🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
子どもたちの笑い声が満たす一日は、
二人が永遠に失ったものの形を、残酷なほど正確に映し出す。
——こんな日常を送ることができたかもしれない。
善意で家を直す男に、オデットが叫んだのは「施しはやめて」だった。
同情されるくらいなら、いっそ欲望してほしい。
その醜い本心を認めた瞬間、彼女は自分から底へ向かって歩き出す。
最後の最後まで行くと言ったのは、彼のほうだった。
がおー
三人の子どもが現れると、家はたちまち騒がしくなった。年子の兄弟は子馬のように家中を駆け回り、一時間と経たずに植木鉢がひとつ砕け、廊下は泥だらけになる。
だが何より困ったのは、バスティアンを見るだけで泣きわめく末っ子だった。
「がおー。」
「いやー!」
紅葉のような手で彼を指し、切羽詰まった声を上げる子ども。
「あなたをライオンみたいに思って、怖がっているんです」
クスクス笑いながら子どもを抱き直したオデットが、窓の向こうの小川を目配せで指した。
「一緒にボールを蹴るなり、水遊びをするなり、外に出て遊んであげれば、おとなしくなると思います。——さあ、バスティアン」
きらめく水面の悲しみ
眠った末っ子をソファに寝かせ、窓から外を窺う。
小川の土手で、バスティアンが二人の兄弟とボールを蹴っていた。
末っ子とは違い、兄たちは彼によく懐き、嬉しそうにふざけ、甘えている。
気兼ねなく子どもと遊ぶ姿。
あの男から見られるとは思わなかった一面だった。
弟の蹴ったボールが水に落ちると、彼はためらわずズボンをまくって小川へ入っていく。
子どもたちがぞろぞろ続き、期せずして水遊びが始まった。
全身ずぶ濡れになっても嫌な顔ひとつせず、調子を合わせながら巧みに秩序を保っていた。
歓声を見つめる顔に、水面のきらめきに似た微笑みが浮かんでいた。
——爽やかな夏の日差しのように笑うバスティアンから、オデットはなかなか目を離せなかった。
きらめく景色に目が眩み始めた頃、揺れる水面のような悲しみの正体に気づいた。
——こんな日常を送ることができたかもしれない。
あなたと私が、それほどまでに愚かではなかったなら。
世の中が、それほどまでに冷酷ではなかったなら。
幸運の女神が、たった一度だけでも微笑んでくれたなら。
もしも——
ひょっとしたら——。
夏とともにこの世に来るはずだった子どもは、永遠の冬の中に眠ってしまったのに。
何を失ったのかを痛切に悟らせる光景は、残酷なまでに美しい。
耐えられずに踵を返した瞬間、目を覚ました子どもが泣いた。
「ママァ!」
その名前に、再び心が崩れ落ちた。
——こんな光景を見せつけられるくらいなら、いっそ気まずい沈黙の中で、バスティアンと二人きりで互いを耐え忍んでいたほうがましだった。
そんな後悔がよぎる。
だが、もう引き返す道はない。
これまで繰り返してきた、数えきれないほどの愚かな選択の数々がそうだったように。
無理に感情を落ち着かせたオデットは、カーテンを閉めて振り返った。
一輪、また一輪
昼食前、疲れた兄弟を両腕に抱えて戻ったバスティアンは、末っ子を抱いたまま眠るオデットを見つけた。夜中に眠れなかったのだろうから、さぞ疲れているはずだ。
音を立てずに二階へ上がり、自分のマットレスに子どもたちを寝かせる。
降りてくると、目を覚ました末っ子と目が合った。
今にも泣き出しそうな顔を見つめていたバスティアンは、急いでテーブルの上の人形を掴んで差し出した。
子どもが初めて彼に笑いかけた時、オデットが目を覚ました。
腕に抱いた子どもを見つめるオデットの目には、優しい温もりが宿っていた。
——オデットはきっと、良い母親になっただろう。
ふと浮かんだ虚しい考えに、乾いた苦笑いがこぼれる。
「食事の準備をしないといけないのですが、この子を少し見ていてもらえませんか?」
「俺が、この子を?」
「見てください。笑っていますよ」
子どもが笑うと、オデットも笑った。断る術のない頼みだった。
子どもの世話の仕方を教えたオデットは、急いで台所へ向かった。
バスティアンは、困惑した眼差しで腕に抱かれた子どもを見下ろした。
二人きりになると、子どもの表情が変わった。あれこれおもちゃを差し出してみたが、無駄だった。
考え込んだバスティアンは、教わった通りに子どもを抱き、台所へ行った。
オデットは、食事を作るのに忙しく動き回っていたが、忙しい中でも、泣きそうになっている子どもに向かって、笑顔で手を振った。
おかげで機嫌がよくなった子どもは、再びにこにこしながら、聞き取りにくい言葉を話し始めた。
「おはな!」
正確に花壇を指す仕草が、なかなか達者だった。
フッと笑って一輪摘み、握らせてやると、子どもは世界を手に入れたように喜んだ。
一輪。また一輪。摘むたびに、笑顔が明るくなっていく。
色とりどりの花を片手いっぱいに抱えた子どもを見つめる眼差しが、深くなった。
——花が咲く季節を知らないまま去った娘。自分の手で埋めた、最初で最後になるであろう子どもの記憶が、その愛らしい顔の上に蘇る。
強く閉じた目を開けると、澄んだ瞳がこちらを見ていた。
子どもがそっと手を伸ばし、彼の頬を撫でた。
「お食事にいらしてください!」
甘い風に乗ったオデットの声。顔色を整えて振り返る。
——永遠の別れを前に、完璧な幸せを真似た今日という日を、きっと長く記憶することになるだろう。
祝福のように、あるいは呪いのように。
ハンマーの音
子どもたちを家の前まで見送る。バスティアンも一緒だった。
「バイバイ!」
母親に抱かれた末っ子は、あれほど怖がっていたバスティアンに向かって、優しく手を振った。
やがて子どもたちが去り、家に静けさが戻る。
「お茶でもいかがですか?」
落ち着いた声に、オデットは赤くなった目を上げた。
彼の選択を理解し、尊重する。
それは自分が切に願った結末でもあった。なのに、なぜこれほど心が空っぽになるのか、到底理解できない。
「疲れたので、少し横になります」
寝室で横になっても、神経は尖っていくばかりだった。
諦めて身を起こした時、ドンドンと騒々しい音が聞こえ始めた。
窓の下では、バスティアンが屋外用のテーブルと椅子を直していた。
レースやクッションで巧みに隠していたのに、古くて状態が良くないことに彼は気づいていたのだ。
善意だと分かっている。ありがたく受け取ればいいことも。
それなのに、ハンマーが打ち下ろされるたび、ひび割れた胸がバリバリと裂けていく。
そうして壊れた心の奥底で、オデットは必死に隠してきた醜い本心を見た。
——好き嫌いにかかわらず、バスティアン・クラウヴィッツは人生で初めての男だった。
すべての「初めて」が、彼だった。別れたからといって消せるものではない。
だから、傷で汚れた初めてを、もっともらしい嘘で塗り固めたかったのだろう。
薄っぺらい自己欺瞞でも構わなかった。
復讐の手段である子どもを得るために利用され、用が済んだらただ哀れなだけの女として残されるよりは、ましだったから。
——同情するくらいなら、いっそ欲望してほしい。
昨晩があれほど屈辱的だった理由を、オデットは諦めたように認めた。
破裂したポンプ
気づけば裏庭にいた。
修理を終えた男は、今度は固くなったポンプのハンドルを手入れしていた。
「もうやめてください。あなたの痕跡が残るのは嫌なんです。少しもありがたいと思いませんから」
「従姉さんの感謝など、最初から望んでいません」
何でもないように答え、再びネジを締める手。最後の忍耐が尽きたオデットが、乱暴にその腕を掴んだ。
「あなたこそ、無駄なことしないで!」
「駄々をこねないでください!」
「私がそんなに哀れなら、お金をください!全部新しいものに取り替えればいいんだから!」
鬱憤をぶちまけたのと同時に、ポンプが破裂した。
空高く舞い上がった水しぶきが、向かい合う二人の頭上に降り注いだ。
本当の「哀れ」
びしょ濡れのまま息を弾ませていたオデットは、逃げるように台所へ向かう。バスティアンは、乱暴な足取りで家の中に入ってきた。
調理台にもたれたまま、彼女は睨みつけた。
「施しはやめてください。……このくらいで十分でしょう」
赤くなった目。震える声。
「これ以上、私を哀れにさせないでください」
「施しだと?」
熱くなった唇を舐め、バスティアンは失笑した。
——飢えた物乞いに施しを与えるように振る舞っているのが、一体誰だというのか。
見当違いを言うオデットが滑稽だった。だが、それよりもっと滑稽なのは、こんな瞬間にも五感のすべてがこの女に向いている自分だった。
湿気でさらに濃くなった甘い匂い。
濡れたブラウスの下に浮き彫りになった線を見ただけで、昨晩の記憶が蘇り、息が詰まる。
——どんな思いで、俺が君を守ってきたと。
どうあっても自分をどん底に突き落とすオデットが恨めしく、それでも愛らしかった。傷ついた心をどうにもできず、無意味な八つ当たりでもしなければならない狂おしい気持ちを、バスティアンは直感的に理解した。
今の自分もまた、同じ気持ちだったからだ。
「従姉さんは何か勘違いしていると思いますが」
二人の距離は、もはや息遣いが届くほどに縮まっていた。
「本当の『哀れ』が何か、教えてあげましょうか?」
嘲るような口ぶりでも、眼差しはそれほど冷酷ではなかった。
最後の最後まで
オデットはこみ上げる涙を飲み込み、勢いよくバスティアンにしがみついた。
触れ合った唇から、熱い息が流れ込む。
荒々しく応じる腕に身体をさらわれ、オデットは彼に抱き上げられた。
バスティアンはそのまま廊下を抜け、階段を上っていく。
古い階段が壊れそうにきしむ音と、互いの息を奪う音が入り混じった。
蔓のように彼へしがみつきながら、オデットは目を閉じた。
「最後の最後まで行ってみせる」と、バスティアンは言った。
ならば、オデットも共にその終わりに立ちたかった。
完全に底を打ってこそ、初めて再び立ち上がることができるだろうから。
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