🌹 本記事は、『この結婚はどうせうまくいかない』原作第7巻・終章をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分や必要な箇所では、原作の表現を引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
※地名・人名について:本作には現時点で原作小説の公式日本語翻訳版がないため、地名・人名などの固有名詞は原文をもとに当サイトで日本語表記しています。今後、公式日本語版で異なる表記が採用される可能性があります。
終章|風はかつて吹いていた場所へと帰っていく 04
目覚めたカッセルが立場を一気に引っくり返す。
バスケスはなぜカッセルを生かし続けたのか——。
そして砂浜での平伏の先に待っていたのは、慈悲ではなく尋問だった。
空き缶へ水でも詰めて配っていたとは
撃つ、本当に撃つぞ——
キィキィと叫びながら後ずさっていた男から、カッセルはラッパ銃をひったくると、そのまま容赦なく銃床を振り下ろした。
鈍い音が響き、胸の飾帯に何丁もの銃をぶら下げていた男は、痙攣しながら動かなくなる。
残された海賊たちは、一斉に幽霊でも見たような顔になった。
三十日以上も生死の境をさまよっていた人間とは思えない動き——とはいえ、カッセル自身からすれば、到底満足できる速さではない。
身体は鈍く、思うようには動かない。
それでも海賊たちは、雷が落ちた瞬間でも目撃したかのように飛び退いた。
(……まだ何もしていないが。)
カッセルにしてみれば、その程度のことだった。
だが彼らの目には、不敗と謳われたオルランドを討ち取った男の威名が、
そのまま乗り移ったかのように映っていた。
その隙に、カッセルは奪ったラッパ銃を軽く振ってみせる。
まるで、お前たちの銃など役に立たないことは知っているぞ、と言わんばかりに。
「ブルゴスはよほど貧しかったらしいな。銃の代わりに、空き缶へ水でも詰めて船員へ配っていたとは」
海賊にとって、武器は命より重い。土地が農民の力であるように、武器こそが海賊の力だった。
壊れて使い物にならないとはいえ、高価な銃を「空き缶」呼ばわりされたのだ。
それは、海賊すべてを侮辱する言葉でもあった。
——そして、その意味にようやく気づいた数人が、互いに顔を見合わせる。
「……待て。さっき俺たち、銃が壊れてるって話をしたか?」
「誰が……?」
視線が一斉に、バスケスの凍りついた横顔へ向いた。
聖人みたいな馬鹿どもだと思った
「ラ・マンチャ語が分からないのか?」
ついさっきまで騒がしかった連中を見回し、カッセルは首を傾げる。
「さっきまであれほど口数が多かったくせに、どうした。揃いも揃って黙り込んで」
そう言うと、殴り倒した海賊の頭を、軍靴でゆっくりと踏みつけた。
「……バスケス。大事な部下が死にそうだぞ」
名乗った覚えもない男に、当然のように名を呼ばれたバスケスは息を呑む。
カッセルは踵を男のこめかみに当てたまま、わずかに足先を動かした。
その気になれば、このまま首の骨をへし折れる。
バスケスの顔から血の気が引いた。
部下の命を案じたからではない。次にその場所へ転がされるのは自分だと、悟ったからだ。
「そこの黒髪」
「えっ……な、何で——」
思わず敬語を使ってしまった男が、慌てて居丈高な態度を取り繕う。
滑稽だった。
「バスケスは生まれつき口が利けないのか?」
「……何だと?」
「いや、違うな。喋れないのは、お前の方か。声は出せても、言葉は話せないらしい」
誰一人、返す言葉がなかった。
カッセルは鼻で笑う。
「目を覚ました時はな——
聖人みたいな馬鹿どもだと思った。今はただの、救いようのない馬鹿どもだ」
結局、足元の男の首を踏み折ることはせず、
カッセルは最も近くにいた別の海賊へ一気に踏み込んだ。
ラッパ銃を振り抜き、銃を構えた手を打ち据え、取り落とした男の額をさらに殴りつける。
内部の機構が壊れていても、重い鉄の塊であることに変わりはない。
鈍器としては十分すぎる武器だった。
その時、背後からバスケスが半月刀を抜き放ち、叫び声とともに斬りかかってきた。
「……うるさい」
(奇襲なら黙って斬れ。いちいち触れ回るな。)
そう言いたかったが、「触れ回る」に当たるラマンチャ語がどうしても思い浮かばない。
新聞も広告もない連中なのだから、そんな言葉自体ないのかもしれない。
そう考えると、余計に腹が立った。
カッセルは近くの海賊の腰から半月刀を素早く抜き取ると、
振り下ろされたバスケスの刃を受け止めるどころか、力任せに弾き飛ばした。
半月刀は、遥か彼方へ飛んでいく。
海賊たちは、天変地異でも目の当たりにしたかのような顔で立ち尽くしていた。
バスケスの描いた夢
——しかし、バスケスは決断の早い男だった。
他の海賊たちとは違い、彼は浜へ打ち上げられたオルテガ軍の将校を見るなり復讐に駆られるような男ではなかった。
まず目を留めたのは、制服の袖に縫い付けられた金線だった。
階級章そのものを見たことはなくても、高級将校の装いくらいは分かる。
見たことのない制服、見たこともないほど整った金髪の美貌、ひと目で分かる堂々たる体格——それらを見た瞬間、バスケスは確信した。
——カルデロン提督の孫、カッセル・エスカランテだと。
エスカランテの名に激昂する部下たちを制し、
この男は復讐の相手ではなく、莫大な財宝そのものなのだと、説いて回った。
「もし万全の状態だったなら、俺のほうから手足を切り落として交渉していたさ。だが今は違う。指一本傷つけただけでも、この金山は死ぬ」
だから絶対に傷つけるなと、何度も言い聞かせた。
うまくやれば、ラス・サンディアゴが滅ぶ前よりずっと豊かな暮らしができる——それが、バスケスの描いた夢だった。
ラ・マンチャでは、忠誠など最初から当てにならない。
第九領主ハイメがオルランドを裏切り、帝国軍へ寝返ったと聞いても、
誰もが口をそろえて「俺だってそうしたさ」と言う。
裏切り者となったハイメは領地と民の安全を保証され、帝国から新たな大領主の地位まで約束された。傀儡の地位でも、百年の平穏と繁栄が手に入るなら十分——。
ラ・マンチャの人間にとって大切なのは、自分が食べていけること、生き延びること。
だから彼らは、強者へ頭を下げることを恥とは思わない。
力だけが支配する世界で、力以上の掟など存在しないのだから。
その中でも、バスケスは飛び抜けて現実的な男だった。
七人の部下に見守られ、一人は気絶して転がるその場で、
彼は迷いなくオルテガ海軍の将校へ膝をついた。
「お許しください、大佐様!」
帝国軍の階級とラマンチャ流の敬称を無理やり混ぜ合わせた奇妙な呼び方で叫ぶと、
バスケスは砂の上へ額を擦りつけた。
許す? 何をだ
カッセルは無表情のまま歩み寄ると、その肩を容赦なく蹴り飛ばした。
後ろへ転がったバスケスは、すぐさま跳ね起きるように再び平伏する。
「許す? 何をだ」
「わ、私が畏れ多くも、大オルテガ帝国海軍の偉大なる司令官様を、このガンベラに抑留し、貴重なお時間を——」
「抑留だけか?」
カッセルの声は、冷え切っていた。
「誘拐はどうした。俺を南の果てまで連れてきた理由は何だ」
「ゆ、誘拐など滅相もございません! と、とんでもない!」
答え終えるより早く、軍靴が再び振り下ろされた。
部下たちは誰一人動くことができず、
青ざめたまま、その光景を見つめることしかできなかった。
——これは、ただ怒りに任せて蹴りつけているのではない。
「抑留」と言い換えて罪を軽く見せようとするバスケスに、自分たちがしたことは「誘拐」だったと認めさせるための尋問だった。
お前たちが食いつぶした俺の時間は、誰が返す?
「そのおかげで、あなた様は奇跡のように生き返ることができたのです!
……そのことだけは、どうかお忘れにならないでください。お願いします、大佐様!」
「お前ごときが俺に、忘れろだの何だのと指図するな。お前たちのせいで失った俺の時間はどうなる?」
カッセルは冷たく言い放った。
「お前たちが食いつぶした俺の時間は、誰が返す?」
「船が……船が必ず来ます!」
「モリナはマリルとよろしくやっている最中なんだろう?」
「い、いえ……マリルではなく、ムリーリョで……」
「くだらん口を開くな」
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