オスカルの独白は続いた。
イネスは目まぐるしく回る視界に耐えながら、その言葉をすべて聞き流していた。
外からの新たな気配。
何らかの物音。
彼女が待ち望んでいた時だった。
ネタバレ注意
ここから先は、重大なネタバレを含みます。
第16章「川はみな海に注ぐが、海は満ちることがない⑮|あらすじ
イネスは刃物を手に、オスカルと向き合っていた。
オスカルは語った。
指を、手首を、足首を失い、
最後には床を這って自ら刃物に首を押し当てて死んだことを。
そしてその死によって、
使徒から回帰の真実を告げられたことを。
使徒と回帰の刑罰
「私は知った上で選択したんだ」
「ひたすら君が生きていた時間へ、再び戻るために」(引用:原作7巻)
神に定められた寿命を全うできずに死んだ者には、
生をやり直す機会が与えられるらしい。
その機会は本来、前の人生を忘れたまま、
より良い人生を願う余地を含んでいる。
しかし、自ら命を絶った者は違う。
忘却という慈悲も、より良い人生の約束も与えられない。
ただ、記憶を持ったまま、少しだけ巻き戻された時間の中へ突き落とされる。
オスカルはそれを「権能」と呼んだ。
無知な人間たちの中で、一人だけ知っている者として生きられると。
イネスは笑った。
何も記憶していない人々の中で、一人だけ取り残されたまま狂っていくことが権能だなんて。
死ぬこともできずに生きていかなければならないことが権能だなんて。
そして彼女は、オスカルが語る壮絶な最期にさえ冷ややかだった。
「相変わらず大袈裟ね。結局、痛いのが嫌で自決したんじゃない。前回は確かに、私を生き返らせるために何度も死んだと言っていたくせに……。」(引用:原作7巻)
彼らが運命であるほかなかった
オスカルは自らの拷問と死を語り続けた。
「それで終わり? 腕と脚は? あなたのあの汚らわしいモノは?」
「あ、本当にすべて切り離したようね、アレをも。」(引用:原作7巻)
彼女は幸せそうに笑った。
三百年も前の方式で復讐を遂げた兄が、愛おしかった。
その兄と共に謀略を行い尽くしたであろうカッセルを、抱きしめてあげたかった。
だから、結局のところ、それこそが己の運命なのだ、とイネスは思った。
彼らが運命であるほかなかったのだと。
私よりわずか数ヶ月早く
「君はいつでも、私よりわずか数ヶ月早い時間へと戻って、すべてのことを狂わせる」
(引用:原作7巻)
十六歳の時にはエミリアーノと消え失せ、
六歳の時には早々にカッセルと未来を約束してしまった——オスカルはそう言った。
「今度ばかりは耐え抜いたじゃないか。君を放っておいたじゃないか」
神の御心だから、
いつかは自分のものになると信じて待っていたのだと。
「あの画工が身の程知らずにも君を連れ去った時から、カッセル・エスカランテも、ルシアーノ・ヴァレスティナも、彼らは私にとって何者でもなかった。
復讐など大した問題ではなかったんだ。私にはひたすら君しか見えなかった。
イネス、あの時から、今まで……」(引用:原作7巻)
イネスは答えなかった。
証人が来る気配は、着実に近づいていた。
完璧な証人
イネスは刃物を持ち替えた。
縦から横へ、そのまま、オスカルの肩を不意に長く切り裂いた。
一瞬も悲鳴を堪えることのできない口が、
弑逆されようとしていることを知らせるかのように怒鳴り声を上げた。
外から扉が荒々しく音を立て、アリシアが騎士たちを急かす声が聞こえた。
—— 完璧な証人ね。
壁を伝って崩れ落ちたイネスは、
薄れゆく視界の中で、愛する夫の凄惨な有様にどうしていいか分からず悲鳴を上げるアリシアを凝視しながら笑った。
ただアリシアにだけ、それと分かる微笑みで。
刑務所(ベルグラーノ)へ
「近衛隊と陛下の侍従長を呼んで!
イネス・エスカランテが皇太子殿下と密通していた最中、殿下が寵愛していらっしゃる他の愛妾に嫉妬して刃物を振り回したと」
「罪人には、直ちにベルグラーノへの護送が必要よ。エスカランテが、ヴァレスティナがこのことを知る前に」
アリシアがイネスに近づき、静かに見下ろした。
そして彼女の手を靴のヒールでじわじわと踏みにじった。
左手が治るや否や指が折れた。
しかしイネスは小さな呻き声一つ漏らさず、アリシアを冷静に見上げた。

「私が望んでいたやり方ではないけれど、
何はともあれ消えてくれるというのだから」

「皇太子が、私を強姦しようとしたのよ。
ご覧の通り、私は最後まで抵抗したけれど」
(イネス)「あなたがどんな言葉を吐き出そうと、結論はそれだけよ」(引用:原作7巻)
連行
近衛隊が踏み込んできた。
気絶していたオスカルが遅れて正気を取り戻し、狂乱したように叫び立てた。
「手を出すな、連れて行くな、あの女は何もしなかった……。」
彼女がさっきまで、自分に向けて何を語ったのかなど、想像すらできないかのように。
イネスが消え去る光景を苛立たしげに見つめていたアリシアは、やがて、騒がしいから殿下を早く眠らせるように、と命じた。
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▶ 原作6巻総括|神は救わない。それでも人は救われていく
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※本記事の人名・地名は原作ベースの仮訳です。今後の公式翻訳により表記が変更される可能性があります。