🌹 原作小説『この結婚はどうせうまくいかない』第3巻9章を高解像度あらすじ形式で構成しています。
本記事は、管理人ロゼの個人的な視点による考察を含みます。
本文中の会話・台詞は、原作の表現を引用する場合があります。
揺れる馬車の中。
絡み合ったまま、尋問だけが続いていた。
——「私は君のことずっと見ていたから」
問い詰める男と、はぐらかす女。
けれど最後にこぼれたのは、嫉妬への答えではなかった。
あらすじ|火種はどこにでもある⑫
官邸へ帰る馬車の中、一つの体のように絡み合ったまま、カッセルの尋問が始まった。
舞踏会場で誰を探していたのか。
あの男たちをなぜ見ていたのか。
ベルビクとは何を話したのか。
なぜイグレシアスのコートを着ていたのか——。
イネスははぐらかし続けるが、ふと漏らした答えに、カッセルは間抜けな顔になる。
——「ただあなたを思い出したの」
そして最後にイネスは言った。時々そう思うのだと。
あなたが私に出会ったのが、可哀想なのだと。
切なげに探し回っていたのは誰だ?
問い詰めるべきことも、叱るべきことも、彼女が受けるべき罰も、まだたくさん残っていた。
見せつけるために何十回も唇を重ねてきたことは知らんぷりをして、二回目のキスという歴史的な瞬間があったのだから、大目に見てやろう——カッセルはそう考えていた。
本来なら、帰り道で貪り食うつもりだったのだが。
しかしイネスは、一言ごとに呆れ返った顔をしてみせるだけだった。
「舞踏会場でずっと切なげに探し回っていたのは誰だ?」
「そんな人、……いないわ」
ドレスの下、太ももの内側を掴む手に力がこもる。上半身は離れたのに、脚はさらに開かされ、下半身だけが完全に密着した。
体はすっかり熱を帯びているのに、頭だけは別物のように、彼は冷静に論理を組み立てていった。
私は君のことずっと見ていたから
セニョーラ・アルメナーラを引っ張り回して動き回っていたこと。
絶え間なく目を泳がせていたこと。
コンデ夫人を見かけても通り過ぎていたこと。
全部、カッセルに見られていた。
「貴方は本当に私に監視でもつけているの? 馬車の天井に記録でも貼り付けて見て読んでいるの?」
「僕は君のことずっと見ていたから」
提督の嫌味も聞き流しながら、死んだように追いかけていた視線だった。夫でなければ、ヴァレスティナ家の制裁を受けてもおかしくない熱意だった。
彼の記憶の中で、ベルビクの顔は目鼻立ちもなく『?』といい加減に残され、イネスの一挙手一投足だけが克明に刻まれていた。
「そうだってことにするのは、適当な返事じゃないな、イネス」
当時の不快感を込めて、ドレスの中の丸みをぐっと掴む。イネスは下で繰り広げられる戯れにも、相変わらず平然とした顔で答えた。
「ベルビクを捕まえたのは?」
「暇だったの。知った顔だったし」
「どんな話をしたんだ?」
「……たぶん、天気の話?」
「君にとって簡単なのは僕だけだ。だからこんなにも馬鹿げた話をする」
鼓舞的な成果
拗ねた手が離れ、布越しに太腿を撫で下ろす。
イネスがいつもの断固たる態度で腕を叩こうとして——それが怪我をした手だと気づいて、躊躇した。
その一瞬を、カッセルは見逃さなかった。
血も涙もなく、やるべきことだけをして生きていこうとしたいつかの彼女が、色褪せている。冷淡だけれど、たかが傷一つを気遣うほどには優しいイネス・エスカランテ。
他のことはともかく、もう自分は、イネスが心配してくれる人間程度にはなったのだ。
これでラウル・バランと同レベルになったと言えるだろうか。
いや、違う。ラウルがいくら血を流したとしても、こんな淫らな真似を許すはずがない——みすぼらしい優越感が頭をもたげ、比較対象が忠犬であることに虚しくなり、それでもこれまでは本当にそれ以下だったのだから、これもまた鼓舞的な成果だった。
あなたはもちろん、いい匂いしかしない
「ベルビクのような奴は磁石だ。一度くっつくと、自分と同じような鉄粉を絶えず引き寄せる」
「ええ、とても乱れた人だって」
「あなたも放蕩だったけど、根はなかなか優しかったわ」
そう言って、子供を扱うように顎を軽く叩く。
「……あいつは、違う」
「分かってるわ。あの人は時々下品な臭いがするもの」
「僕は……」
「あなたはもちろん、いい匂いしかしない」
完全に弄ばれていた。
幼稚な質問攻勢に追い込まれても、彼女は何でもない言葉ひとつ、触れる指先ひとつで、彼の正気を掻き乱す。
その格差が苛立たしくて、カッセルは鎖骨の下のリボンを解き、ボタンをいくつか外した。
白い下着に包まれた胸が、ぴんと張ったドレスの外へ豊かに流れ出す。
「ここで脱がせたら……」
「……脱がせない。ちゃんと答えてくれれば」
「……もういい加減にしたらどうなの?」
獣のように揺れる馬車の中、視線は何度もそちらへ行くのに、彼はひどく冷淡に答えた。
「君はまだ一つもまともに話していないだろう」
ただあなたを思い出したの
「……あの野郎の服をなぜ着ていたんだ?」
尻をまさぐっていた手が太腿を掴んで前へ引き寄せる。彼女の両脚が彼の腰に絡み、下半身が再びぶつかった。
破裂しそうなほど血が集まっても、視線は彼女の瞳に釘付けだった。
今すぐ全てを奪いたい衝動も、飲み込んで。
「……さあね、可哀想だったから?」
「しょんぼりした犬みたいに私を見ていたから……拒絶したら失望するかもしれないし」
「あそこから落ちても死なない石ころ野郎。あの野郎にいつ会ったっていうんだ。生きてようが死んでようが、君が少しも気にする理由なんて……」
「ただあなたを思い出したの」
「……」
「だから拒絶することも、追い返すこともできなかった」
カッセルはたちまち間抜けな顔になった。
「……僕のせいだと?」
「あなたのことを思い出さなかったら、相手になんてしなかったと思うわ」
——あなたのことを思い出して。
本当に危険な言葉だった。
一瞬、喜びかけた。しかし次の瞬間には、別の考えが頭をもたげる。
あなたを思い出してエスコートされ、コートを受け取り、手を握り——その先まで許すようになったら?
嫉妬深いにもほどがある。
遅れてきた衝撃に、彼女へ触れていた手も唇も、気まずく硬直した。
「奴を見て僕を思い出したりするな。本物がすぐそばにいるのに、なぜそんな普及品を見るんだ」
僕の話なら、僕の方がもっとうまく話せる
「基本的にはあなたをとても尊敬していたわよ。色々な良い話もしてくれたし」
疲れたようにぽつんと返す言葉が、本物のようにも聞こえた。
「僕の話なら、僕の方がもっとうまく話せるぞ。イネス」
「肝心な話はしないじゃない」
「……そんなことが気になるのか? 僕の話が?」
彼の話を聞きたがっているイネス・エスカランテ。想像もできなかった。
彼女は奇妙な顔をしていた。
さっきからずっと——とても複雑で、どこか納得のいかない表情に見えた。
「……時々、そんな気がするわ」
「どこから始めようか。任官した初年度から? 初出陣から?」
濡れた生地の上で浮き出たものを弄びながら、彼は真剣に考え込んだ。イネスが腰を捻って失笑する。
「私は客観的な話を聞きたいのよ、エスカランテ」
わざと憎たらしく言う唇を、暗闇の中で見つけて塞いだ。
逃げないふりをして逃げる気配を感じて、腰を強く抱き直す。
固い体の上で、彼女の柔らかさが潰れた。
あなたが私に出会ったのが
「……ところで、僕が可哀想なのか?」
遅れて、間抜けな疑問が頭をもたげた。
今度はイネスの唇が先に触れた。
口封じであるのは明らかだったが、生まれて初めてのことだったので、彼は正気を失ったように彼女の唇を貪り、舌を吸った。
腕の中で荒くなる彼女の息さえ愛らしかった。すべてを抱きしめている感触に、カッセルは満たされていた。
それでも疑問は消えない。
犬のようだと、雨に打たれた雀のようだと——彼女がそんなふうに可憐に思い浮かべたのが、ホセ・マリカだけではなかったとしたら。
「……時々そう思うのよ」「あなたが私に出会ったのが、可哀想なのよ、カッセル」
嫉妬の尋問で始まった馬車の中。
イネスが最後に口にしたのは、カッセルが問い詰め続けていたことへの答えではなかった。
——あなたが、私に出会ったこと。
彼女が時々「可哀想」だと思っていたのは、そのことだった。
▶ 次の話(続き)【第9章|火種はどこにでもある】
→3巻第9章| 火種はどこにでもある⑬(※更新予定)
📖 今回のエピソード対象範囲
| プラットフォーム | 対象話数 |
| ピッコマ・LINE漫画・COMICO | 第47話相当 |
| めちゃコミ | 第48話相当(推定) |