🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
離婚を約束したことで初めて始まった、普通の夫婦のような一日。
布団選び、市場の買い物、川沿いの帰り道——ありふれた一日の中で、オデットは最後の虚栄のベールを脱ぎ、バスティアンは金の櫛のイニシャルを見つめる。
これまでで最も穏やかで、それゆえに切ない一日。
「同じ布団で寝る仲に見えたのに」
狭い布団店は、色とりどりの布団でいっぱいになっていた。
生地、色、羽毛の種類まで鑑定士のように吟味するオデットを、バスティアンは一歩離れて傍観した。
——どうせ大差ないのだから適当に選べばいいのに。
どうやら決定権は既にオデットのものとなったようだ。
指揮官の命令に従うだけだと考えることにした。
「この二つが一番いいと思うんですが、いかがですか?」
白い無地と、小花柄。迷う余地のない候補——のはずだった。
「本気ですか?」
「手触りが本当にいいんです。触ってみてください」
にっこり笑うオデットは、招かれざる客を困らせる秘策を見つけたようだった。
「では、これにしましょう」
バスティアンは素直に、小花柄を選んだ。
驚くオデットの横で、店の主人が首を振る。
旦那様がこんなに大きいのに、このサイズでは——
「……従兄です! 従兄が訪ねてきて、お客様用の布団を買おうと……」
「あら、そうだったの?」
きょとんとした主人は、バスティアンの手の結婚指輪を確認して、ようやく疑いを解いた。
「どう見ても同じ布団で寝る仲に見えたのに。私ももう年かしら。勘が鈍ったわね」
逃げるように去るオデットの背で揺れる、空色のリボンが、柔らかい失笑を誘った。
「どうしてあれを選んだんですか?」
「手触りが良かったから」
「あなたは、触ってもいないじゃないですか」
「従妹の卓越した審美眼を信じて従うことにしました」
「いつから私の意見を、そんなに尊重したんですか?」
「今日から、ということにしておきましょう」
息の詰まる返事を残して先を歩く男。
目立つ長身に花柄の布団まで加わって、視線を一身に集めながら、彼はテラス席から全世界に聞かせるように叫んだ。
「こっちへおいで、マリー・ヴェラーさん!」
——あの男はカール・ロヴィスだ。そう信じることのほうが妥当に思えた。
市場のオデット
露店の並ぶ路地で、オデットはお菓子屋に入った子どものような顔になった。
繊細な細工の小さな花瓶、真鍮のティースプーン。
角砂糖挟みは貝殻の形と花の形でしばらく悩み、結局、貝殻を選んだ。
邸宅いっぱいの金銀財宝の前でも超然としていた女とは信じられない様子だった。
遅い午後まで市場にいたが、バスティアンが覚えているのはオデットだけだった。
——思いがけず、かなり少女的な趣味を持つオデット。
駆け引きがうまいオデット。
リンゴ1つでも心を込めて選ぶオデット。
……まもなく永遠に失ってしまう、僕の美しいオデット。
最後の店で買ってきたものを見て、彼は思わず声を出して笑った。
『害虫完全撲滅』——強烈な文句の殺虫剤の瓶を、オデットは女王の笏のように抱えていた。
「バラの木に虫がついてしまって」
オデットは何でもないことのように、落ち着いた顔だった。
「こちらへどうぞ」
「いいえ。あなたはもうたくさんの荷物を持っているじゃありませんか」
妥協の余地のない頑固な眼差しに、バスティアンは身を引いた。
——必要以上の助けを借りることを望まない女だと、今なら分かる気がした。
それが単なる虚勢のプライドのせいだけではないことも。
「これが私なんです」
金色の午後の日差しの中、二人は川沿いを並んで歩いた。
「わざわざ古くて狭い家に住んで、家庭教師の仕事をしなければならない必要はないのでは?」
「私は、今がいいんです。世の中にタダのものはないからです。身に余る借りを作りたくはないのです」
皇室と縁を切る決心についても、オデットは淡々と語った。
一瞬たりとも皇族として生きたことはなかった。権利はないのに義務だけ押し付けられ、年金の代償だと受け入れてきたが、もう嫌だった——母の王冠を奪った子どもだという原罪は、すべて返した気がする、と。
「もし正当な権利が与えられたとしたら?」
「虚しい仮定は、何の力もありませんよ、バスティアン。私は母のようには生きません。それだけです」
家が見え始めた頃、オデットは意外な問いを投げた。
「身分と血筋って、本当に滑稽だと思いませんか?」
「あなたは僕よりもずっと貴族的な人間だろう」
バスティアンは、長く心の奥底に秘めていた本心を伝えた。
けれど、オデットはその言葉のおかしさを指摘する。
「あなたの方が、よほど貴族らしい教育を受け、貴族らしく生きてきた人なのに、世間はあなたを卑しい出自だと蔑む。一方、私は日雇いやメイドのような生活をしてきたのに、皇族の血が流れているというだけで高貴な人間として扱われる。——たった一つ、体の中に流れる血のために」
「前皇帝の孫娘が、革命家のようなことをおっしゃいますね」
「私はただ、先祖の血筋が私たちの現在を決定するわけではないと言っているだけです。だから、私は今になって自分にふさわしい場所を見つけられたのかもしれません」
伯爵夫人にもジェンダース伯爵にも言えなかった言葉が、バスティアンの前では気楽に出てきた。
彼ならこの気持ちを理解してくれるだろうという、信頼があったから。
離婚を約束し、彼女の選択を尊重したことで、ようやくバスティアンはオデットの心に入る資格を得たのかもしれない。
「あなたは騙されたんです、バスティアン。皇帝が英雄に下賜した高貴なレディは最初から存在しなかったんですよ。今あなたの目の前にいる、この平凡な女——これが私なんです」
最後の虚栄のベールを脱ぎ捨てると、心はずっと軽くなった。
夕方の影のように長く伸びた悲しみは、流れる水に乗せて送り出した。
金の櫛のイニシャル
「夕食の準備をします。あなたは客間を片付けてください」
かすかに赤くなった頬と首筋を見つめてから、バスティアンは2階へ向かった。
オデットの寝室に足を踏み入れたのは、衝動的な選択だった。
化粧台の上、きれいに整理された瓶の横で、金の櫛が夕日に燦然と輝いていた。
「H」
——オデットの足枷であり、誇りでもあったそのイニシャルを、
バスティアンは長い間、静かに見つめた。
礼儀正しい客、訂正
翌朝、オデットは普段より早く目覚めた。
廊下の向かいはまだ静寂——バスティアンは朝寝坊しているようだった。
素直に客間を使い、境界を守る礼儀正しい客。
これなら、あと数日を共に過ごすことも無理はないように思えた。
バラの木に殺虫剤をかけ始めた瞬間、朝の静けさを乱す力強い足音が聞こえた。
トレーニングウェア姿のバスティアンが、田舎道の向こうから走ってくる。
目が合うと、彼はためらいなく塀を乗り越えて裏庭に入ってきた。
「一体、いつ起きたんですか?」
「いつもと同じ時間に」
ポンプの水で顔を洗った男は、近づいてきて宣言した。
「今日はピクニックに行こう」
「こんな天気なのに、ですか?」
「準備しましょう」
勝手に約束を決めて家に入っていく背中に、オデットは深いため息をついた。
「礼儀正しい客」という評価は、どうやら訂正した方がよさそうだった。
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