何がバスティアンを追い詰めたのか⑳|90話 私の母の息子

何がバスティアンを追い詰めたのか⑳|90話 私の母の息子 ─ 汽車の夜、すべてが崩れた 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作90話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。

客室のドアが、音もなく開いた。

バスティアンが戻ってきた。
その手には、くしゃくしゃになった紙の束があった。

書類を突きつけられた夜

「バスティアン」

オデットは安堵の微笑みを浮かべ、反射的に握りしめていたレースのショールを放した。

しかしバスティアンは何も答えずに客室へ入ってきた。
普段とは雰囲気が少し違っていた。
あまりにも静かすぎる眼差しのせいだろう。

「もしかして、何かあったのですか?」

頬のあたりに小さな傷ができていた。
紙で引っ掻かれたような跡だった。

「怪我をされたのですか?早く薬を……」

「そこにいろ」

バスティアンは客室のドアに鍵をかけ、
すべての窓のカーテンを閉め、再びオデットの前に近づいてきた。
片手には、くしゃくしゃになった紙の束を握りしめている。

名前を呼ぼうとしたが、オデットは結局声を出せなかった。

汽車は速度を上げて走っているのに、オデットはもう何も聞こえなかった。
残ったのは、ぼんやりした耳元に響く鋭い耳鳴りだけだった。

「受け取るんだ」

バスティアンは、凍りついているオデットの手に直接紙の束を握らせた。

手に握った紙の感触はよく知っていた。
タイプされた文字の形と、その終わりに記された署名の筆跡もそうだった。

あえて広げてみなくても、オデットはこれが何であるかわかるような気がした。
どうしてこの書類が、再びバスティアンの手に渡ったのかも。

ばれてしまったのだ。

いざその事実に気づくと、これまで心を苦しめてきた苦悩が姿を消した。
顎の先までせり上がっていた荒い息も、次第に落ち着いていった。

罪を犯したのだから、罰を受けることになる。
ただ、その時期を遅らせることができればと願ったが、
地獄で願った祈りは結局天には届かなかったようだった。

しかし、ティラへの未練だけは、簡単には捨てられなかった。

否定してほしかった

——「ごめんなさい」

単調な謝罪の言葉が沈黙を破った。
バスティアンは虚しい笑みを浮かべ、オデットとの距離をさらに一歩縮めた。

ナイフで切りつけられた跡のように鮮明に残ったその言葉を噛みしめるほど、
口元に浮かべた嘲笑がはっきりとしていった。

「なぜだ! 君がどうしてあの女の猟犬になるんだ。一体なぜだ!」

「弱みを……知られてはならない弱みを握られてしまいました」

バスティアンが知っているのは、この書類を盗まれたという事実だけだ。
それなら、少なくともティラは守れる。

そのかすかな希望が、オデットの最後の依りどころだった。

「父を不具にしたのは私です。私がそうしたのです」

バスティアンの眉間が険しくゆがんだ。

「父がこっそりあなたに会っていたことを知った日でした。帰宅すると、酔っ払った父が生活費を盗んでいて、それを止めようとして喧嘩になったのです。父を階段から突き落としたのです」

「ディセン公爵は、明らかに酒に酔って階段を踏み外した事故だと証言したはずだが」

「はい。事故で大きなショックを受けた父は、その日のことをまともに覚えていませんでした。
だから……真実を葬り去ることにしたのです。まさか父の記憶が戻るなんて思わなかったのです。」

オデットはぎゅっと目を閉じて涙をこらえた。

再びバスティアンと向き合うと、泣いているような笑みがこぼれた。

テオドラ・クラウヴィッツは、スキャンダルを起こすつもりではないはずだった。
そうするつもりなら、こんな取引を選ぶはずがなかった。

ティラを守り、バスティアンが苦労して築き上げた名誉がスキャンダルで汚されるのを防ぐことができれば、すべてを成し遂げたようなものだから。

「結局、記憶が戻った父は、私を刑務所に入れたがっていました。その脅迫の手紙がクラウヴィッツ夫人の手に渡ってしまったのです」
「クラウヴィッツ夫人はその秘密を守る代わりに、あなたの書類をいくつか持ってくる取引を持ちかけ、私はそれを受け入れたのです」

「なぜだ」

「刑務所に行きたくなかったのです」

オデットは、いかにも超然とした顔で、厚かましい答えを口にした。

「僕に話すべきだとは思わなかったのか?」

バスティアンは呆れて失笑した。

オデットが起こした事故は、何の問題にもならなかった。
娘を売って賭博をするような、ろくでなしの父親ではないか。

バスティアンは、この女が意図的な殺人を犯したとしても理解できた。

納得できないのはただ一つ。

その事実を隠したまま、スパイ行為をしたオデットの選択だけだった。

「その事実を知る人が増えるのが、怖かったのです」

潤んだ眼差しを向けていたオデットが、頭を垂れた。

「ごめんなさい」

「まさか、僕がそれしきの事一つも防げないと思ったのか?」

バスティアンは乾いた笑いをくすくす漏らしながら、オデットの顎を掴んだ。
力いっぱい引き上げて視線を合わせると、オデットはか細い呻き声を漏らした。

「それとも、僕は眼中になかったのか?」

首をひねるオデットを抑えつけたバスティアンは、
手を下ろして細い首筋を握りしめた。

「バレようがバレまいが、どうせ自分の思い通りになると思ったんだろう。そうだろ?」

「バスティアン!お願い……」

オデットの瞳いっぱいに、狼狽した恐怖の光が浮かんだ。

母さんの息子

——女に狂ってスパイも見抜けなかった馬鹿野郎のくせに。

フランツが口にしたあの言葉は、的を射ていた。

今思えば、あまりにもお粗末な手口だったのに、あんな策略に振り回された。

さらに滑稽なのは、もしテオドラ・クラウヴィッツが盗んだ書類を突きつけてこなければ、
決してこの女を疑うことはなかっただろうということだ。

実際、今朝の電話で、トーマス・ミュラーははっきりと言った。
ジェフ・クラウヴィッツ側が急に身を潜め始めたと。

もしかしたら情報が漏れたのかもしれないと気づいた瞬間にも、
オデットを思い出すことはなかった。
最も近くで、最も怪しい真似をしたことが明らかな相手なのに。

最後の最後まで、この女を信じただろう。
目を覆い、耳を塞いだまま。盲目的に。

知りながらも知ろうとしなかったのだろう。

──僕が君を……君を愛しているから

バスティアンは、ふっと虚ろな笑みを浮かべながらオデットを放した。
赤い手形がくっきりと残った首を覆った彼女は、
崩れるようにその場に座り込んだ。

しゃくり上げるような途切れ途切れの息遣いの間から、
長い歳月忘れ去っていた母の記憶が蘇った。

母の美しい目は、いつも赤くただれていた。
自分を裏切った夫のために流した涙が乾く日がなかったためだ。

父を信じ、一途に愛し続けた。
そして、結局その愛が母を殺した。

バスティアンは、愛する価値のない相手への愛で自らを破滅させた母の人生を、
いくらか軽蔑さえしていたようにすら思う。

だが結局、僕は母さんの息子だったのだな。

苦しげに顔を上げたオデットと向き合った瞬間、
バスティアンは、それほどまでに痛ましい真実を悟った。

愛する価値のない女を愛した。
母さんのように。
僕を裏切った女を信じた。

結局、母さんのように。

最後の懇願

「代償は必ず払います」

よろめきながら立ち上がったオデットが、袖を掴んだ。

「刑務所に行けとおっしゃるなら行きます。他の罰を与えたいとお考えなら、それも受け入れます。ですから、私たちが契約した期間だけ待ってください。そうすればティラも卒業して成人になりますから、お願いです、せめてそれまで……」

「卒業?」

バスティアンは、汚いものを振り払うように、
袖を掴んだオデットの手を払いのけた。

「目を覚ましてください、レディ・オデット。
あなたが与えた損害がどれほどか分かっているのか?」
「その金と歳月を無駄にしたのに、僕があなたの家の尻ぬぐいをしてやると思いますか?」

オデットはどうしても再び手を伸ばすことができず、
ぼんやりと目だけを瞬かせた。

──僕は一体、あなたの何なのだろうか。

時々、心に浮かんだその愚かな疑問に対する答えを、
バスティアンは今、知ったような気がした。

何でもない。
最初から今までも。

そしてこれからも永遠に。

🌹管理人メモ
バスティアンを追い詰めたのは、テオドラの陰謀でも、盗まれた書類でもなかったのかもしれません。
ローザンヌへ
向かう列車の中で、彼は初めてオデットとの未来を信じました。
——指輪を渡し、本当の夫婦になり、残りの人生を共に歩く未来を。
だから失った痛みもまた大きかった。
90話でバスティアンが突きつけられたのは裏切りだけではありません。
「結局、自分も母と同じだった」という痛ましい真実と向き合う結果になったことでした。

愛を信じた結果、
愛に裏切られたのだと。

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※本記事は作品内容の分析・評論を目的としたものであり、原作の翻訳全文を掲載するものではありません。