泣いてみろ、乞うてもいい|原作81話 永遠に変わらない心|静かに、レイラ

泣いてみろ、乞うてもいい|原作81話あらすじ 原作カテゴリ

📖 作品の読み方はこちら→ 泣いてみろ、乞うてもいい ガイド

🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。本文中の会話・心理描写・印象的な表現については、原作の表現を適宜引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

手の力が、するすると抜けた

レイラの髪を絡め取るように、マティアスの手に力がこもった。
このまま揺さぶりたかった。

首を捻じ曲げてでも、目線をこちらへ向けさせたかった。
踏み躙って、泣かせたかった。

いや、捨てたかった。

だが、その狂おしい渇望がひとつに集まると、
おかしなことに、手の力はするすると抜けていった。

どんな仕打ちにも従順に服従するように、
力なく伸びた華奢な体を、マティアスは再び懐深く抱き寄せた。

マフラーを解き、コートを脱がせると、
レイラは息を潜めたが、その手を拒みはしなかった。

焦点のない目が虚空を彷徨うせいで、まるで人形を抱いているような心地になる。
陰りのある顔を見下ろし、マティアスは眼鏡と古びた手袋も外した。

白く露わになった指の間へ、
ゆっくりと自分の指を絡ませると、レイラは驚いて顔を上げた。

目が合うと、気分が一段と良くなった。
体温を分け与えながら、マティアスはしばらくそのまま留まった。

熱心に見ては、そっと目を逸らし、
また彼を見て首を傾げるレイラの頬に、少しずつ血色が戻っていく。

手を離してやると、レイラは小さく溜め息をついた。
その唇が、愛らしかった。

——だからだ。

意識しないうちに始まった口づけの理由は、
ただそれだけだと、マティアスは思った。

永遠に変わらない心

深く重ねた口づけは、覚悟していた苦痛とは違い、ただ緩やかに続いた。
逃れる道はないと諦め、レイラは目を閉じてひたすら耐えた。

この男を、心を焦がす記憶を、
その心を裏切る感覚と自己嫌悪を。

激しく吸われた唇は腫れ、
冷たく固まっていた体にも、徐々に熱がこもった。

「終わりですか?」

やっと唇が離れると、レイラは荒い息とともに尋ねた。

他に何かをしようという気のない人のように、
マティアスはただ静かに見つめるだけだった。

「もう……行っても、よいですよね?」

身を起こそうとすると、マティアスがぐっと腰を引き寄せた。

「お前の体のほどにだけ、素直になってみろ、レイラ。」

赤らんだ頬を撫でる手つきに、レイラはびくっと身を縮めた。
すべてを見透かしたようにゆったりとしている彼が、堪えられないほど嫌だった。

「こ、こんなのは、心とは全然関係ないです。」

唇を拭い拭うレイラの動作は、荒々しく切羽詰まっていた。

「寒ければ縮こまり、痛ければ顔を顰めるのと同じ。ただそれだけだと、私は全部わかっているわ。
誰が触れても同じだろうということも。」

「そうか?」

尋ね返す彼が落ち着いている分だけ、レイラは一層焦った。

「あなたが本当に嫌い。これが一番素直な、私の心です。永遠に変わらない心よ。」

視界が曇り、暖炉の火が滲んだ。
クロディーヌに握らされた金を、固く握った瞬間が、その歪んだ光の中に蘇る。

何ごともないようにそれを見守っていた、公爵の姿とともに。

——このままでは、生きていけない。

罪悪感からクロディーヌには向けられなかった憎しみと恨みが、一気に公爵へ、
自分の人生を台無しにするこの男へと噴き出した。

「こうまであなたを憎む女を、あえて引き留めるほど、自尊心のない人ではないですよね。」

「そうだ。」

「ならば、捨ててください。お願い!」

捨ててください、お願い

哀願を嘲笑うように、マティアスはレイラを抱え上げたまま立ち上がった。

「言っただろう、レイラ。お前が明るく振る舞えば、私は面白いと。」

ベッドに寝かせたレイラを見下ろし、彼は微笑んだ。

「お前がこんなに面白いから、私が夢中になってしまうんだろう。」

抑揚のない低い声なのに、レイラは背筋が寒くなり、声を出せなかった。

セーターを脱がせ、ブラウスのボタンを外し始める手に、むしろ安心した。

——耐えれば終わりが来る。
終われば、去ることができる。

その苦痛に、レイラはもう慣れていた。
悲惨なことに、そうなってしまったのだ。

顔を壁のパネル装飾へ向け、唇を固く閉ざして息を潜める。
無気力なようで意地を張るその姿を見下ろしながら、
マティアスは一つずつ服を脱がせていった。

露わになる白い体の上に、ふと、ラッツから持ち帰った美しい鳥が思い浮かんだ。

駅へ向かう前、自ら宝石店に寄って受け取ったオーナメント。
輝くクリスタルの鳥を見た瞬間、思い出したのだ。

去年の晩春、
自然史博物館でレイラが手を伸ばしたあの鳥も、同じ金色の翼を持っていたことを。

覚えていたことすら知らなかった、ごく小さく些細な記憶だった。

——そんなものが、一体何だというのか。

言ってみろ、レイラ

燃え尽きる薪に揺らめく炎が、脱いでいく男の体を照らした。
硬い骨格に沿って動く影を、レイラは呆然と見つめた。

胸は、もはや痛いほどの速さで鼓動していた。
腰を据え直した彼を見て、ようやく現実感が戻る。

遅れて恥ずかしくなり目を逸らしたが、
既にその裸身がレイラへ覆いかぶさった後だった。

裸になった男は、一層大きく強く、レイラを圧倒した。
肘に体重を預け、彼は狼狽するレイラへ影を落とす。

「だが、どうする」

マティアスが、少し首を傾げた。

「素直に振る舞われると、これはこれで、また面白いのだが」

微笑を浮かべた顔は、無情で美しかった。

「言ってみろ、レイラ。」

体を捩じるレイラの上で、彼は時折笑いながら命じた。

「さあ、言ってみろ。私が嫌いだと。憎いと。去ると。
こんな顔で、よくもお喋りして、私を一度楽しませてみろ、レイラ。」

またもや、期待していたのか

どう答えたのだったか。
考えようとしても、混濁した熱だけに満たされた頭は、霧がかかったようにぼやけるばかりだった。

——微かな希望を、抱いていた。

その事実が、遅れて思い浮かぶ。

クロディーヌといた応接室に入ってきた公爵と目が合った瞬間、
果てしない恥ずかしさとともに湧いたあの感情が、まさに希望だったのだ。

——あなたのような男に、またもや馬鹿のように、何かを期待していたのか、私は。

侮辱感は、果てしなく深まった。

——お前はどうせ、こういう存在だ。あまりにちっぽけで、高潔なあの男の人生の、小さな染みにすらなれない。こうして遊んで、捨てれば終わりの、ただそんな女だ。

平然とクロディーヌの傍らへ寄った公爵と、
当然のようにその腕を取ったクロディーヌの姿が、鮮明に浮かぶ。

並んで立つ彼らの前で、自分がどれほどみすぼらしく悲惨だったかも。

——どうして、こんなことができるのか。

心底嫌悪する男に、それでもレイラの両手は、懇願するように肩を掴んでいた。
激しく揺さぶられる体は、まるで自分のものではないようだった。

——どうして、こんなことができるのか。

心とは関係ない。
そう分かっているのに、どうして私が……。

相反する感覚と自責の念が乱雑に入り混じり、レイラを呑み込んでいった。

せめて顔だけでも背けようとした。
それが、彼女に残された最後の自尊心だった。

けれどマティアスは、それすら許さなかった。
顎を掴み、レイラの顔を自分へ向けたまま、涙に濡れて取り乱すその表情をじっと見つめる。

穏やかな目元が歪み、溜まっていた涙が頬を伝った。
その涙に触れながら、マティアスはふいに悟った。

——アルビスを離れている間、ずっと、この顔を思い描いていた。

たった数日で、数え切れぬほどレイラを思った。
これまでになかった、不慣れな感情だった。

——なぜ?

繰り返し考えても答えの出ない疑問が、不快感となって胸の内に燻る。
それを振り払うように、マティアスはぐったりとしたレイラを再び強く抱き寄せた。

激しさを増していく動きに、ベッドが軋んだ。
レイラは汗に濡れた彼の肩越しに揺れる自分の足をぼんやりと見つめ、やがて耐えきれないように目を閉じた。

苦しげな声さえ、マティアスには美しい歌のように聞こえた。
その声に酔うように、彼はますます我を忘れていった。

長く続いた時間が終わりに近づく頃には、レイラはもう、彼を突きのけることも、すがりつくこともできないほど疲れ果てていた。

凍える寒さの中で身を縮めていたのが嘘のように、今は全身が熱を帯びている。
最後には思わずマティアスを強く抱き締め、そのまま力を失った。

すべてが終わって彼が離れても、レイラは身動きひとつできなかった。
ただ横たわったまま、熱い息を繰り返すことしかできない。

その間に、マティアスはベッドを離れた。

静かに、レイラ

長く続いた時間が終わる頃には、
レイラはもう、彼を突きのけることも、すがりつくこともできないほど疲れ果てていた。

凍えていた時間が嘘のように、今は体の芯まで温もっていた。

情事を終えると、公爵はベッドを離れた。

いつものようにシャワーの水音が聞こえてくるはず——そう思っていたのに、意外にも彼はレイラの傍へ戻ってきた。

その気配を訝しみ、レイラは重い瞼を上げた。
帯を締めていないガウンを羽織った彼は、白い湯気を立てる銀の盥を手にしていた。

不思議な心地で首を傾げる間に、公爵がベッドの端に腰掛ける。
湯に浸したタオルを絞る大きな手を、レイラは呆然と見つめた。

「そんなことは、わたし、わたしが……。」

「静かに。」

起き上がろうとする肩をそっと押さえ、公爵が囁いた。ひどくけだるい声だった。
温かいタオルは、既にレイラの頬に触れていた。

「静かに、レイラ。」

狂ったように飛びかかってきた先ほどと同じ人とは思えない、柔らかな手つきだった。
睫毛や頬、唇の周りを、彼は静かに拭っていく。
手首を掴もうとしても、その力には敵わない。

このまま向き合うのがあまりに異様で、レイラは目を固く閉じた。
低い笑い声が聞こえ、濡れたタオルが胸へ触れた。

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

鐘のように打つ左胸の上に、
温かいタオルと大きな手は、かなり長い間、留まっていた。

📖 続きを読む

80話 |あなたがしたいこと|こんな時だけ、素直になる (前の記事へ)

82話|嘘 (次の記事へ)


【免責事項】

※翻訳方針については当サイトの翻訳・引用ポリシーをご確認ください。
※本記事は作品のテーマを考察するものであり実在の行為を推奨・肯定する意図はありません。
※作品の引用・翻訳は著作権法の範囲内で行い、引用元を明記しています。
※本記事は作品内容の分析・評論を目的としたものであり、原作の翻訳全文を掲載するものではありません。