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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。本文中の会話・心理描写・印象的な表現については、原作の表現を適宜引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
恩人
グレーバー先生の家は、市街地から少し離れた場所にあった。建って間もない綺麗な木造住宅が整然と並ぶ、美しい町だった。
レイラは街で買った花束と、去る夏アルビスの果物で作ったジャムを携え、緑の屋根の家へ向かった。
呼び鈴を鳴らすと、満面の笑みのグレーバー先生が扉を開けた。
「よく来てくれましたね、ルウェリン先生!首を長くして待っていたんですよ。」
「もう皆さん、到着されたのですか?」
招待の時間まで、まだ十分あった。
「遅れたわけではありませんよ。皆、ルウェリン先生から皇太子ご夫妻のお話を聞きたくて、早く来ただけです。」
案内されたダイニングでは、若い教師たちが一斉にレイラを見つめた。
「皇太子殿下に、本当にお会いになったのですか?」
「妃殿下は?赤ちゃんもご一緒に?」
「羨ましいです、ルウェリン先生!」
椅子に座るなり続けざまに飛ぶ言葉に、レイラは戸惑った。
「私は、とても遠くですれ違う姿を拝見しただけですよ。新聞の写真の方が、ずっと詳しいでしょう。」
気恥ずかしい笑みが浮かぶ。
「でも、ご自分の目で直接拝見したことが大切なんです!」
「そういえば、ヘルハルト公爵と皇太子殿下は、親しいご友人同士なのですか?」
公爵の名が、新たな話題になった。
レイラは意味もなく水のグラスをいじり、視線を伏せた。
ヘルハルト公爵、リンドマン侯爵、皇太子を比べる言葉が、めまいがするほど飛び交う。
「どう考えても、私はヘルハルト公爵様が一番素敵だと思うのですよ。」
料理を並べたグレーバー先生が断言した。
「ルウェリン先生のお考えは?」
「ヘルハルト公爵様ですよ。やはりあの方が一番では?」
「私は……」
レイラの瞳が、小刻みに震えた。
——他愛ない冗談にすぎないのに、その名前が一体何だというのか。
「ええ。ルウェリン先生なら当然、ヘルハルト公爵でしょう。」
言葉に詰まるレイラを見て、一人の教師が微笑んだ。
「ルウェリン先生には恩人ですからね。公正でない質問ですよ。」
他愛ないその一言に、レイラはようやく正常な息を吐けた。
適当に頷く間に、話題は庭師の過ちを寛大にかばったヘルハルト公爵の人柄への称賛へ流れていく。
——恩人。
胸を締めつける茨のようなその単語の前でも、レイラは笑った。
その痛みの分だけ、マティアスが一層憎らしくなった。
食事は美味しく、会話は楽しかった。
家路の途中、行きつけの食料品店に寄る。
レジ前には今日付けの新聞が並んでいた。
何気なく見たレイラの瞳が揺れる。
笑顔で握手を交わす皇太子とヘルハルト公爵の写真が、大きく載っていた。
傍らには、皇太子妃とブラント令嬢も。
容易ではないでしょう
皇太子夫婦のためのパーティーと晩餐が続いた数日が過ぎ、
アルビスも落ち着きを取り戻した。
皇太子は、昼食後ずっとヘルハルト家の書斎にいた。
マティアスとリエットも一緒だった。
「まさか、最悪の事態には至らないでしょう、殿下。」
大陸情勢の話を聞いていたリエットが口を開いた。
寝そべるような座り方とは裏腹に、丁重な口調だった。
「なんだかんだ言っても、大陸の王家は血縁で絡み合っているのですから。」
穏やかな態度に反して、その眼差しは真剣だった。
向かいの皇太子は、空笑いとともに煙草の灰を払う。
「知っているだろう、リエット。家族間の争いが、一番卑劣で激しいものだ。」
虚空を見ていた皇太子の視線が、マティアスへ向かう。
彼はウィングチェアに深く背を預け、暖炉の炎を眺めていた。
流れるワルツと同じリズムで足先を動かす様は、音楽を楽しむ人のようにも見えた。
だが皇太子は知っていた。
——悩みが深いほど、この男は静かになる。
「ヘルハルト大尉の見解はどうだ?全面戦になれば、予想通り我々が勝つのか?」
身を起こしたリエットが尋ねると、マティアスはようやく顔を向けた。
「容易ではないでしょう」
絶望的な答えなのに、その口調はまるで楽観する人のように穏やかだった。
「ベルクとロビタの間だけなら勝算はありますが、開戦すればその規模では終わらないでしょうから。」
「そうだ。そうだろうな」
皇太子は心配げな溜め息をついた。
数多の同盟と条約が絡む今、二国間の戦争は全大陸の戦争と同じだった。
「あまりご心配なさらず、殿下。
この手の懸念は父祖の代から続いて、現実にはならなかったではありませんか。
運悪くそうなるなら、皆で戦争の英雄になるのも一興でしょう」
リエットの冗談に、皇太子が笑う。
「……リエット、いつもどおりにしてくれ。そう丁重にされると不安だ。」
「公務中の皇太子に、畏れ多くも私的な態度は取れませんよ」
忠臣めいた言葉とは裏腹に、リエットはいつの間にか半分寝そべっていた。
威厳を忘れた皇太子が噴き出し、とぼけていたリエットも笑い出す。
幼い頃から、彼らはこうして交わってきた。
爵位を重ねても、その本質は大きく変わらなかった。
私のものだ
くすくす笑う二人から、マティアスは視線を窓の外へ移した。
遅い朝、どこかへ出かけるレイラが見えた。
小ぎれいに着飾った姿が、綺麗だった。
機嫌を損ねた最後の会話を、一瞬忘れるほどに。
——贈り物を与えても、喜ぶことを知らない愛人だとは。
愛人の価値が楽しみにあるのなら、
レイラ・ルウェリンは最悪の愛人だった。
それでも捨てたくない理由を、
マティアスはあえて深く見つめようとしなかった。
長く渇望し、ついに手に入れた。
それでいい。
憎んでも、恐れても、レイラは彼の女だった。
——私のものだ。
微笑みを取り戻した顔で、マティアスはティーカップを握った。
——私の、小さな鳥。
柔らかな羽毛のような金の髪の感触と、彼の下で羽ばたく身振りが思い浮かぶ。
その体を知るにつれ、彼の鳥は一層美しく鳴くようになった。
その声を聞かないのも、もう数日になる。
そう思うと、カップを握る手に力がこもった。
私の小さな鳥
こんな欲望に狂う自分が理解できないのに、いつの間にかそうなっていた。
床で滅茶苦茶に絡み合った最初の夜以降、
マティアスの感覚はすべて、鋭く研ぎ澄まされたままレイラへ向いていた。
何でもない刺激にも熱が上り、頭の中がぼやける。
そんな時、あの小さな女がまるで世界のすべてのようだった。
その甘美な考えを、あえて否定したくなかった。
——美しい、私の小さな鳥。
鳥の目を覆い、小さな翼の羽を切ることは、もう何も難しくなかった。
舞い落ちた羽が床に届く頃、ハンカチをのけると、鳥はぶるぶると身を震わせた。
遠くへ飛べなくなった翼を羽ばたかせながらも、すぐにまた澄んだ素直な目で彼を見つめて歌う。
時折マティアスは、その瞬間の鳥を片手に握りつぶしたい衝動に駆られた。
——ただ彼のためだけに最も美しく歌った、その瞬間を永遠に保存できるように。
レイラを抱く時にも、しばしばそんな気持ちになった。
拒み逃げようとした女が、彼の腕の中でもがき、
ただ彼のためだけに泣くその瞬間に、時が止まればいいと。
うつろな目で、全身を赤く染めて震えるレイラは、恐ろしいほど美しく——いっそその細い首を絞めてしまいたいとさえ思った。
こらえきれず呻きながらすがりついてくる時は、
頭から爪先まで、この女を飲み込んでしまいたいとも思った。
「マティアス?」
促す声に視線を向けると、立ち上がったリエットが見えた。
皇太子も彼の傍らに立っている。
戸口で待つ従者たちを見て、
マティアスはようやく、しばらく気を取られていたことに気づいた。
——あまり、気持ちの良いことではない。
カップを置き、何ごともなかったように立ち上がる。
そろそろ晩餐の支度の時間だった。
お前が、私から逃げる?
書斎を出る前、マティアスは無意識に窓の外を見やった。
——レイラは、帰ってきただろうか。
馬鹿げたことだった。
あの女に他へ行く場所などないと、はっきり知っているのに。
雑念を払うように振り返る。
だが、日暮れの光が差す長い廊下を過ぎ、寝室に入ると、再びその名が浮かんだ。
——レイラ。
既に手に入れたのに、完全に自分のものではないようで、妙な不安を与える女。
「もし、帰らないとしたら?」
着替える間じゅう、その不快な問いを反芻した。
命のように思うビル・レマーを置いて、逃げられる女ではない。
その事実を知っていることさえ、無意味に思えた。
「逃げる……?お前が、私から……。」
カフスを留める手が、ふと止まった。
その仮定に感じたのは、怒りや焦りよりも、むしろ呆れに近かった。
——太陽のない昼と、星を失った夜の方が、まだしもありそうだ。
「あの、旦那様……?」
従者が恐る恐る呼ぶと、マティアスはようやくカフスを留めて振り返った。
永遠に飛べなくなっていたなら
洋服ブラシで身なりを整えられる間、マティアスは鏡の自分を静かに見つめた。
——最初にカナリアの翼を切った日。
適正な線を見誤って深く切りすぎた翼から血が流れ、鳥は苦痛にもがいた。
だが間もなく血は止まり、彼のカナリアは無事だった。
飛べなくなったその哀れで美しい鳥を、マティアスは一層大切にした。
鳥が気兼ねなく近づいて歌い始めたのは、それ以降のことだ。
切られた羽が再び生えても、鳥はもう逃げなかった。
——彼の鳥は、鳥籠を、そして彼を愛した。
ドレスルームを出て、マティアスは寝室の鳥籠へ近づいた。
止まり木の鳥が、首を傾げて彼を見つめる。
「永遠に飛べなくなっていたなら、もっと可愛がってやれただろうに。」
鳥籠なしで、もっと広い世界で、遥かに多くを与えて楽しませながら。
「お時間です、旦那様。」
時計を確認した従者が告げた。
マティアスは軽く頷き、窓の向こうへ視線を投げた。
日の暮れかかる道に、木々の影が長く伸びている。
相変わらず、レイラの姿は見えなかった。
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