再会は奇跡のようだった。
けれど、その時間に終わりがあることを知っていたのは、
バスティアンだけでした。
この話を読む前に――なぜ二人は離れたのか
バスティアンとオデットの結婚は、はじめから利害で結ばれたものだった。
出世と復讐のために結婚を利用した男と、
生き延びるために従うしかなかった女。
やがて関係は歪み、執着と支配へと変わっていく。
愛していながら、彼は最後まで手放し方も守り方も知らなかった。
その重さに耐えられなくなったオデットは、ある日、姿を消します。
周囲の手助けによって屋敷を離れた彼女は、辺境の静かな村ロスバインで、偽名を使った新しい生活を始めます。
四日間、待ち続けた男
オデットが姿を消してから、三ヶ月近く沈黙を守っていたバスティアンが動いたのは、
オデットの後見人であるトリエ伯爵夫人を訪ねることからでした。
四日間、門前払いされても毎日同じ時間に現れ、応接室で黙って待ち続けた。
夕食の時間には「ごゆっくり」と言い残して帰る。
断られている身でありながら、
その厚かましさの奥に、以前とは違う何かがあった。
根負けしたトリエ伯爵夫人の前で、バスティアンは跪きます。
軍神と呼ばれた男が、床に膝をついた。
その事実が与えた衝撃は、伯爵夫人の言葉を奪うほどだった。
彼が求めたのは一つだけ。
最善の結末は、オデットと自分が直接決められるようにしてほしい、と。
探偵を使えば居場所はすぐにわかる。
でも、そうしたくなかった。
オデットが選んだ保護者の許可を得て、正当な資格を持ったまま会いに行きたかった。
それだけのために、バスティアンは四日間待ち続けました。
会いたかった
夜行列車でロスバインに向かったバスティアンは、
駅のベンチで仮眠をとり、夜明けとともに歩き始めます。
制服を脱いでリネンのスーツに着替え、宿泊登録簿には偽名を書いた。
—カール・ロヴィスと。
オデットの日常を乱さないための配慮だった。
村への道を歩いていたバスティアンは、
ある家の角に差し掛かったとき、思わず足を止めます。
二階の窓が開いていた。
ツルバラに囲まれた窓の向こうに、オデットが立っていた。
遠い空を見上げる横顔には、以前にはなかった平穏が宿っていた。
バスティアンは一歩後ろに下がり、そのまま見つめていました。
バスティアンは、一歩下がった場所で、見慣れているようで知らないオデットを見つめた。美しいものを台無しにしたくなかった、過ぎ去りし日の心で。(引用:原作167話)
再会は、オデットが予期しない形で訪れた。

広場のカフェのテラス席で、見知らぬ男がオデットに声をかけます。

「旦那様の席ですか?」

「はい。そうです。」
次の瞬間、男は帽子を脱ぎました。
その瞳は、怒りも恨みもない青い瞳。
六月の空のように澄んで穏やかだった。
バスティアンはオデットに告げる。
会いたかった、と。
君に会えずに苦しい気持ちの方が、はるかに大きいから来たのだと。
以前の彼なら、連れ戻しに来たと言ったかもしれない。
けれど彼が口にしたのは、ただ「会いたかった」という言葉だった。
それだけで、この再会に意味があった。
「待つよ」
呆然とするオデットが口を開きかけた瞬間、
バスティアンは静かに返します。
「時間が必要なら待つよ、オデット」(引用:原作168話)
追わず、迫らず、ただ待つと。
以前の彼ならば、絶対に言えなかった一言だった。
しかしオデットは逃げるように席を立ちます。
バスティアンはそれを止めませんでした。
翌日、オデットが主催するティータイムに現れたバスティアンは、
村の女性たちと自然に打ち解け、場を収めていきます。
その夜、裏庭の食卓で二人は向き合いました。
「紅茶を飲むと、辛い記憶が蘇るから」——オデットはそう話しました。
(※注:子供を失ったときの記憶のこと)
謝罪は受け入れた、でも耐えられなかった、とも。
罪悪感や憐憫ではない、あなたの本心は何なのかを、もう一度考えてみて、と話す。
バスティアンは黙って冷めたパイを平らげ、去り際に一言残しました。

「明日こそは、お茶が飲めるようになるかもしれない。」
戦争が、変えたもの
その夜、ホテルに戻ったバスティアンのもとに、海軍省からの急報が届きます。
暗号を読み解いた彼は、その夜のうちに列車でラッツへ向かいました。
海軍省では作戦司令部がすでに動いていた。
南部連合国の大洋艦隊が北海に集結しつつある。
規模はベルク軍の三倍。
バスティアンに下りてきたのは、死地ともいえる最前線への出征命令でした。
「不忠の代償は勝利で払います」(引用:原作171話)
——上官にひざまずいて猶予を請うバスティアンに、与えられたのは七日間でした。
本当は、やり直すための時間を求めていたはずだった。
しかし、この瞬間、決意は変わった。
再びロスバインへ戻ったバスティアンは、
翌朝トランクを持ってオデットの前に現れます。
水曜日が来るまで一緒にいてくれ、そうすれば離婚する、と。
軍から与えられた猶予は七日間。
けれど、ロスバインへ戻るまでの時間を差し引けば、オデットと共に過ごせる時間は、実質あとわずかしか残されていませんでした。
チャンスを求めて来た男は、
終わりを見届けるために残ることを選んだのでした。
その転換を、オデットはまだ知りません。
戦争のことも、この短すぎる数日間に込められた意味も。
軍の機密として、開戦を他言することは許されていなかったから。
残された時間
オデットは長い間、その男を静かに見つめました。
そして、沈黙のまま受け入れた。
二人がロスバインで過ごすことになった時間は、
こうして始まりました。
一方は終わりを知りながら、
もう一方は何も知らないまま。
声に出せない言葉が、すでにそこにあった。
残された時間は、あと五日。
オデットはまだ、この静かな時間に終わりがあることを知らなかった。
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