🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
毒は、届いてしまった。
病院へ駆け込むバスティアンを待っていたのは、
血に染まった服の裾と、もう聞けない心音だった。
東棟の3階
急ブレーキの金属音とともに、バスティアンは病院へ駆け込んだ。
海軍省に届いた急報。
倒れた奥様が、クラーマー博士の病院へ緊急搬送された——往診ではなく病院ということは、避けられない緊急事態を意味する。
そこまで考えた時には、席を蹴って走り出していた。
血痕で汚れた制服のロヴィスが謝罪を重ねる。
それを冷たい質問で遮った。
「妻はどこに?」
東棟の3階。
廊下では、血に汚れたエプロンを身に着けたままのドーラが、彼を見つけて泣き崩れた。
その脇を通り過ぎ、ためらいなく病室のドアを開ける。
薬品と血の匂いに、一瞬息が止まり、鋭い耳鳴りが響いた。
罠となった真実
クラーマー博士は、あえて冷静な医師として告げた。
「毒だ。茶葉に毒を混ぜたそうだ。幸い、致死量は摂取しておらず、毒の種類も特定されたので解毒剤を投与しているところだ」
オデットは、助けられる。
——だが。
「残念だが、子供は諦めなければならないでしょう」
黙礼で応えるバスティアンの、強く握った拳だけが痙攣するように震えていた。
バスティアンは、止まっていた足を動かし、妻のそばに近づいた。
凄惨な姿とは裏腹に、目を閉じた顔は眠っているように穏やかだった。
名前を呼ぼうとして、声が出ない。
血に濡れた手を掴もうにも、指一本も動かなかった。
まるで、死にかけた母親を見つけたあの夜の、
無力な子供に戻ってしまったかのように。
——『それが、お前のやり方で、愛なんだろう? 違うか?』
耳鳴りの間に、フランツの笑い声が響く。
ようやく認めた真実が、今度は罠となって首を絞めた。
荒くなる息のまま顔を向けた先に、あの日の父の顔があった。
妻と子を死なせておきながら、平然としていた怪物の顔。
それが、病室の鏡に映る自分自身の顔だと気づいてからも、
バスティアンの視線は、長くそこに留まっていた。
幸運の女神
海は、いつの間にか午後の日差しに染まり始めていた。
崖下の岩場で、モリーは息を潜めていた。
本家と内通する際に使っていた抜け道は塞がれていた。
予想外の出来事に加え、激しく吠えたてるオデットの犬が近づいてくる。
選んだのは崖を下る賭けの道。
足を踏み外して宙に浮いた体で、それでも命を拾った。
天運が味方したようだった。
エプロンを裂いて傷を縛り、砂の道を歩き出した。
この先にはアルデンヌ湾の海水浴場がある。
テオドラの指定した待ち合わせ場所は遠くない。
残金を受け取る時間だ。
貧しいお姫様を見捨てた幸運の女神は、今や自分とともにいる——希望に胸を膨らませ、モリーは脚の痛みも忘れて小走りに進んだ。
幸い、あの狂った犬は、もう見えなかった。
初めてのプレゼント
子供が母体から取り出された。
その知らせは、夕暮れ時に届いた。
赤い光に染まる待合室で、バスティアンは看護師に短く「お疲れ様でした」とだけ返した。
鏡の前で身だしなみを整える。
勲章と記章が夕日に輝いていた。
指先の微かな痙攣は、長くは続かず消えた。
病室では、医療陣が謝罪と慰めを述べた。
オデットは無事だった。
付き添いのメイドによれば、カタログに夢中で、お茶をほとんど飲まなかったという。
何のカタログかは、推測するまでもなかった。
——初めて、子供のために用意したプレゼントだった。
結局その手には渡らなかったが、
そのおかげでオデットを救えたのなら、それで十分だった。
白い布の下
患者の状態に、今後の治療計画。
理性的な会話を続けるバスティアンに、クラーマー博士はようやく安堵しかけた。
相変わらず堅固で、強靭に見えた。
「子供はどこに?」
その質問に、博士は凍りついた。
わざわざそんなことをする必要はない、子供は我々がきちんと見送る——断固として首を振る博士に、抑揚のない声が返る。
「私の子供です。権利は私にあります」
頼むからやめてくれと立ちはだかる肩を、彼は丁寧に離した。
病室の隅、小さなカゴの中。
永遠の眠りについた、クラウヴィッツ夫妻の子供。
足音が止まり、一層深い静寂が訪れる。
じっと見下ろしていたバスティアンが、白い布を掴んだ。
クラーマー博士は悲痛なため息とともに、後ろを向いた。
嵐が過ぎ去った海のような静けさは、
夕焼けの名残が消え、空が完全に闇に包まれるまで、続いた。
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