カッセル・エスカランテ人物考察② カッセルが本当に欲しかったもの|だから彼は「愛ではない」と言い続けた

カッセルが本当に欲しかったもの|なぜ彼は「愛ではない」と言い続けたのか キャラ別考察

※ネタバレ注意
本記事には原作2巻の内容が含まれます。

違和感の正体

—— カッセル・エスカランテ

いろいろな女性と浮名を流し、夜遊びを繰り返し、
婚約者であるイネスの心を何度もざわつかせた男。

けれど不思議なことに、わたしはこの作品を読んで、
一度も「この男、本当に女好きなんだな」と思ったことはない。
むしろ、ずっと奇妙な違和感を感じていた。

派手に遊んでいると描かれながら、カッセルは全然楽しそうに見えなかったから。

放蕩しながらも、どこかぎこちない空気がまとわりつき、まるで義務でも果たしているかのような、あるいは「何か」を必死に証明しようとしているかのような、切迫感のようなもの

その違和感の正体が、鮮やかに解けるのが8章「人魚と兵士」です。

「ああ、やっぱりそういうことだったのか」と。

🌹この記事は、彼が単に「実はイネス一筋だった」という甘い恋愛考察ではありません。

カッセルがイネスの放つ「巨大な無関心」という絶望から生き延びるために、
人生をかけて自分に嘘をつき、記憶を書き換え続けてきた、壮大な自己欺瞞の歴史についての話です。

カッセルは何回、自分に嘘をついたのか

「2巻8章|人魚と兵士」を読んで、読者が深く息を呑むのは、「カッセルがいつイネスを愛したのか」ではありません。

「カッセルはこれまで、何回自分に嘘をついて成功してきたのか」が、地層のように暴かれるからです。

原作の時系列を正しく紐解くと、彼の自己欺瞞の防衛線がどれほど巧妙に、
そして必死に塗り替えられてきたかが生々しく浮かび上がってきます。

【第1段階:幼少期】無邪気な傲慢さと、淡い未来

すべての出発点は、最初からイネスだ。
カッセルは6歳の頃からすでに、自分の意志とは関係なくイネスという存在を見つめ、目で追い続けていた。
「僕の人生はそれほど悪くない方向へ流れていくのだろう」
「ひょっとしたら、たまには僕が君を笑わせてやることもできるのではないか」——関心のないフリをしながらも、そんな風にイネスとの未来を心待ちにしていた幼い日があった。

この結婚はどうせうまくいかない 側にいることを唯一許された少年
【第2段階:15〜16歳】突然の拒絶と、人生最大の「間違い」
この結婚はどうせうまくいかない イネスに一目会おうとする16歳のカッセル

ところが、16歳を境にすべてが変わってしまう。
イネスからの連絡が途絶え、会うことすら拒まれるようになる。
かつてないほど無機質で、強固な壁のような無関心。
自尊心を打ち砕かれた少年カッセルは、顔を一目見ようと彼女の邸宅の周りをうろつき、拒絶され続けた。
そうして、怒りであってもいいから彼女の視線を独占したくて、興味もない女の子とイチャつき、最後には意地を張って、初めて女性と一夜を共にするという過ちを犯してしまう。

【第3段階:最初の記憶の書き換え】「愛」の抹殺

初めて女を抱いた翌朝、
カッセルは自分でも思っていなかったほど深い後悔に襲われる。

「君がこれを知ったら怒るだろうか? 首を絞めにくるだろうか? だけど、もし何もしてこなかったら……相変わらず俺を鼻にも引っ掛けないとしたらどうしよう」

その恐怖の果てに、少年は思い知る。——「俺だけが君を好きなんじゃないか?」

「好きだ」という言葉を思い浮かべただけでありとあらゆる鳥肌が立ち、先回りして発作を起こすほど怯えた少年は、ここで初めて、あまりにもずる賢い「記憶の書き換え」を実行する。

「やめてしまえ!俺がたかが君みたいな奴を好きになると思うか」

ほんの一瞬たりとも、そんな恋心はなかったことにして、
カッセルは自分の感情の記憶を強制的に塗り替えた。

【第4段階:17歳〜海軍】本物の夢を「避難所」にした逃亡と、放蕩のアリバイ

その翌年、彼は「敗北した犬のように」士官学校へと行った。
もちろん、将校になるのは幼い頃からの本物の夢であり、軍人としての誇りは本物だ。
けれど同時に、その夢は、イネスの無関心から逃げ出すための、都合の良い「避難所」でもあったのだ。
彼は過酷な環境で体を酷使しながら、自分がしでかしたマヌケな真似を忘れていき、「俺は元々そんなクズ野郎だ」と思い込むことで心を楽にしていった。

彼の放蕩も、感情の処理も、そして本物だった軍人への夢の裏側にさえ、
ひとつの影が落ちていた——「イネスを愛しているという事実から目を逸らすこと」

「愛してほしい」の前に、彼が狂うほど欲しかったもの

この結婚はどうせうまくいかない, イネスを求めるカッセル

ここで、この男の本当にどうしようもない本音が溢れ出す。

—— カッセルが本当に欲しかったもの

それは、最初からイネスの「綺麗な愛」なんかではなかったのかもしれない。
少なくとも、それより先に、喉から手が出るほど欲しいものがあった。

イネスの「視線」だ。
もっと言えば、彼女の「関心」そのもの。

マリア・ノリエガのような美女たちにどれだけ囲まれて攻め立てられようが、
彼の目は、群衆の隙間からイネスだけを追う。

「いつか尾行してくれたらいいのに……。私を疑って、イライラして、責め立ててくれたら……。」(引用:原作2巻)

放置された子供がわざと悪さをして親の気を引こうとするような、
切実で、あまりにもみっともない足掻き。

世界は、カッセルのことを「完璧な容姿」「完璧な軍人」「完璧な身分」、もはや何を持っていないのかすらわからないぐらいの完璧な貴公子として見ている。

けれど、この瞬間のカッセルだけは、ただの「愛情不足で拗ね続けた子ども」にしか見えなくなる。
—— 愛さなくてもいいから、まずは俺を見てくれ、と。

だから、私たちはそのみっともなさに、あまりの愛おしさに、カッセルの全て許してしまう。

ところが、イネスは全く逆の方向へ、
慈悲のないほどエレガントに動きます。

「あなたが私を疑ったり、嫉妬を感じたりする必要はないわ。あなたは私を愛していないのだから」

冷徹に言い放ち、完璧な「自由の翼」でもプレゼントするかのように、
清々しく彼を解放しようとします。

信頼されることが、これほどの拷問になるなんて ——彼は苦虫を噛み潰したような感情を持て余すようになります。

無関心のままに解放されることは、
ただ拒絶されることよりも、よほど残酷な仕打ちだった。

カッセルが「俺を見てくれ」と足掻けば足掻くほど、
イネスは逃げ道をどこまでも広げていく。

近づこうとして必死に踏み込んだエネルギーが、
そのまま自分を遠ざけるための推進力へと変換されてしまう。

この、噛み合わなすぎる構造こそが、二人の致命的なすれ違いでした。

どんなに汚れても、彼の心は「新品」のままだった

イネスの視点から、
カッセルを「新品のように感じられる」という描写があります。

この一言は、
それまでのカッセルの派手な放蕩ぶりのすべてを、180度ひっくり返してしまう。

女性経験はあった。
けれど、誰か一人の呼吸ひとつで心を乱され、嫉妬し、傷つき、
その人の機嫌ひとつで世界の色がガラリと変わってしまう——そんな「本当の恋」だけは、彼は何一つ知らなかったのだ。

だからイネスが感じた「新品」という言葉は、
案外、芯を食うほどに正しかったかもしれない。

自分の心に何重もの虚構を上書きし、本物だった軍人への夢の裏側でさえ、イネスから逃げたかった痛みを隠しながら生きてきた男。

他の女をどれだけ抱こうが、彼の核にある一番柔らかい心は、
完全な「新品」のままイネスだけを求めて彷徨っていた。

あの放蕩は、イネスの巨大な無関心という絶壁に弾き返され続けたカッセルが、
「好きじゃないことにする」ために必死に積み上げた、哀れな砂の城だったのではないでしょうか。

「あれも、これも、そうだったのか」——人生の再解釈

カッセルが本当に欲しかったもの—— イネスの愛よりも先に、まず自分を見てほしかった。

呼吸ができずに倒れたイネスを見つけたあの日、
カッセルは自分が「恋に落ちた瞬間」をドラマチックに思い出したのではない。

そうではなくて、
彼は、自分の過去の記憶すべてに殴られたのだ。

全部、そうだったのか。
あれも。 これも。 あの時も。

なんだかんだと自分に言い訳をして、
大したことのない感情だと切り捨てようとしていたものの正体は、
結局、最初から全部イネス・ヴァレスティナだったのだ。

そして、カッセルが直面した最大の衝撃は、
従者・ラウルの口から語られた「空白の四年間の真実」だった。

自分が「無関心に耐えられない」と拗ね、
当てつけのように女を抱き、
敗北した犬のように士官学校へ逃げ回っていたあの時間。

イネスは自分に関心がないどころか、
息をする方法すら分からなくなるほどの謎の発作を起こし、
ただの一日もベッドから離れられず、死の淵に立たされていたわけだ。

『知らなかったとしても、あんな風に生きないことぐらいはできただろう』
(引用:原作2巻)

何も知らずに逃げ回り、クズの仮面を被って安心していた己への、これでもかといういうほどの自己嫌悪。

カッセルが長年上書きし続けてきた記憶は、この瞬間、まるでバックアップから復元されるように本来の姿を取り戻していく。

あの虚しかった女遊びも。
夢を盾にして士官学校へ行った衝動も。
イネスの冷たい無関心に怯えていた日々も。

バラバラだった記憶の断片が一つに繋がった時、
読者もまた「全部、そうだったのか」と息を呑む。

それこそが、この章がもたらす圧倒的なカタルシスなのです。

彼は、すでに彼女を愛していた。

「愛なんて、どうでもよかった」
「君が目を開けて俺を見つめ、俺の名前を呼んでくれるのなら……」

(引用:原作2巻)

だから、わたしはこの場面を読むたびに、胸をかきむしりながら思う。

この男、本当に、なんてどうしようもない男なんだ。——不器用で、みっともないほど可愛くて。

だからこそ、たまらなく好きなのです。

この記事は「この結婚はどうせうまくいかない」2巻の内容を含みます。

🌹カッセルの「全部そうだったのか」を読む

📖 2巻8章| 人魚と兵士
カッセルが人生をかけて貼り替えてきた嘘のラベルが剥がれ、
「あれも、これも、そうだったのか」と気づく瞬間。
メダル事件の先に待っていた、カッセル最大の転換点です。

原作2巻8章⑬⑭|君が目を開けて、俺の名前を呼んでくれるのなら


🌹人魚と兵士を最初から読む

メダル事件、イネスの発作、カッセルの嫉妬。
二人の距離が少しずつ変わり始める、本作品屈指の人気エピソード。

8章「人魚と兵士」一覧はこちら

🌹 カッセルという人物の本質から読みたい方へ

この記事では、原作2巻8章「人魚と兵士」を中心に、
カッセルがなぜ自分の感情を「愛ではない」と言い続けたのかを考察しました。

一方で、カッセルという人物そのものを理解するには、
6歳のとき、イネスに選ばれた瞬間から続く、彼の一途すぎる本質を見る必要があります。

彼にとってイネスは、後から選んだ相手ではなく、
最初から人生の中心にいた存在だったのかもしれません。

📖 カッセル・エスカランテ人物考察①
選択は最初から決まっていた

※本記事は原作を読んだ管理人ロゼによる人物考察です。
原作の解釈は読者それぞれ。皆さまの感じたカッセル像も、ぜひ大切にしてください。