🌹 本記事は『バスティアン』原作103話をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分は原作の表現を引用しています。
オデットは、ティラと婚約者のニック・ベッカーを、
人目につかないカフェに呼び出した。
結婚を許す条件は一つ。
できるだけ早く新大陸へ旅立つこと。
カフェでの約束
「どうしても、こうしなきゃいけないの?」
ティラは、ひどく緊張した顔で様子をうかがっていた。
「そうよ。これが、結婚を許す条件なの」
ニック・ベッカーのご両親が結婚に反対していたが、
ティラと彼女のお腹の子を受け入れてくれたという。
彼は力強く頷き、できるだけ早く結婚して旅立つと約束した。
新大陸に定住している従弟もいる、と。
「なんでそんなに急いで遠くへ行かなきゃいけないの」
ニック・ベッカーはティラを見つめながら言った。
「あそこなら、君の出自を問題にする人はいない」
その眼差しからは、心からの哀れみと愛情がにじみ出ていた。
最後の懸念さえも消えたオデットは、
カバンから分厚い封筒を二人の前に差し出した。
「これだけあれば住まいを借りて、身の回りのものを揃えるくらいにはなるでしょう。
これはお二人の船の切符よ」
もう一つの封筒を渡すと、ティラの目が飛び出すほど大きくなった。
新大陸へ向かう移民船の乗船券だった。
「10月31日? 早すぎるわ!」
「ぎりぎりの日程ではあるけれど、結婚式を挙げて移民の準備をするには十分な時間だと思うわ」
ティラの涙
「一体、なぜこんなことをしなきゃいけないの?
お姉ちゃんの面目に泥を塗った私が恥ずかしいから?
だから早く結婚させて、遠くに追い出そうとしてるの?」
「落ち着いて、ティラ・ベラー」
—— ベラー
静かにその名前を反芻していたティラは、とうとう泣き出した。
「もし私がディセンだったとしても、お姉ちゃんはこんな決断をした?
結局、お姉ちゃんとは格が違うメイドの娘だと思っているんでしょう!」
「そんなみっともないことを言って気分が晴れるなら、そうすればいいわ。
お腹の子に聞かせるような話ではないと思うけれど」
冷淡な忠告を告げたオデットは、席を立った。
「行かないで、お姉ちゃん!」
慌てたティラは、すがるようにオデットのコートの裾を掴んだ。
「ニックの故郷に行って、静かに暮らすわ。お姉ちゃんに迷惑をかけるようなことは、絶対にないと約束するから」
「ティラ」
「お姉ちゃん、本当に私がいないほうがいいの?
私は嫌よ。お姉ちゃんがいない遠い場所へ行きたくない!」
「子どものように振る舞うのはやめて」
オデットは、優しくも断固とした動作でティラの腕をそっと外した。
「ティラを頼みます、ベッカーさん」
母親を探す子どものようなティラの泣き声が胸を引き裂くようでも、振り返らなかった。
無責任な同情はかえって毒になるだろうから。
ティラのためを思うなら、冷淡になるべき時だった。
カフェを出たオデットは、ただ前だけを見てひたすら歩いた。
もう、すべて終わった。
オデットは唯一の慰めとなるその事実を心の中で繰り返し、目を閉じた。
クラブハウスの論争
マクシミリアン・フォン・ジェンダースだった。
バスティアンは、細くしかめられた目でバーの入り口を見つめた。
眼鏡と帽子、そして杖まで。
スポーツ好きが主流をなすこのクラブでは、めったに見かけない外見だった。
「高貴なるジェンダース伯爵が、どういうわけでこんな汚い場所までお越しになった?」
ちらりとそちらを見たエーリッヒが、皮肉な冗談を飛ばした。
酒を飲みながら馬鹿話に興じていた一行の視線が、一斉にそこへ集中した。
「億万金でも手に入らない名誉ではある」
「どうだろうな。クラウヴィッツの財産なら可能かもしれない」
つまらない論争の飛び火が、不意にとんでもない方向に跳ね上がった。
「金があれば貴族の夫人だって買い取れる世の中になったのに」
「エーリッヒ!」
すっかり酔いが回ったエーリッヒは止まらなかった。
同じ父親を持ちながら、異母弟は貴族の母を持ったというだけで別世界に生きている。
しかしバスティアンは、父親より高価な妻を手に入れた。
皇帝の姪であり公爵の娘。
血統だけはこの帝国最高と同じようなものだ、と
「金が作った新時代の貴族だ!」
「頼むから、その口を閉じろ、エーリッヒ!」
ルーカスの怒鳴り声で、エーリッヒの長広舌は幕を閉じた。
うんざりし始めたバスティアンがジャケットを手に取ったその時、伯爵と目が合った。
短い会釈で礼儀を示すと、マクシミリアンも同じやり方で挨拶を返した。
いつものように上品だったが、どことなくぎこちない印象を拭うのは難しかった。
大金を積んでも手に入らない名誉ではある。
無関心に聞き流していたジェンダースの評判を反芻しながら、
バスティアンの口元にフッと笑みがこぼれた。
果たしてそうだろうか?
ふとそれが気になったバスティアンは、足を向けて伯爵と向き合った。
日差しの差し込む窓際のテーブルに座るマクシミリアン・フォン・ジェンダースは、
ティーカップを前にして本を読んでいた。
他人の妻と遊び歩いている男にしては、高尚な佇まいだった。
現時点では最も興味をそそられる取引の条件に向け、
バスティアンは大股で歩き始めた。
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