泥の中の愛51|159話 カーテンコール ─ 幕を下ろす女と、目を閉じた男

バスティアン{泥の中の愛51|159話 カーテンコール ─ 幕を下ろす女と、目を閉じた男 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

最後の夜が来た。

何も知らない女を演じるオデットと、
何も知らない男を演じるバスティアン。

互いの嘘を知らないふりをしたまま、
最後の晩餐が始まる。

最後の舞台のための支度

「ご主人様は今日も早くお帰りになるそうです」

メイド長の報せを受けたオデットは、編みかけのレースを片付けた。

一日中つきっきりだったはずの編み物は、図案とはまるで違うものになっていた。
目は落ち、糸は絡まり、もう手のつけようがない。

「気分が優れないとお伝えしましょうか?」

メイド長の気遣いを、オデットは静かに退けた。

「いいえ。その必要はありません」

糸を切り、失敗作のレースを未練なく処分した。

バスティアンが早く帰宅し、夫婦で晩餐を囲むようになって、もう一週間近くになる。
毎晩、二人きりの食卓には過剰なほど豪華な料理が並べられた。

だが、それも今日で終わる。

どうせ今日が過ぎれば、幕を閉じる芝居だ。
もう一度、舞台に立てない理由はなかった。

明日の今頃には、遠い旅の途上にいる。

一日に何百回も揺らぐ心を引き締めながら、ここまで来た。
今さら退けば、この墓のような平穏に永遠に安住することになる。

空っぽの人生を、何で満たせばいいのか。
その答えは、まだ見つからない。

それでも、一つだけは確かだった。

——その場所を、悲しみと苦痛に明け渡したくはない。

ベッドの上には、選び抜かれた三着のドレスが花のように広げられていた。

オデットはメイドの助言を聞きながら、
青いシルクのドレスとダイヤモンドのネックレスを選んだ。

夫との晩餐が始まって以来、初めて見せた能動的な行動だった。

鏡の中の役柄

入浴、化粧、髪結い。

いくつもの手に身を委ねているうちに、いつしか日が暮れようとしていた。

櫛の歯が髪の間を通る音を聞きながら、オデットは鏡の中の自分を見つめた。
美しく整えられるほど、その姿は見知らぬ女へと変わっていく。

——惨めに踏みにじられても、期待と未練を捨てられない愚かな女。

それが、今夜の役柄だった。
演じるのは簡単だ。
この三年間を、もう一度生きればいい。

だからこそ、彼の目を欺けているのかもしれない。

最近のバスティアンは、春が訪れるアルデンの海のようだった。

涼やかで、穏やかで。
深く、静かだった。

近づきもせず、退きもせず。
ただ風景のように、そこに留まっている。

騙されていると気づいていたなら、あり得ない態度だ。
二度も彼を裏切り、その代償を払ったオデットには、誰よりよく分かっていた。

では、この突然の変化は何なのだろう。

疑問は一瞬よぎったが、深くは考えなかった。
疑われていないのなら、それで十分だった。

「ご主人様がお戻りになりました」

窓の向こう、金色のスポークを持つクリーム色の自動車が進入路を走ってくる。

オデットは鏡の前で最後の仕上げをした。
おくれ毛を整え、髪飾りの角度を少し変える。

そして息を整えると、踊るような足取りで迎えに出た。

最後の夜が来る。

——今、カーテンコールが始まる。

偽りを演じるとき、最も美しく輝く女

晩餐は、いつもより早く始まった。

妻の椅子を引いたバスティアンは、テーブルを回って向かいの席に着いた。
まだ食事の準備が整っていないことを詫びる執事に、彼は快く笑った。

「食事の時間を守らなかった責任は私にあるのだから、ゆっくりとやってくれ」

「はい。食事は決められた時間に用意してください」

オデットも穏やかに言葉を添えた。

執事が下がると、晩餐室に静寂が戻った。
花とキャンドルを挟んで、二人の視線が交わる。

バスティアンの眼差しを超然と受け止めたオデットの顔に、
バラ色の夕焼けに似た微笑みが浮かんだ。

——偽りを演じるときに、最も美しく輝く女だ。

その事実がもたらす虚しさとともに、バスティアンはシャンパンを飲み込んだ。

トリエ伯爵夫人がドーラを抱き込み、何を企てているのか。
オデットもまた、その計画に加わっていることも。

すべて分かっていた。

尻尾は掴んだのだから、
切り捨てればそれで終わりだった。

あの日、
海軍省を出るまでは、バスティアンもそのつもりだった。

だが、執務室で確認した一通の報告書がすべてを変えた。

テオドラ・クラウヴィッツは、
夫の隠し財産を回収する計画を進める一方、海外逃亡の準備をしていた。

——船のチケットは、ただ一人分だけ。

最後の血の代価を受け取る日は近い。

すべてはバスティアンが意図した通りに動き、定められた結末へ向かっていた。
その余波から、君をどうやって守ればいいのだろうか。

書類を閉じながら自問した、その答えがすべてを変えた。

目を閉じるという選択

「いつまで皇帝の命令に背くつもりなのですか?」

完璧な礼装を身につけたバスティアンを見つめながら、
オデットが溜息のように問うた。

彼は一瞥をくれただけで、黙々と食事を続けた。その頑なさだけで、答えは十分だった。

「苦労して手に入れたものじゃないですか」

オデットの視線が豪華な晩餐室を巡り、英雄の名誉を象徴する勲章の上で止まった。

深淵から抜け出して、ようやく現実が見えるようになった。
互いのせいで何を失ったのか。
そして、これから何を失っていくのか。

それでも、まだ手遅れではない。

社交界から排斥されても、バスティアンの地位は堅固だった。
この結婚をきちんと整理すれば、失われた名誉も取り戻せる。

——だから、もしかしたら。
良い別れをすることも、できるのではないか。

「先にアルデンヌを離れたらどうですか?」

思いがけない言葉に、オデットはかろうじて戸惑いを隠した。

「何かあったのですか?」

「いや」

バスティアンは静かにカトラリーを置いた。

ためらい、迷う眼差し。
あまりにも滑らかすぎて、かえって不自然な微笑み。

ひびの入った仮面の隙間から、本心の断片が覗いていた。
全世界をあっさり騙してみせた名優とは思えないほど、オデットの芝居は不器用だった。

だからバスティアンは、彼女より優れた俳優にならなければならなかった。

自分を欺こうとする女を欺き、
その果てに、自分自身まで欺けるように。

「ローザンヌでも、別の別荘がある場所でも、どうしても耐えられないなら、先に行っていても構わない。残りの仕事を片付けたら、僕もすぐに追いかけるから」

空のグラスに酒を注ぐ音が、低く穏やかな声と混じり合った。

——オデットを守るためなら、どんなことでもできる。

だが、結局何も守れなかった惨めな敗北が、その限界も教えていた。

同じ過ちを繰り返せば、今度こそ永遠にこの女を失う。
そう気づいた瞬間、バスティアンは探偵への任務を変更した。

——調査の終了。

ケラーの制止にも、決定を覆さなかった。

自ら手放すことはできない。
すべてを知った上で行かせる自信もない。

ならば、むしろ目を閉じることを選ぶ。

再び出発点に立てる日が来るまで。
欺かれることで、オデットを守れるように。

それでも愚かな心は、まだ最悪を避ける道を探していた。

——このまま君を連れて、遠くへ逃げられたなら。

僕は君の夫で、
君が僕の妻でさえあれば十分な、二人だけの世界へ。

そこでなら、いつか謝罪と、許しと、愛を語れる日が来るかもしれない。

——だからオデット。
君の心も、僕と同じでさえあれば。

「……そうします」

そのみじめな期待が滑稽になった刹那、オデットは頷いた。
燭台の光に染まった瞳は澄み、唇は柔らかな弧を描いていた。

本来の力量を取り戻した妻を見つめるバスティアンの唇に、自嘲の笑みが浮かぶ。

これほど愛らしく振る舞うということは、
とうとう自分を奈落の底へ突き落とすつもりなのだろう。

——だが、もしかしたら明日は、何かが変わるかもしれない。

捨てきれない未練が、理性を曇らせる。

恍惚とした幻滅に満ちたバスティアンの眼差しは、
嘘のような微笑みと、真実のような眼差しが共存する美しい顔の上に、いつまでも留まっていた。

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