🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
ナイフは、一瞬で奪われた。
冷たい道路に転がされたフランツは、それでも笑っていた。
どん底まで、あの男を引きずり下ろす力だけは、まだ残っていたから。
対等になった瞬間
反撃されたと気づいた時には、フランツはすでに道路の上だった。
どうせ勝てない相手だ。
奇襲で致命傷くらいはと思ったが、このザマだ。
やはり出来損ないの代用品らしい――夜空を仰いだまま、彼は発作的に笑った。
オデットの銃が車窓を砕いた瞬間に悟っていた。
フランツ・クラウヴィッツの人生は、もう終わったのだと。
いや、本当はずっと前から知っていた。
異母兄の影の中で生きると予感した幼い日から。
もう一人のバスティアンとして生まれられなかった、その瞬間から。
――お前は母親の付属品にすぎなかった、だが僕に牙を剥くなら話は別だ。
静かに見下ろすバスティアンは、初めて猛烈な怒りを露わにしていた。
恐怖とともに、快感がこみ上げる。
死刑宣告同然の人生に、彼はもううんざりしていた。
終わらせてくれるなら、この男が執行人でも悪くない。
その時、フランツは生まれて初めて、兄と対等になった気がした。
野良犬の記憶
「本当に愛しているのか? 裏切り者を愛するという悪趣味でもあるのか? あの犬もそうだったじゃないか」
――幼い日、乗馬の練習を避けて隠れた森で、フランツは見た。
狼のように大きな野良犬に餌をやる少年を。
犬は食べ終えると木の下の少年に寄り、膝を枕に寝転んだ。
その頭を撫でる手つきは、花咲く森を吹く風のように優しかった。
兵隊人形のようだった兄が、初めて普通の少年に見えた瞬間だった。
不思議だったフランツは、そのまま母に話した。
数日後、犬は死んだ。
薬入りの肉を食べて狂い、狩りの授業中のバスティアンに噛みついたのだ。
――そうして、バスティアンは自分の手で、その犬を撃ち殺した。
まもなく、家の後継者が変わった。
「肉片一つに目がくらんでお前に噛みついた犬を愛し、
妹を守ろうとお前の背中にナイフを突き立てた女を愛す。
涙が出るような愛だ」
あの日の母のように笑い、フランツは最後の餌を投げた。
「あとは殺すだけか? それがお前の愛し方だろう? 違うか?」
同時に、拳が飛んだ。
劣勢なのは、どちらか
一方的な暴行の最中にも、フランツは幸せそうだった。
その笑顔と目が合った瞬間、オデットは直感する。
何かがおかしい。
従者たちが総がかりでも止められない。
外科医のように冷静な態度が、バスティアンをいっそう残酷に見せている。
見物人の目にも、そう映っているだろう。
このままではフランツは望みどおり死に、破滅するのは――。
そこまで考えて、彼女は気づいた。
今、劣勢に立たされているのは、むしろバスティアンの方だ。
腹の子を案じるドーラの制止を振り払い、頭より先に体が動いた。
気づけば、彼の背中にしがみついていた。
「やめてください、バスティアン! このままじゃあなたが危ないわ」
背中に伝わる体温が、冷たい炎に侵食された理性を呼び覚ましていく。
怯えて震えながらも、オデットは退かなかった。
「子どもを守らなければならないでしょう? あなたの目的である子どもを。
だから、私を助けてください。バスティアン、お願い。」
――子ども。
その口実に、自嘲が漏れた。
彼女の目に映る自分――子どもを奪い、復讐を果たす一念だけの怪物。
否定する術がないことが、彼をいっそう惨めにした。
弱点
フランツの意図を知りながら、それでも巻き込まれた。
理性を失わせ、自分を見失わせた狂気の正体を、バスティアンは知っていた。
サンドリンがあの絵を差し出した瞬間、胸をよぎったあの殺意も、同じ狂気だった。
弱点は、いつか必ず攻撃の的になる。
サンドリンとフランツが武器にし、急所を突いた致命的な弱点。
当の本人だけが気づいていない、
その弱点の名――オデット。
オデットを見つめる眼差しは、深淵のように沈んでいた。
駆けつけたテオドラが息子に取りすがり、フランツは母の手を振り払って叫ぶ。
「続けてくれ、殺してくれ、僕を殺せ――。」
額を道路に打ちつける弟と、泣き崩れる義母。
彼らを通り過ぎたバスティアンの視線が、再びオデットへと向かった。
彼女の澄んだ瞳の奥で、バスティアンは見た。
――父の顔で、父が作り上げた地獄の底で、あれほど嫌悪した父の人生をそっくり踏襲している、醜い怪物を。
すべての騒音が消え、視界が暗転した。
唯一の美しいもの
闇に閉じ込められ、乱れた呼吸を繰り返す。
まるで、眠ったまま深い夜をさまよっていた、あの日々に戻ったようだった。
頬に、そっと触れる手があった。
「バスティアン」
月明かりに似た声が、静寂に染み渡る。
その光にすがって、彼は意識を立て直した。
「もう大丈夫よ」
慎重に頬を包む手に導かれ、彼の視線はオデットへと戻った。
追い立てられた獣のように乱れていた呼吸が、次第に落ち着いていく。
「一緒に帰りましょう」
オデットは笑った。泣きそうな顔で。
光であり、闇のように。
弱点はいつか必ず攻撃の的になる。
自らの手で撃ち殺した野良犬の死が教えてくれたことを、彼は一時も忘れたことがなかった。
だから、手放すべきだと分かっていた。
分かっていながら、指先一つで振り払える女から、結局逃れられなかった。
明確な数字と計算で築いた完璧な世界は、崩れ去った。
バスティアンは、その廃墟に残された唯一の美しいもの――オデットを、力いっぱい抱きしめた。
絶望的な、救済だった。
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