何がバスティアンを追い詰めたのか⑬|83話 鍵を持つ男 ─ 執務室のソファで、理性が消えた

何がバスティアンを追い詰めたのか⑬|83話 鍵を持つ男 ─ 執務室のソファで、理性が消えた 原作本編

🌹 本記事は『バスティアン』原作83話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。

雨の金融街で、オデットは路地裏から建物を見上げていた。
サンドリンとその父親が現れ、バスティアンが降りてきた。
三人はロビーへ消えた。

そしてオデットは、無謀な賭けに踏み込んだ。

ラヴィエール公爵との別れ

予定より早く切り上げられた対談の後、
サンドリンがドアの前でバスティアンに向き直った。

「またお会いする時には、クラウヴィッツ少佐になっていらっしゃるのですね」

右手の手袋を外して握手を求めた。
そっと指を絡めてきた瞬間、
バスティアンはじわりと力を込めて制止し、落ち着いて握手を終えた。

「またね、品位ある紳士さん。ローザンヌで会いましょう」

承知したかのように頷いたサンドリンが、茶目っ気のある目元で微笑んだ。
そばにいる父親の存在など、すっかり忘れてしまったような態度だった。

ラヴィエール公爵と娘を見送ったバスティアンは、
デスクの前に座り、葉巻をくわえた。

サンドリンとの関係を、このまま続けるのが正しいのだろうか。

一度も抱いたことのない見慣れない疑問が、脳裏をよぎった。

—— オデット。

バスティアンは、諦めるようにこのすべての混乱の始まりを直視した。
その時、ノックの音が聞こえた。

雨に濡れた客

秘書がひどく困った表情で告げた。
お客様がお見えになりました、と。

バスティアンが眉をひそめた瞬間、背後から影が揺らめいた。

「バスティアン」

澄んだ響きの声が、降り続く雨の音をかき消した。

バスティアンは飲み込みきれなかった煙を吐き出しながら席を立った。
かすかな苛立ちを帯びていた眼差しが、一瞬呆然となり、
ため息のような失笑がぽろりとこぼれた。

雨に濡れたオデットが、開いたドアの向こうに立っていた。
寒さで青ざめた顔をして。
疲れ切った微笑みを浮かべながら。

鍵のかかった引き出し

「連絡もせず、突然訪ねてきてしまってごめんなさい」

「車があったはずですが。どうしてその姿になったのですか?」

「ハンスは先にアルデンヌへ帰らせました」
「あなたの車で一緒に帰ればいいかと思って」

呆れたように笑った瞬間でさえ、
バスティアンは探るような鋭い視線を向け続けた。

どうせ悪行を犯さなければならないなら、いっそ冷酷になる方がましだった。
オデットはもう一度覚悟を固めた。

会議の準備が整いましたという秘書の声が、
重苦しい沈黙を破った。

バスティアンはデスクへ戻り、乱れた書類を整理した。
ほとんどは後ろの棚に移したが、
黄色の書類フォルダだけは別に集めて引き出しの一番下の段にしまった。

オデットは、濡れた髪を乾かすふりをしながらその動きを観察した。

—— 一番下の段。

その位置を心に刻んだ瞬間、カチリと金属の音が聞こえた。

鍵を回す音だった。

立ち上がったバスティアンは、小さな金色の鍵をジャケットのポケットにしまった。

「一時間ほどかかるから、休んでいてください」
「待っていてください。一緒に帰りましょう」

バスティアンはその言葉を最後に、執務室を後にした。

一時間の捜索

廊下を忙しなく行き来していた足音が消えると、
オデットはためらわずに立ち上がった。

まず確認した引き出しの一番下の段は、やはり鍵がかかっていた。

書類箱が置いてある棚から確認し始めた。
気持ちは焦っていたが、跡を残さないように気を遣ったため、速度は遅かった。

—— 鉱山
—— ダイヤモンド鉱山

いくら探しても見つからないその言葉が、息の根を締めつけ始めた頃には、
バスティアンが言った時間の半分がいつの間にか過ぎ去っていた。

新しく見つけた投資家の名前が書かれた書類を何枚か手に取り、
次にデスクの引き出しへと捜索場所を移した。

上から下へ。

一区画ずつくまなく探してみたが、どこにも鉱山に関する書類はなかった。

開けることのできない最後の引き出しを揺すってみたオデットは、
泣きたい気持ちで時間を確認した。

—— もう五分しかない。

廊下に、再び活気が漂い始めていた。どうやら会議が終わったようだった。

オデットはまず確保した書類を握りしめ、
暖炉の前に広げておいた上着を手に取った。

小さく折りたたんで内ポケットの奥にねじ込む間に、
廊下を行き交う足音がさらに鮮明になった。

—— 考えるのよ。

バスティアンが持っている鍵。
そして、一人になる時間。

落ち着いて目標を整理したオデットは、ソファに横になり、小さく身を縮めた。

何とか呼吸を整えたオデットが目を閉じたのと、
バスティアンが執務室のドアを開けたのは、ほとんど同時だった。

眠るオデット

オデットはソファに横たわり、眠りに落ちていた。

バスティアンは少し呆然とした気持ちで、その光景を見守った。
デスクのランプと暖炉の火だけが、眠るオデットをほのかに照らしていた。

バスティアンは静かに近づき、ソファの肘掛けに腰を下ろした。
長い髪が小さな顔の半分を覆っていた。
優しい手つきで髪を撫でてやると、静かな美しさが現れた。

この女よりも遅く眠りにつき、この女よりも早く目覚めた。
同じベッドを使うようになってからついた習慣だった。

僕のそばで安らかに休む君を見る瞬間が心地よかったのだ。

それはバスティアンが生まれて初めて手に入れた安らぎであり、休息だった。
だからだろう。

すでに決断を下していながらも、何度も振り返ってしまうのは。
それを失いたくなかったから。

「オデット」

低い声で名前を呼び、頬を撫でると、オデットはゆっくりと目を開けた。

警戒するかと思っていたオデットは、
意外にも無垢な微笑みを浮かべた。

バスティアンは熱の入り混じったため息をつき、手から力を抜いた。
立ち上がろうとした瞬間、オデットがその袖の端を掴んだ。

唇を震わせるばかりで、言葉を発することができなかった。
ただ力いっぱい掴んだ袖を放さず、大きな目を瞬かせているだけだった。

体を起こして座る間も、袖を放さなかった。
泣き出しそうな目をしているのに、唇だけは微笑んでいた。

「バスティアン」

ためらいながら、オデットはソファの隣の席へ身を引いた。
まるで隣を譲るかのように。

「少しだけ……」

かろうじてその一言を口にしたのと同時に、世界がひっくり返った。

オデットは天井と向き合って初めて、自分がソファの上に倒されていることに気づいた。
どうすればいいかわからずためらっている間に、見慣れた顔が視界を遮った。

驚いたオデットが上げた悲鳴は、完結しないまま熱い唇に飲み込まれた。
鍵を持つ男が、オデットの体の上に乗った。

どうしても突き放すことができずにためらっている間に、
熱っぽく荒々しいキスが始まった。

鍵は右のポケットにある。

理性が消される前に、最後にできた思考だった。


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