🌹 本記事は『バスティアン』原作89話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
ローザンヌ行きの列車は走り続けていた。
レストランでは前夜祭の宴が続き、祝杯が上がった。
しかしバスティアンは、その夜、席を立った。
英雄のための祝杯
ローザンヌ行きの特別列車のレストランは、社交界の縮図のようだった。
将校たちが主流を占め、
中でも最も大きな注目を集めていたのはバスティアン・クラウヴィッツだった。
「お人柄が本当に素晴らしいですわ、クラウヴィッツ夫人」
ひねくれた褒め言葉が、テオドラの長い沈黙を破った。
鉄道敷設権を奪われ苦戦を強いられているにもかかわらず、義理の息子の出世を祝うために出向くとは、さすがですわ、と。
魂を抜かれたような眼差しでオデットを見ているフランツへの不満を、クライン伯爵夫人はこのような形で伝えようとしているようだった。
テオドラはまず息子の足の甲をじっと踏みつけた。
フランツはそれでようやく慌てて視線をそらした。
「公と私を区別しなければなりませんわ。
たとえ円満な仲ではなくても、家族は家族ですから」
テオドラはもっともらしい反論で、クライン伯爵夫人の口を封じた。
バスティアンの名声は日増しに高まっていく。
ならばテオドラは、いっそそれを利用するつもりだった。
—— 英雄の弟
フランツをそこそこ輝かせてくれる後光になるのだから。
「帝国の栄光と勝利のために」
立ち上がったデメル提督の発声で、
レストランに集まった乗客たちの視線が一斉に海軍将校たちのテーブルに集中した。
祝杯用のシャンパンが運ばれ、並んで立ったバスティアンとオデットの姿は、
特集記事に掲載された写真のように美しかった。
テオドラは苦笑いを浮かべ、グラスを傾けた。
どうすれば主人公になれるのかを知っている子だった。
それは努力で得られるものではなく、一種の本能。
生まれ持った品格と威厳だった。
限界まで追い詰められると、それ以上に成長した。
毒を栄養分にして育つようなものだった。
そんなやり方では決して潰せない子なのだと、テオドラはある瞬間、悟った。
あの子の心が壊れてほしいと願った。
まともに生きてほしくなかった。
結局、それさえも水の泡に帰してしまったが。
一輪のアヤメ
デザートが運ばれてくる頃、オデットが席を立った。
テオドラは冷めていくティーカップを両手で包みながら、その夫婦を注視した。
デメル提督に了解を求めたバスティアンは、
頑なに遠慮するオデットをどうにかして先に帰らせた。
妻が去った席を見ていたバスティアンが、
身をかがめて一輪の花を拾い上げた。
オデットの髪を飾っていたアヤメだった。
バスティアンは、じっと見つめていたその花を燕尾服のジャケットの襟に挿した。
そして淡々と、まるで何事もなかったかのように平然とした顔で、
デメル提督が勧める酒を受け取った。
テオドラはしばらく言葉を失った。
やがて、その口元がゆっくりと持ち上がった。
バスティアンは、決して観客がいない舞台に立つような人物ではなかった。
だとすれば、残された理由は、切に願っていたそれだけだった。
どうやら、フランツがバスティアンに勝つ日が来たようだ。
汽車を走る確信
確信は、思いがけない瞬間に衝動のようにやってきた。
向かいに座る中年の大佐の支離滅裂な話に適当に相槌を打っていたバスティアンの視線が、
窓に映る自分の顔の上で止まった。
汽車は明日正午にローザンヌ駅に到着する。
汽車を降りた瞬間から、祭りの日程が始まるようなものだった。
「将校人生最高の栄誉と栄光の日」と誰もが口をそろえて言った。
バスティアンの考えも同じだった。
ならばバスティアンは、オデットと一緒にその場所に立ちたかった。
契約で結ばれた関係ではなく、夫婦として。
長い年月が流れた後にも、一緒にあの日を思い出せるように。
そのためには、
この汽車が止まる前に、オデットの本当の夫にならなければならなかった。
考えがそこまで及ぶと、立ち去る足取りは一段と軽くなった。
大股でレストランの通路を横切り、次の車両へと続くドアを開けた。
オデットに近づくにつれて、バスティアンの足取りは次第に速くなっていった。
通路の対峙
突然現れたフランツが前に立ちはだかったのは、
客室のある車両へ続く通路に入った時だった。
「何をそんなに急いでるんだ?また何か詐欺でも働くつもりか?」
「どけ」
肩を掴んだフランツの手を振り払ったバスティアンは、
ためらうことなく次のドアに向かって進んだ。
その時、悪意に満ちた叫び声が聞こえてきた。
「皇帝陛下はご存知だろうか?戦争の英雄と崇められるお前が、裏では偽のダイヤモンド鉱山を売りさばく詐欺師野郎だということを!」
フランツは慌てて追いかけ、再びバスティアンの前に立ちはだかった。
まるで父と向き合っているようでゾッとしたが、必死に勇気を振り絞った。
「鉄道敷設権を奪われただけでなく、鉱山詐欺までやられたのか?」
じっと見下ろしていたバスティアンの口元に、悠然とした笑みが広がった。
「何も知らないふりをする演技はやめろ、バスティアン」
フランツは鼻で笑い、手に持った書類の束を見せつけた。
存在しないダイヤモンド鉱山で大きな利益を得たことになっている投資家リスト。
オデットから受け取った原本だった。
バスティアンは、
これといった表情の変化もなく、元々自分のものだった書類に目を通した。
「この際、軍服を脱いでマジシャンにでもなってみたらどうだ。ただの岩山をダイヤモンド鉱山に変身させる能力を腐らせておくのは惜しい。そう思わないか、このろくでなしが!」
フランツは、冷や汗で湿った手に握っていた最後の書類を、
バスティアンの顔に向かって投げつけた。
紙で切れた頬から血がにじみ出る瞬間でさえ、
バスティアンの眼差しはただ無感動なだけだった。
オデットがいなかったら、耐えられなかっただろう。
見捨てられてこそ、自分が手に入れられるのだから。
まさか皇帝の姪を殺すことはしないだろう。
傷だらけになって見捨てられたら、引き取って世話をしてあげよう。
慰めと安らぎ、そして愛で。
そうすれば、いつかオデットも心を開くだろうと、フランツは確信した。
窓の外の闇をちらりと見たバスティアンは、
ゆっくりと身をかがめ、足元に落ちている書類を拾い上げた。
紙を一枚一枚めくっていくにつれて、その眼差しはさらに深く、静かになっていった。
「お前は全知全能の神にでもなったような気分だったんだろうな。女に狂ってスパイも見抜けなかった間抜け野郎のくせに」
「お前の母さんはどこにいる?」
最後のページまで確認した書類を閉じたバスティアンが、淡々と質問を投げかけた。
一瞬ぼう然としていたフランツの顔が、屈辱感で歪んだ。
「私が探し出すよりは、ご自身で出てこられた方がいいでしょう、クラウヴィッツ夫人!」
バスティアンが突然声を張り上げた。
閉まったドアの後ろにいる母の存在を、すでに知っているかのような態度だった。
まもなく通路のドアが開いた。
「私のスカートにすがって失恋の傷を癒したいのなら、いくらでもそうすればいいわ。けれど、その前にあなたの妻に会ってみてはどうかしら?あなたに必要な答えをくれるのは私ではなく、オデットなのよ」
テオドラは、どこか親しげな微笑みを浮かべた顔でバスティアンの前に立った。
「またお会いしましょう」
「ええ。そうしましょう」
オデットが盗んだ書類を握りしめたバスティアンの手の甲には、骨ばった関節と血管が鮮明に浮き上がっていた。
これだけでも十分な成果だった。
——「どうして私の息子に生まれなかったのかしら」
バスティアンのそばを通り過ぎる前に、テオドラは痛ましい気持ちを込めて小さくささやいた。
通路のドアを閉める前、
テオドラは振り返り、客室のある車両へ入っていくバスティアンの後ろ姿を見つめた。
—— そうだったら、この世のすべてを与えたのに。
舌先に残ったその言葉は、飲み込むことにした。
盛大な前夜祭が催されるような夜だった。
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