泣いてみろ、乞うてもいい|原作86話 アルビスの子|「綺麗だよ」と、彼は笑った あらすじ【ネタバレ】

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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

空けられた一日の意味

四日の予定は、一日早く終わった。
公爵が三日間、休む暇なく動き続けたからだ。

殺到する招待をすべて断り、きれいに空けられた最後の一日。

その空白は何のためのものか。

マーク・エバースが悟るまでに時間はかからなかった。

――レイラ。

またしても、その名前。

今朝下された命令は簡潔だった。
アルビスに車を送り、レイラをここへ連れてくること。

それだけだったが、従僕は主人があえて口にしない意図まで理解していた。

アルビスの子

この件を、いつまで隠し通せるだろうか。
ビル・レマーがどれほど鈍感でも、あれほど大切にしている養女の秘密に気づかないままでいるはずがない。

だが最近の公爵を見ていると、その心配のほうがおかしく思えてくる。
いつからか公爵は、レイラをあえて隠す気がない人のように振る舞っていた。

完全無欠な生き方に、自ら傷をつけようとするような態度。
彼の知るマティアス・フォン・ヘルハルトでは、あり得ないことだった。

ヘルハルト家の使用人たちは、いつしかレイラを「アルビスの子」と呼ぶようになっていた。

庭園を駆け回って育った、森の妖精のような少女。

その人生を狂わせた一因が、自分たちにもある。
そんな思いが胸をよぎるたび、マークは新人の頃に教えられた言葉を思い出す。

――「判断は我々の役目ではない。」

煤の付いたエプロンのまま

ホテルの前。
車から降りたレイラの姿に、駆け寄ったマーク・エバースは絶句した。

この真冬に、コートもなくショール一枚。
煤のたっぷり付いたエプロン。

「最大限に早く」という命令を、レイラは文字通りに実行させたのだ。
暖炉掃除の格好のまま。

着替えを勧める声を遮って、レイラは尋ねる。

「ここに行けばよいのですか?」

そのままずんずんとホテルへ向かうレイラに、彼は慌てて自分のコートを着せかけた。
きらびやかなロビーで、その姿は一層異質に際立つ。

緊張に身を震わせながら、それでもレイラは引き下がらなかった。

「お前のこういうところが実に好きだよ」

客室の扉が開く。

顔を上げたマティアスの前には、男物のコートに身を包んだレイラが立っていた。
彼はしばらく何も言わず、その姿を眺めていた。

半分ほどけた髪も、皺だらけのワンピースも、毛糸の靴下も、家畜用の革靴さえも、ゆっくり眺めた。

そして、ふっと笑った。

「お前のこういうところが実に好きだよ、レイラ。」

一歩分の距離で立ち止まった彼は続ける。

「いつも若干の破格さがあるからね。面白くて」

「面白いですか? こんなことが?」

レイラは、ここへ来る間じゅう握りしめていた皺だらけの手紙を突き出した。
マティアスは何ともない様子で頷き、赤くなった頬を優しく撫でる。

「綺麗だよ」

久しぶりに目の前にいるレイラは美しく――その綺麗な目に込められた感情が何であるかは、彼にとってそれほど重要ではなかった。

「触らないで」

震える手が、彼の手を荒々しく突き退けた。

手紙が床に落ちた。

ひるんだ様子を隠すように、レイラは頭を一層堂々と持ち上げて公爵を睨みつけた。

「脅迫をしておいて、どうして笑ってそんなことが言えるのですか?」

「脅迫?」

マティアスは不思議そうに聞き返した。

取り繕う様子もないその態度が、レイラをさらに呆れさせた。

落ちた手紙だけが、二人の間に取り残されていた。


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