泣いてみろ、乞うてもいい|原作85話 亀裂|喉に刺さった、細い棘 あらすじ【ネタバレ】

泣いてみろ、乞うてもいい|原作85話 亀裂|喉に刺さった、細い棘 あらすじ 泣いてみろ 乞うてもいい

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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作85話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
※会話部分は原作の表現を引用しています。

窓の向こうの、小さな後ろ姿

皇太子夫妻を迎える晩餐会。
アルビスにとって最も重要な夜を前にしても、マティアスの心はどこか落ち着かなかった。

長年仕えてきたマーク・エバースが戸惑うほど、主人の意識は別の場所へ向いている。

その理由は、廊下の窓の向こうにあった。

夕暮れの道を、大きな茶色の袋を抱えた少女が歩いていく。

レイラだった。

重い荷物を抱えていても、首筋はまっすぐ伸び、一度も振り返らない。
編み込んだ髪だけが、歩調に合わせて静かに揺れていた。

——レイラが帰ってきた。

ただそれだけだった。

その姿を見つめているうちに、強張っていた肩の力が、いつの間にか抜けていく。
本人さえ気づかないほど自然に。

喉に刺さった、細い棘

その時になって初めて、
マティアスはレイラが寒さに肩をすくめていることに気づく。

今日が、凍えるような寒い日だったことも。

バスはあるが、レイラは自転車に乗らない時はたいてい歩いて帰る。
重い荷物を抱えたまま。

愚かな女だ――そう思うのに、その姿が頭から離れない。

豪奢な屋敷へ戻っても、晩餐会が始まっても、
冬の道を歩く小さな後ろ姿だけが、記憶の中で鮮明になっていく。

その感情は、喉に細い棘が刺さったような、言葉にできない違和感だった。

「それで十分なのか?」

応接間ではクロディーヌが完璧だった。

遅れた婚約者をさりげなく気遣い、非の打ちどころなく場に溶け込む。
誰よりも優れた公爵夫人になるだろう。

マティアスはその事実を、喜んで受け入れてきたはずだった。

不必要な感情を消耗しない、ヘルハルトの世界を強固にする結婚。
それが彼の信じてきた理想だった。

しかし、それで十分なのか?

見知らぬ疑問が、不意に湧き起こった。

晩餐室で、彼はこのアルビスのすべての主人だった。

晩餐室の豪華な食卓を見つめるたび、
森の古い小屋で一人食事をするレイラの姿が浮かんだ。

「ヘルハルト公?」

呼びかけられて我に返る。

幼い頃から見てきた、
間もなく妻となるクロディーヌが、まったく見知らぬ他人のように感じられた。

滑稽なことだった。

目が合った、その一瞬

五日間の滞在を終え、皇太子一行が去る日。
レイラは歓迎式と同じく、使用人の列の最後尾に立っていた。

滞在の間、公爵は一度もレイラを探さなかった。
まるでその名前を頭からきれいに消した人のように。

おかげでレイラは、ただのレマーさん家のレイラとして平穏に過ごせた。

——もしかすると、本当に嫌気が差したのかもしれない。

ふと浮かんだ一筋の期待に、胸が高鳴る。

考えてみれば最初から筋の通らない執着だった。
手に入らないものがあることを受け入れられなかっただけだろう。
自分を一貫して嫌う女を、あの孤高な男がいつまでも我慢するはずがない。

公爵が不意に顔を向けたのは、その時だった。

避ける間もなく、目が合った。

長い時間ではなかった。

けれど二人とも、互いが互いを見つめていることを、はっきりと認識していた。
異様な気持ちがして、レイラは震える視線を伏せた。

再び目を上げた時、公爵はもう、何事もなかったような顔に戻っていた。

甘いクッキーと、根拠のない確信

公爵が結婚したら、ビルおじさんとここを去ろう。

彼の記憶が届かない、遠い遠い場所へ。

前と同じ生活には戻れなくても、もっと努力すればいい。
そうすればいつか、あの男が与えた悪夢も薄れていく。

希望に浮き立ったレイラは、いつになく精力的に動いた。
洗濯を済ませ、久しぶりにジャムクッキーも焼いた。

あの寒い日、安売りの小麦粉を必死に運んだ労苦も、
こんがり焼けたクッキーを見れば忘れられた。

モナ夫人が訪ねてきた。

「もうお嫁に行けるね」とカイルの話を切り出しかけるが、
レイラはケーキの話でさりげなく遮る。

話をそらす子どもの気持ちが分かる気がして、
夫人はそれ以上踏み込まなかった。

そして夫人の口から、公爵が数日間領地を離れたこと、
クロディーヌだけが花嫁道具の相談のために残っていることを聞かされる。

レイラの顔は、ほのかに上気した。

良かった、本当に良かった

夫人が帰った後、レイラは食卓に戻り、皿に一つ残ったクッキーをかじった。
サクッという音が、光の粒子の漂う空気に溶ける。

平穏な日々が続くだろうという安堵が、甘い

——良かった。

本当に良かった。


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