泣いてみろ、乞うてもいい|原作93話 好き|「あの人を、私が好きなの」あらすじ【ネタバレ】

泣いてみろ、乞うてもいい|原作93話 好き|「あの人を、私が好きなの」 原作カテゴリ

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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。会話部分は原作の表現を引用しています。
ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

お互いに、楽しい取引だ

「お帰りください、お願いです!」

周囲を窺い、レイラは顔色を変えて叫んだ。

怯えた瞳も、みすぼらしい身なりも、あの甘い一日を否定しているように見えた。
——あの甘かった一日の記憶に、意味を見出したのは、自分だけだったのだと。

数多のもしもを想定し、道に迷った気分でここを訪れた自分が、
マティアスにはたまらなく滑稽に思えた。

マティアスは、レイラを「自分の何者にもなれない女」だと思っていた。

だが今、その関係から締め出されているのは、むしろ自分の方だと思い知らされる。
それなのに彼は、レイラにとっての「何者か」になりたいと渇望していた。

あり得ないことだが、いつからかそうだった。
——いや、もしかすると最初から。

「何をするんですか?そんな資格ないでしょう!」

後ずさりして、レイラがもう一度鋭く叫んだ。
床に落ちた食料品の袋から、ガラス瓶の割れる音が続く。

「資格?」

マティアスは、落ちた物を拾おうと屈んだレイラを乱暴に引き起こした。
逃げるように退くレイラに続き、彼も敷居を跨ぐ。

「ここまで来て、私にこんなことをする資格は、あなたにはありません。」

背筋を伸ばし、レイラは彼を睨みつけた。

——あの日のことが、ひどく古い夢のように感じられた。

やはり、何も期待しないでいて良かった。
あのおかしな一日を遠い街に置いて戻り、直面した現実は、結局これだけなのだから。

「自分の役割は果たしているじゃないですか。それなのに、どうしてこんなことを。約束したのに、どうしてここへ、この家まで……。」

押し戻そうと必死に試みたが、圧倒的な力の差には敵わない。
その無力感が、レイラの怒りを掻き立てた。

——クロディーヌと散歩する公爵を見たのは、
干し草を積んだ荷車を引いて馬小屋から帰る途中だった。

庭の散策路を出ることの稀な令嬢が、馬小屋と森の間の道を歩いていた。

遠くに見つけるやいなや、レイラは木々の間に身を隠した。
一緒にいる二人の前に立ちたくなかった。

——どうか見つかりませんように。切迫した気持ちで祈った。

幸い二人はレイラを見ず、立ち去った。

急いで荷車を引き、走った拍子に転んで干し草をぶちまけ、
全身と髪に張り付いたひどい格好になった。

見つからなかった安堵。惨めな羞恥。そこへ悲しみと自己嫌悪まで絡みつく。
自分でも、その感情に名前をつけられなかった。

「こんなことをする理由は何ですか?
私を訪ねなかった数日が、退屈だったとでも?
このみすぼらしい場所まで、わざわざおもちゃを持って遊びに来るほどに?」

無意味だと知りながら、レイラは牙を剥いた。

自分ばかりが傷つくのは、もう嫌だった。
一度くらい、この痛みを彼にも味わわせたかった。

「その口を閉じろ、レイラ。」

マティアスの声は、ぞっとするほど低く沈んでいた。

本能的な恐れに凍りつきながらも、レイラは止まらなかった。

「だったら、気が済むまで遊びなさいよ。好きなようにして、気が晴れたら立ち去ってくれるんでしょう。」

避けずに、レイラは彼の目を見つめた。

「脱いであげましょうか?違ったわね。それは面白くないと仰っていましたものね。だったら、思いのままにどうぞ。私はどちらでも構いません。どうせ、ひどいだけなのですから。」

「やめろ、レイラ・ルウェリン。」

「どうしてですか?もう何もかも、面白くなくなったのですか?だったら結構ですね。捨ててください。公爵様が私にくださる、唯一の喜びになるでしょうから。だから……あっ!」

突然、体が浮く感覚に、レイラが悲鳴を上げた。

何が起きたか悟ったのは、ひょいと抱え上げられ、食卓の上に放り下ろされた後だった。

「お前は、俺が気が狂うのが面白いようだな。」

押さえつけながら、公爵が囁いた。

「……たぶん、そうでしょうね。あなたが私の涙を面白がるのと、同じくらいには。」

気を引き締め、レイラはきつく言い返した。

だが、傷つけたいその男は、狂ったようにクスクス笑って、レイラの期待を踏みにじった。

「だったら、今度はお前が泣くのが、公平な取引だろう。お互いに、楽しい取引だ。」

頭を撫でていた手が、荒々しく顎を掴む。
レイラは今なら公爵をどんな言葉でも罵れる気がしたが、その機会は与えられなかった。

吐き出した熱い溜め息は、近づいたマティアスの唇の上で砕けた。

間もなく一つに混じって荒くなる息が、闇の中へ染み込み始めた。

見ても、信じられない光景

カイルは、小屋の倉庫の横に自転車を停めた。

幾度も悩んだ末の結論だけに、その表情は決然としていた。
押し潰されて息が詰まるよりは、いっそレイラの返事を聞きたかった。

ブラント令嬢の言葉が事実なら、なおさらだ。

そうなれば、レイラを救わなければならない。
以前に戻れなくても、あの子の人生が台無しになるのを、放ってはおけない。
絶対に。

深く息を吐き、カイルは最後の躊躇を拭った。だがその覚悟は、ドアの前に着く前に不安へ変わった。

ドアは開いているのに、家の中は真っ暗だった。
玄関の前には、無造作に落ちた物がある。

ぼうっとしていたカイルは、すぐに真っ青になって駆け込んだ。
闇だけの小屋が恐ろしい想像を呼ぶ頃、それよりさらに恐ろしい光景が目に飛び込んだ。

台所の食卓の上に、誰かがいた。

大きな男だと思った次の瞬間、カイルはその下の女の存在に気づいた。

「……レイラ?」

名を呼ぶ声が、震えていた。

目の前の光景を、頭が現実として受け入れなかった。
カイルはその場から動くことさえできなかった。

首を回して彼を見る二人も、同じだった。

——レイラ。そして……ヘルハルト公爵。

その男を見分けたカイルの瞳が凍りつく間に、公爵はゆっくりと身を起こした。
服が半分脱げたレイラと違い、彼は赤く濡れた唇のほかに、乱れたところのない姿だった。

「これは……今……。」

指先から始まった震えが、またたく間に全身へ広がる。

だが公爵は、何でもない顔でカイルに向き合った。
慌てて起き上がったレイラは、その背後に隠れて服を引き上げた。

「一体、これはどういうことですか?」

開いた玄関、散乱した食料品、目の前のヘルハルト公爵を、カイルは順に見つめた。

何を見ても、もう否定する材料にはならなかった。
カイルの瞳が、絶望に沈んでいく。

「お前が見たままだ。」

軽く頷いたマティアスが、大したことではないように言った。
何も隠す気のないその態度が、カイルの最後の理性の糸を断ち切った。

——ブラント令嬢の言葉は正しかった。公爵が、レイラを踏みにじったのだ。

「あなた……レイラに、一体何をしたんだ!」

カイルは絶叫し、公爵へ走りかかった。
レイラが察した時には、既に二人の男が絡み合った後だった。

「カ、カイル!ダメよ!やめて!」

止めようとしても、争いは熱を帯びていく。
だが、それは対等な殴り合いですらなかった。

カイルはなりふり構わず襲いかかり、マティアスは殴り合う気もなく熱意なく防いだ。
それでも、威圧的に見えるのはむしろマティアスだった。

「お前は人間か?人間がどうして、こんな真似ができる!レイラを、どうして!」

よろめいたカイルが、再び飛びかかる。
泣くレイラに一瞬視線を向けたマティアスは、その拳をとっさに避けられなかった。

切れた唇の血を手の甲で拭う間に、カイルは震えるレイラへ近づいた。

「いつからだ?あの野郎はいつから、こんなことをした?」

レイラは唇を開いたが、熱い息が不規則に漏れるだけだった。
カイルは、その手首をがっちり掴んだ。

レイラのように、カイルも泣いていた。

「行こう、レイラ。僕が……僕が救ってあげる。だから、一緒に行こう。」

連れ出す勢いで振り返ったが、二人は一歩も踏み出せなかった。

公爵が、前を遮って立ちはだかっていた。
冷酷な表情とは裏腹に、傷ついた口元の微笑みは穏やかだった。

「どけ。」

軽蔑のこもったカイルの言葉にも、公爵は動じない。
わずかに首を動かして見たのが、全てだった。

「ダメです……。」

公爵の瞳に宿るぞっとする怒りを察し、レイラが怯えて呟いた。

一瞬彼女をかすめた視線は、すぐカイルへ戻り——その瞬間、血の付いた手がカイルの顔めがけて飛んだ。

好き

レイラが悲鳴を上げる間もなく、二人の争いは油をかけた炎のように激しくなった。
レイラを放したカイルは怒りに我を忘れて飛びかかり、公爵ももう、適当な防御を貫かなかった。

殴り合う二つの影が、濃くなった闇の中で入り乱れる。

「やめて!カイル!カイル!」

レイラは倒れたカイルを全身でかばった。
その姿を見た瞬間、マティアスの眼差しが凍りつく。

「こんなことはやめて、カイル。お願い。」

再び立ち上がろうとする肩を掴み、レイラは哀願した。
怒りに暴れていたカイルの目が、ようやくレイラへ向く。

「レイラ、あの野郎が君を……っ。」

歪んだ顔は、今や涙でびしょ濡れだった。
息を切らして吐く一言一言が、まるで熱い嗚咽のようだった。

「違うわ。違うの、カイル。そんなんじゃない。」

首を振るレイラの顎の先から、溜まっていた涙の粒が、ぽろぽろと落ちた。
大股で近づいたマティアスの影が、見つめ合うカイルとレイラの上に覆いかぶさる。

「……す、好きなの。」

マティアスが腰をかがめた瞬間、レイラは唇を開いた。

首を絞められたようにか細く漏れたその囁きが、
肩を掴もうとしたマティアスの手を止めた。

「私が……私が、好きなの。」

もう一度、震えの増した声で、レイラは泣きながら囁いた。

血走ったカイルの目が、一瞬で空っぽになったように呆然とする。

「あの人を、私が好きなの、カイル。好きなの……。」

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