っているのだな。
オデットは深く静かになった目でフランツを見つめた。
すでに予想していたことだが、いざ現実に直面すると、心が限りなく冷たく沈んでいくような気がした。
「助けてくださるおつもりでしたら、今すぐこの手を離してどいてください」
「私がフランツ・クラウヴィッツさんに望むのはそれだけです」
ひどくなった頭痛が意識を朦朧とさせたが、
オデットは首をまっすぐに立ててフランツを直視した。
その冷厳な眼差しには、ここ数日の苦悩と混乱の痕跡はどこにも残っていなかった。
フランツは、幸いにもその辺りで退いた。
オデットはその隙を逃さず足を踏み出した。
慌てて次の車両へと続くドアを開けると、驚きの悲鳴が上がった。
婚約者を探しに来たエラ・フォン・クラインだった。
「もう、オデット!こんな無礼なドアの開け方をするなんて」
「ごめんなさい、エラ」
社交的な微笑みを浮かべて謝罪したオデットは、
落ち着いてエラのそばを通り過ぎた。
客室に戻って
客室に戻ったオデットは、倒れ込むようにソファに座り込み、荒い息をついた。
手袋を脱いだ手で探ってみると、額の縁は冷や汗で湿っていた。
なぜ彼らがここに現れたのだろうか。
テオドラの意図を推測しようと努めたが、最後まで結論を出せなかった。
すでに終わった取引だった。
オデットは彼らが望むものを渡し、彼らはオデットの秘密を隠しておくことにした。
信頼しがたい相手ではあるが、
このような形で約束を破ることはないだろう。
もしバスティアンが出征する前にスキャンダルが明るみに出たら、
この取引を暴露するという条件を付け加えておいたからだ。
テオドラは鼻で笑ったが、
オデットが証拠を見せると、その眼差しは変わった。
ラーナー街12番地にある古い楽譜店を出てくる、
テオドラ・クラウヴィッツの姿が写った写真だった。
もちろんショーウィンドウの向こうに立っているオデットも含まれていた。
私立探偵が、依頼内容を完璧に遂行してくれたおかげだった。
「ご希望でしたら差し上げますわ。どうせ、複製ですから」
テオドラの顔が赤くなった。
私立探偵を雇ったことまでは突き止めたものの、
まさかスキャンダルを暴露する目的で祭りに参加するはずがない。
少なくとも、その証拠を無力化させる方法を講じるまでは身を隠すはずだから。
無理に不安を静めたオデットは、ソファの奥に疲れた体を預けた。
最後の書類まで渡した日以降、まともに眠れていなかった。
どうか、時間が早く過ぎてほしい。
早く年を取りたかった。
そんな資格がないことは分かっているが、
オデットは今までで最も切実にそれを望んだ。
月明かりの客室
バスティアンは客室の入口に立ち止まったまま、ソファを眺めた。
オデットはひどく疲れている様子で眠っていた。
これまでの無理がたたったようだった。
ベッドに移して楽に寝かせてやる方がよさそうだったが、すぐに考えを変えた。
オデットはひどく寝つきが浅い。
助けようとして、かえって深い眠りを妨げてしまうだろう。
バスティアンは、まずオデットのそばに座った。
汽車は今、川に架かる鉄橋にさしかかっていた。
高く昇った月と、その月を映す川が、濃密だった闇を薄めていた。
傾いたオデットの頭が触れたバスティアンの肩の上にも、
明るい秋の夜の月明かりが降り注いだ。
バスティアンは用心深い手つきでオデットの姿勢を直してやった。
楽にもたれかかって休んでほしかった。
この穏やかな時間をもう少しだけ続けることができるように。
眠っているオデットを見つめていると、
穏やかな水面の下に沈んでいるような気分になった。
安らぎに満ち、穏やかだった。
このように流れていく人生も、そう悪くないだろうと思えた。
一緒にいたかった。
毎晩と毎朝、残りの人生のすべての日々に、この女がいてほしかった。
──「一緒に行こう」
どうかしてると思われながらも、
指輪をはめて告白したら、君は笑うだろうか。
バスティアンは制服のポケットの奥深くに入れておいた小さなベルベットの箱を取り出した。
ゆっくりと蓋を開けると、冷たくて優雅な光を放つダイヤモンドの指輪が現れた。
オデットに似た宝石だった。
バスティアンは、くすっと自嘲気味に笑い、
静かに閉じたベルベットの箱を元の場所に戻した。
この女性と新しい出発点に立つとすれば、
それはこの指輪をはめてあげる瞬間であるべきだった。
だから今は違う。
もう一度時計を確認したバスティアンは、静かにため息をついて目を閉じた。
この女のそばで。
この女と一緒に。
私が探します
夢ではないと気づいたオデットの瞳から、
瞬く間に眠気が消え去った。
危うく悲鳴を上げそうになった唇を固く閉じ、
バスティアンの肩にもたれかかっていた頭を上げようとした。
しかし、思わぬ難関にぶつかってしまった。
「あ……!」
バスティアンの肩の階級章に髪が絡まっていた。
焦って引っ張ってみたが、状況をさらに悪化させるだけだった。
静かな笑い声が聞こえてきた。
いつの間にか目を開けていたバスティアンが、暗闇の中でオデットを見つめていた。
「ごめんなさい、バスティアン。髪の毛が……」
「大丈夫です」
オデットが怯えている理由を理解したバスティアンの顔に、虚脱感がよぎった。
あの夜は、あまりにも過敏になりすぎた。
数年ぶりに再び現れた病状に戸惑ったせいだった。
深刻な心配をするほどの症状ではなかったが、
心配そうに見守っているオデットと向き合うと、神経が鋭く張りつめた。
「僕がやりますよ」
適切な弁解の言葉が見つからなかったバスティアンは、
まず階級章に絡まったオデットの髪を落ち着いて解き始めた。
「オデット……もしも」
衝動的に口を開いたのは、髪がほとんど解けた頃だった。
バスティアンはわざと速度を落として時間を稼いだ。
「もし夜に、君の隣で眠っていた僕がどこかへ消えたら……」
弱点というものは、いつか必ず攻撃の的になる。
バスティアンはその事実をよく知っていた。
特に、この種の弱点は致命的だということも。
だからこそ徹底的に隠してきたし、これまでうまくやってきた。
——だが
バスティアンは、いっそう安らいだ眼差しを向け、自分を映している美しい瞳を見つめた。
「そしたらオデット、君が僕を探しに来てくれますか?」
最後の質問は、長い間のためらいが嘘のように淡々と口から出た。
やがて束縛から解放されたオデットは、
まっすぐ首を立てた姿勢でバスティアンと向き合った。
「はい。そうします」
しばらく考え込んでいたオデットが、微笑んだ。
「私が探します」
その女性を照らす月明かりのように、美しい笑みだった。
📖 前の記事
▶何がバスティアンを追い詰めたのか⑰| ローザンヌ行きの特別列車
📖 次の記事
▶ 何がバスティアンを追い詰めたのか⑲|前夜祭
【免責事項】
※翻訳方針については当サイトの「翻訳・引用ポリシー」をご確認ください。
※本記事は作品のテーマを考察するものであり実在の行為を推奨・肯定する意図はありません。
※作品の引用・翻訳は著作権法の範囲内で行い、引用元を明記しています。
※本記事は作品内容の分析・評論を目的としたものであり、原作の翻訳全文を掲載するものではありません。