🌹 本記事は『バスティアン』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
夜のベンチ。
塀の外で見た光景に打ちのめされた男が、それでもチャイムを鳴らす。
オデットの心の扉を開けたのは、彼女が最も待ち望み、
彼が最も言いたくなかった一言だった。
死刑囚の最後の晩餐
ジェンダース伯爵の車が角の向こうに消えるまで、バスティアンは川沿いの柳の下のベンチから見守っていた。
暗闇に隠れて妻の恋愛事情を盗み見ている姿は、いかにも情けなかった。
いっそこのまま出征したほうが、お互いのためだったのではないか。
それでも視線は、オデットの家から離れなかった。
1階の明かりが消え、2階の窓に明かりが灯る。
カーテンに映る影が行き来するたび、言葉にできない激しい感情が込み上げた。
猶予を許した時、上官は言った。
「これは英雄に対する帝国の特別な配慮だ」——慈悲深くはないはずの軍が寛容さを見せるのは、良い兆候ではない。
戦争は勢いの戦い。敵が名将で先手を打ってきたのだから、ベルクはその名将を打ち破った英雄を立てて士気を高める。——つまり、自分が立つのは、死地の最前線。
特別に与えられた数日間の猶予は、死刑囚に与えられる最後の晩餐のようなものだった。
——なのに、こんなざまだ。
オデットを尊重するなら、このまま立ち去るべきだと分かっている。
謝罪も、許しも、愛も、もうすべて無意味になった。
願いを叶える名分も、時間も残っていない。
「俺は、君にとっての不幸だということを知っている」
淡々と、自身の限界を受け入れた。
幸せにする方法など分からない。どんなに努力しても、結局また傷つけるのだろう。
愛していても、自分は彼女を不幸にする。
——それでも僕は。
バスティアンは大きな足取りで、川に架かる橋を渡った。
「離婚しよう」
チャイムの音に開いたドアの向こう、
パジャマにレースのショールを羽織ったオデットが、震える唇を開いた。
「……バスティアン? 一体これは……」
「数日だけ、僕を我慢してくれ」
億万金にも値する時間だった。自己中心的な決断でも構わない。
どうせ終わりなら、もう一度悪役を演じられない理由はない——最後までクソ野郎でいてやれば、いっそ憎むことができれば、オデットの心はずっと軽くなるだろうから。
「君の言う通り、罪悪感や同情心のせいかもしれない。ああ、そうだ。考えてみれば、そうかもしれない」
怯えるオデットを前に、バスティアンはその痛みを払いのけた。
深く、冷たく沈む眼差し。
「だから、それを確かめる時間をくれないか」
「今、何を言っているんですか?」
「ちゃんとした終わりを見届けようという意味です」
「……終わり」
夢のような話に呆然とするオデットを現実に引き戻したのは、
暗闇でキラキラ光るシャンパンの瓶だった。
乱れた服装と髪——少しの乱れもない普段の彼とは、明らかに違う姿。
「水曜日が来るまで、一緒にいてくれ。そうすれば、君が望むようにする」
「あなたは、私が何を望んでいるかも知らない人だったんじゃありませんか?」
勝手に約束を破り、勝手に訪ねてきて、勝手に心をかき乱す。
少しも変わっていない男への失望が憤りとなって爆発しそうになった、その瞬間——確信に満ちた答えが聞こえた。
「離婚しよう」
夏の夜の風のように穏やかな声が、あれほど待ち望んでいた知らせを告げた。
「最後の最後まで行ってみても、結局同じことなら、その時こそ終わりにしてさしあげます。これならレディ・オデットも損をする取引ではないと思いますが、いかがですか?」
礼儀正しい他人のような顔で、一歩下がる男——ついに正解を見つけた男を、オデットは長い間、深く見つめた。
トランクを持った従兄
眠れないまま夜が明けた。
昨夜、夢のように現れた男は、沈黙するオデットを見下ろした後、「それでは取引成立と見なします」と通告して、夢のように去った。
玄関のシャンパンがなければ、悪夢だと思っただろう。
早朝、再びチャイムが鳴った。
ドアの向こうには、旅行用トランクを手にしたバスティアンがいた。
折悪しく通りかかった散歩中の老婦人に、彼は気兼ねなく挨拶した。
「従姉妹の家で数日、お世話になることになりました。この村が気に入ったので、残りの日程はここで過ごす予定です」
「見込みのある若者ですね。そうでしょ、マリーさん?」
「……はい?ええ、はい。奥様」
老婦人が去り、ようやく二人だけになった。
「お客様として滞在して、去ると約束できますか?」
「まさか、それ以上を望んでいらっしゃいましたか?」
ニヤリと笑う顔には、少年のような茶目っ気が滲んでいた。
「ついてきてください」
諦めたような返事をし、オデットは、先頭に立って家の中へ入っていった。
案内された客間は、前の持ち主が置いていった古いベッドと、扉が片方外れたクローゼットだけの部屋。
布団は稽古の後に買ってくると慌てて付け加えるオデットに、「従姉妹殿の過分なもてなしに、恐縮するばかりです」と意地の悪い返事が返ってきた。
「今日もジェンダース伯爵の別荘に行くのですか?」
トランクを開けながら、バスティアンが不意に尋ねた。
「いいえ。隣の村のブドウ農園の娘さんを教える日です」
「ブドウ農園のあるあの家?」
「そうです」
制服のシワを伸ばしてクローゼットにかけ、他の衣類まできちんと整理していく。
「授業は大体12時頃に終わるようだったが」
オデットは男をじっと見つめた。
——尾行していた事実を、隠す気すらないらしい。
「12時。時計台の下で待っている」
「必要なものは私が……」
「約束を守ってくれ、オデット。時間をくれるんじゃなかったのか」
「それなら、あなたも約束を守ってくれるんですか?」
「ああ。そうしよう」
素直に頷いて微笑む——なぜだか物寂しげに見える青い眼を、オデットは長く見つめた。
まるで深い水底のようだ、と思った。
——水面は美しくきらめいているが、その下を計り知ることができないほどに。
時計台の下で
翌日の授業は30分遅れて終わった。
昼食の誘いを断って急ぐオデットの後を、今日もまた、生徒の兄が外出のふりをして追ってきた。
「ヴェラー先生、今日も先約がありますか?」
「ええ、従兄に会う約束をしているんです」
時計台の下のベンチでは、バスティアンが新聞を読んでいた。
「もし、僕を拒絶するための嘘だとしたら……」
「マリー!」
しつこい男が行く手を阻んだのと同時に、バスティアンの声が響いた。
新聞を畳んで立ち上がり、大股で広場を横切ってくる。
戸惑った生徒の兄は、慌てて家の方へ去っていった。
「参りましょう、姉さん」
後ろをちらりと見る男と目が合ったバスティアンは、見せつけるように丁重にエスコートを求めた。
日傘を畳んだオデットは、差し出された腕にそっと手を添えることで、芝居に加わった。
二人は、眩しい陽光の中へ、並んで歩き始めた。
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