🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
「あなたを傷つける」という通告であり、
「私を傷つけても構わない」という許可でもあった。
底を打ちにいった二人の間で、
オデットが最後まで求め続けたのは快楽ではなく、彼の眼差しだった。
——私を見て。
冷たく目を逸らし続けた男が、ついに折れて向き合ったその瞳に、
軽蔑も憎悪も憐憫もなかった。
ただ、夏の夕暮れのように涼しく、柔らかかった。
自分を求めるこの男の目に、今の自分がどう映っているのか。
そして、かつて自分は彼にとって何だったのか。
——憐れみと憎悪以前に存在した、あの感情の名前は何だったのだろう。
通告であり、許可でもあった
激しく閉められた扉が、反動で再び開いた。
手を伸ばしたオデットの指は届かず、大股で寝室を横切った男は、あっという間にベッドへたどりついた。
ベッドに倒れ込む二つの体。舞い上がった埃が、午後の日差しに染み込んでいく。
非現実的な光景を見つめていた視界が、やがてバスティアンで満たされた。
飢えた獣のような渇望に、本能的な恐怖が息を詰まらせる。
——後悔することになるだろう。
オデットは理性の警告をはっきり聞いた。しかしどうでもいいと思えた。どうせ数多の過ちと後悔で汚れた関係なのだから。もう一つ増えたところで、何も変わらない。
だから、間違った選択だとしても構わなかった。
諦めが与えた自由の中で、オデットは両腕を伸ばした。力いっぱいバスティアンを抱きしめ、口づけを交わした。
——それは「あなたを傷つける」という通告だった。そして「私を傷つけても構わない」という許可でもあった。
少しの間止まっていたバスティアンは、やがて堰を切ったようにオデットを抱きしめ、激しく唇を重ねた。
絡み合う息は、どちらのものか分からない。
臨界点を越えた欲望は、一気に熱を増していった。
押し寄せる見知らぬ感覚に翻弄されながら、オデットは彼にしがみついた。
髪に差し入れた指に力を込めるほど、バスティアンの息遣いも荒くなっていく。
やがて唇を離した彼が身を起こし、濡れたシャツを脱ぎ捨てる。
オデットのブラウスも、そのあとを追うように取り払われた。
恥じらう暇さえ与えないほど、再び激しい口づけが降り注ぐ。
オデットはその勢いに圧倒されながらも、逃げようとはしなかった。
触れる唇と手を受け入れ、ただ彼の肩にしがみつく。
熱を帯びた息と、抑えきれない声。
一枚、また一枚と二人を隔てていたものが失われていく。
そして、もう互いを遮るものがほとんどなくなった頃。
オデットは熱に潤んだ目を開き、バスティアンを見つめた。
何もない
陽に染まった傷だらけの体は、荘厳な廃墟のようだった。
裂けて抉られた傷に満ちていても、力強く、美しい。
——ならば、あなたの目に映る私はどうなのだろうか?
獣のように体を重ねていた頃には、必死に思い起こさぬようにしていた疑問だった。
復讐の手段である子を得るためだけの行為で、一瞥すら耐えられぬほど憎らしい存在だと分かっていたから。
それでも、彼の眼差しを追う瞬間があった。
無視されて傷つきながらも、止められなかった。
——その瞳の中に何を探しているのかも分からないまま。
まるで、今のように。
そんなオデットの眼差しを受けながら、バスティアンの耳にテオドラの声が蘇る。
——『一匹の犬の温もり。愛する女。その女と築く家庭と子ども』
切望し、そして永遠に失ったもの。
——『でもバスティアン、お前は何を手に入れたの?』
もしかしたら、この世で自分を一番よく知っている人間は、あの女だったのかもしれない。
だからこそ、最も完璧に自分を壊すことができたのだろう。
——何もない。
最後の果てで見つけた答えだった。
せめて最後くらいは、立派な男でいたかった。
その望みさえ水の泡になった。
残ったのは、こんなにも哀れになった僕と、こんな僕のせいで哀れになる君だけだ。
バスティアンは顔を窓に向け、日差しが降り注ぐ窓を見つめた。歯の間から漏れる熱い息が、さらに濃くなった自嘲とともに流れ出た。
こんな瞬間にもどうすることもできない欲望がうんざりするほど嫌だった。いっそ、さっさと奈落に落ちてしまえばいい。止められないのなら、最後まで取るに足らない破廉恥な男として残る方がましだろう。
「バスティアン」
——僕の美しい魔女が歌う。
バスティアンは激しいキスを浴びせ、力強く握った足を広げた。
開いた窓の向こう
カーテンを揺らす風に乗って、子どもたちの走り回る声が届いた。
オデットはそこで初めて、窓が開いていることに気づいた。
熱に浮かされて忘れていた世間の音が、一斉に押し寄せた。
通行人の会話と笑い声、小枝の鳥の歌。その合間に染み込んでいく自分の声への羞恥に、目の前が遠のいた頃、彼が届く最も深いところまで入ってきた。
オデットは悲鳴のような呻き声を抑え込みながらもがき苦しんだ。
それと同時に、隙間なくかみ合った体が揺れ始めた。きつく満たされ、荒々しく突き上げるたびに、古いベッドが壊れそうなほどきしんだ。
オデットは、恍惚とした幻滅の中で、乱暴な光を抱きしめた。
めまいがした。正気を保つことができなかった。
与えられない眼差し
「バスティアン」
火照った喘ぎ声の間にその名前が染み込んでいった。
オデットは汗で濡れたバスティアンの背を抱きしめていた手を下ろし、顔を覆った。
かろうじて視線を引き寄せたが、結局は触れることができなかった。
快楽に酔った顔とは裏腹に、虚空を見つめる目は冷ややかに沈んでいた。
乱れた息を吐き出すたびに、血管が浮き出た喉仏が荒々しく上下した。
「バスティアン、私を、愛……」
懇願は最後まで言い切れなかった。
大きく開かれた足を掴んみ、バスティアンが再び腰を激しく突き上げ始めた。
最も深く入り込むたびに、濡れた肌がぶつかる音が響き渡った。
オデットは押し寄せる感覚に飲み込まれながら、途方もない羞恥と快楽の間で道を見失った。
突き放しながらしがみつき、愛撫しながら引っ掻いた。
そのすべての矛盾した要求に素直に応じながらも、バスティアンは最後まで、眼差しだけは与えなかった。
冷酷に目を背ける瞬間がくるほど、かえって熱烈になる欲望が、オデットを混乱させた。
まるで腐った肉塊に成り下がったかのような自己嫌悪を抱かせた、あの屈辱と悲しみの夜々のように。
晩鐘が、かすかに聞こえてきた。傾いた日差しがベッドに降り注ぎ、金色に染まる。
カーテンの隙間から差し込んだ傾いた日差しが、ベッドの上に降り注いだ。
金色に染まった二つの裸が一つに絡み合い、お互いを貪っていた。
「……嫌いです」
顔に口づけながら、泣きそうな声が囁いた。
無意識に視線を下ろしたバスティアンは、しっとり濡れた青緑色の瞳と向き合って、ようやく自分の過ちに気づいた。
「そんなことしないで。嫌よ」
目を逸らそうとする顔を、両手がしっかりと包む。
まっすぐな眼差し。
その意味に気づいた男の唇から、ため息混じりの自嘲が漏れた。
「私を見て」
バスティアンは、両腕でしっかりとからめ取ったオデットを抱き上げた。
乱れた髪から抜き取ったピンを投げ捨てたバスティアンは、壊すかのようにオデット抱きしめ、腰を突き上げ始めた。
うねる波のように流れ落ちた髪が、痙攣する白い背中を覆った。
揺さぶられながらも、オデットは彼の視線を追い続けた。
圧倒的な力の差が与える無力感も、そのしつこい執念を挫けなかった。
やがて向き合った冷たい青が与えた快楽は、まもなく怒りに変わった。
後頭部を掴んで押さえつけられても、彼女はなりふり構わず彼を叩いたり、突き飛ばしたりしながら体をよじった。
「お願い、バスティアン、お願い……」
泣き声混じりの懇願が、彼を止めた。諦めることを知らない女をじっと見つめていたバスティアンは、結局、諦めたように笑ってしまった
腕の力を抜いてやると、待っていたように襲いかかってくる。肩や胸を叩く拳には、かなりの力がこもっていた。彼を睨む顔にも、真剣な怒気が宿っていた。
その圧制に屈服したバスティアンは、倒れ込むようにベッドへ横たわった。
狩りに成功した捕食者のような勢いで、オデットが彼の上に乗り上げた。
「私を……見て」
オデットは込み上げてきた涙を飲み込みながら、恨みがましい声で懇願した。
バスティアンは、じっと閉じていた目を開けた。
砂漠の蜃気楼
赤く染まった目頭に包まれた大きな瞳は、溜まった涙で透明に膨らんでいた。
自分の底を映し出す鏡のような目が嫌だったが、これ以上逃げる道はないように思えた。
薄れていく光の中で、静かな凝視が続く。
自分をいっぱいに映す深く青い瞳を、オデットはひたすら見つめた。
穏やかな水面のようなその眼差しのどこにも、軽蔑や憎悪の痕跡は残っていなかった。
憐れみや同情も、見つけ出すのは難しかった。
——ただ、夏の夕暮れのように涼しく、柔らかだった。
まさにこの眼差しを探したかったのだと、オデットは今になって分かった気がした。
自分を渇かせていた、砂漠の蜃気楼。
過ぎ去った日々の、美しい虚像。
憐れみと憎悪以前に存在した、あの感情の名前は何だったのだろうか?
「契約関係にすぎない」と明確に規定していたのに、それでも時々、こんな眼差しが向けられる瞬間があった。
一体なぜ——希望であり絶望でもあった疑問。
——まるで、本心のように。
慰める術のない悲しみと、卑しい喜び。
遠い羞恥心と、満たされない欲望。
一つに固まった激情が、オデットを目覚めさせた。
自分がしてしまったことを悟ると、赤い顔がさらに熱く火照った。
「もう嫌そうには見えないが」
離れようとする腰を抱きしめた男が、音楽のような低い笑い声を漏らした。
「続けてもよろしいですか、従姉さん?」
「そう呼ばないでください」
「では、マリー・ヴェラーさん?」
歓喜に満ちた敗北
「……オデット」
濁った息とともに吐き出された名前と、深くなった青い目が、オデットをさらに途方に暮れさせた。
「私にはよく分かりません。……どうすればいいんですか?」
耳たぶやうなじまで赤くして、真面目な学生のような質問を投げかける女を、バスティアンはぼんやりと見つめ、やがて声を出して笑った。汗で濡れた額を撫でながら。
——この瞬間の記憶は、永遠に癒えない傷として残ると分かっている。
だが、喜んでその苦痛を受け入れることにした。
毎朝目覚めるたびに敗北する人生が続いても構わなかった。
バスティアンは、この愛の勝利者になりたくなかった。
テオドラが知らなかった、
もしかしたら彼自身も知らなかった、最も真実の心だった。
優雅なダンスを踊るように揺れる女は、ひどくわいせつで、そして美しかった。
壊れそうに軋むベッドと崩れそうな床板の音が、絶頂へ向かう声と入り混じる。
——美しく歌う魔女から、バスティアンは一瞬たりとも目を離さなかった。
航路を失った難破船は、座礁した。魔女の海の深くに沈むことを、彼は選んだ。
それは、歓喜に満ちた敗北だった。