この結婚はどうせうまくいかない 原作3巻9章⑮|エスカランテの犬【ネタバレ】

この結婚はどうせうまくいかない 原作3巻9章⑮|エスカランテの犬 この結婚はどうせうまくいかない

🌹 原作小説『この結婚はどうせうまくいかない』原作をもとに、物語の流れと人物心理を整理しています。会話部分は原作の表現を引用する場合があります。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。

——冬。
カルステラに来て、もう三つ目の季節を迎えていた。

気をつけていなければ、自分がどれだけここで暮らしてきたのかさえ分からなくなる。

——「これは、本当に良くない兆候ね」

離婚するための結婚だったはずなのに。

あらすじ|火種はどこにでもある⑮

穏やかな午後、テラスに出たイネスは自分の計画を思い返していた。

子どもを産み、幼子が歩けるようになったら離婚する。
その未来を思い描くたび、以前の彼女は幸福だった。
けれど今は違う。

カッセルが誰かと夕食を囲む姿を想像するだけで、気分が悪くなる。

そこへラウルがショールを持って現れ、カッセルの美点を延々と語り始めた。
いつの間にか、自分の忠実な犬が、カッセル・エスカランテの手先になっていた。

季節の感覚さえ曖昧になる街

陽射しの下でも、空気は少しだけ冷たい。カルステラでは、それだけで真冬だった。

この冬が終われば、四つ目の季節になる。

四季の穏やかなオルテガの中でも、カルステラはとりわけ気候の変化が少ない。だから時折、時間まで止まってしまったような錯覚に陥る。

(もう、こんなにも……)

思いがけず辿り着いたこの街に、自分はあまりにも馴染みすぎていた。
まだ一年も経っていないというのに。

たった一年足らずでこれほど馴染んでしまったのなら、この先、自分はどれほど安逸な人間になってしまうのだろう。

計画は変わっていない……はずだった

もともと結婚生活は四、五年のつもりだった。

妊娠し、子どもを産み、幼い子が歩けるようになるまで。その後、離婚する。
ヴァレスティナではなく、エスカランテの名を残したまま。

離婚した貴族女性にとって、子どもは最後の砦だ。母親として生きるためだけではない。家を失い、夫も失えば、残るのは子どもだけ。それだけが、自分を社会につなぎ止める名札になる。

ハイエナに食われず生きるためには、最後までライオンでいなければならない。
けれど、そのライオンは、一度胸に深い傷を負った。

目を覚まして以来、イネスが望んだのはただ一つ——自由だった。
誰よりも気楽に生き、穏やかに年老い、自然にこの人生を終えること。

離婚後、子どもをエスポーサへ残し、自分だけが去る。
小さな荘園で暮らし、季節ごとに子どもと会いながら、ほどよい孤独を楽しむ。
あとは静かに死を待つだけ。

その未来を思い描くたび、以前の彼女は幸福だった。
それが、ついこの春までのことだったなんて。

「相変わらず、一寸先も分からないわね。イネス・ヴァレスティナ」

目標そのものは、今も変わっていない。
けれど以前のように、その先に何も残らないとは思えなくなっていた。

年月を重ねれば、未練も悲しみも残る。
そして何より——カッセル・エスカランテだけは、何もかも計算外だった。

良くない兆候

一番の誤算は、彼の惜しみない愛情だった。
それを向けられるたび、胸に湧き上がる罪悪感。

罪悪感など、自分には一番似合わない感情なのに。

イネスは頭を振る。
ヒルのように張り付いて離れない、あの弱った表情を追い払うように。

考えるべきは、そんな顔ではない。
あの大きな体。たくましい肩。軽々と自分を抱き上げる腕。競走馬のように鍛えられた太腿。

カッセル・エスカランテは強い。憐れむような男ではない。
莫大な財産があり、人が一つ持てば願いが叶うと思うものを、彼は百も千も生まれながらに持っている。この先どんな人生になろうと、きっと幸せに生きていける。

もっと彼を大切にしてくれる女性と出会って——

「……私にしてくれたように、その人にも」

手すりを握る手に、思わず力がこもった。

以前なら、カッセルが他の女と遊び歩く姿を想像するだけで胸がすっとした。

けれど今は違う。狭い官邸の食堂で、誰かと仲睦まじく夕食を囲む彼を思い浮かべるだけで、どうしようもなく気分が悪くなる。

「……これは、本当に良くない兆候ね」

全部、カッセル・エスカランテのせいだ。
あんなに優しい人は、同じように優しい人と生きるべきなのだから——イネスは頬を撫で、覚悟を決める。

あと何年もここで暮らせば、この生活そのものを手放せなくなるかもしれない。

「……いっそ、早く妊娠できればいいのに」

妊娠さえすれば、四六時中一緒にいる必要はなくなる。何か理由をつけて、ここを離れればいい。
そうすれば、全部楽になるはずなのに。

いくらもらったの?

「大尉様から、何度も念を押されておりますので」

ショールを差し出したラウルは、頼んでもいないのに語り始めた。

イネス様が風邪を召されたら私を許さない、と言われている。
官邸を空ける間も目を離すなと念を押される。
朝は「イネス様は」で始まり「イネス様は」で終わる。
夕方戻れば、尋ねることも最初から最後までイネス様のことばかり——。

まるで商人が商品の売り込みでもしているような口ぶりだった。

イネスは、大通りでスリでも見つけたような目でラウルを見つめる。

「……いくらもらったの?」

「え?」

「エスカランテから、いくら積まれたの?」

滑るように続いていた言葉がぴたりと止まった。

「ひどいです、イネス様。私がそんな人間に見えますか」

「そう思っていなかったからこそ、あなたを信用して屋敷へ入れたのよ」

大尉様は人を金で買うような方では——と言いかけたラウルに、イネスは、私の夫は、この小さな官邸で馬丁から庭師まで味方につけた男よ、と返す。

ラウルは慌てて言い直す。
あの人たちは元々大尉様の部下です、給料を払っているんですから買収とは違います、と。

「大尉様がどれほど私を嫌っておられるか、ご存じでしょう」

(……それは確かに。)

ラウルがイネスの癖を気遣ったり、ドレスの裾を膝をついて直したりするたびに、カッセルは聞こえるように深いため息をつく。今思えば、あの頃から嫉妬は相当なものだった。

「カッセルがあれほどあなたを敵視しているのに。それでも給料のために?」

「そうです」

「マリカ……」

「今、マリカと」

ラウルの声が妙に低くなる。イネスは肩をすくめた。

「あなたまで、カッセルの顔に騙されたのかと思っただけ。だって、カッセルは綺麗だもの」

「それはあんまりじゃありませんか。一発殴られたら吹き飛ばされそうな男を、『綺麗』だなんて」

「綺麗じゃない?」

「イネス様にはそう見えるのでしょう」

エスカランテの犬

「あれだけあなたに冷たい男のために、どうして私にはあの人のいいところばかり話すの?」

ラウルは困ったように目を伏せた。

「私など、どうでもいいんです。イネス様のご主人様にとって大切なのは、イネス様をどう扱うかです。従僕をどう扱うかではありません」

「当然のことを、ずいぶん自己犠牲みたいに言うのね」

「私は犬扱いでも構いません。イネス様が女王様なら」

忠誠心に満ちたその目さえ、今のイネスには裏切りの証に見えた。
いつも自分だけを見ていたラウルが、いつの間にかカッセルの側にも立っている。

それが少し悔しくて、少し寂しくて、少しだけ驚いた。

「カッセル・エスカランテのくせに……ずいぶん人心掌握がうまいのね」

そういえば自分自身も、いつの間にかこの海辺の街へ馴染まされていた。
武装解除された兵士のように。
城壁の中で戦争の存在すら忘れてしまった、愚かな兵士のように。

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📖原作3巻9章|火種はどこにでもある

◀ 第9章⑭|これは褒美だ、罰じゃない(前の記事へ)

▶ 第9章⑯|問題がないように見えることが、問題
(次の記事へ)

📖 今回のエピソード対象範囲

プラットフォーム対象話数
ピッコマ・LINE漫画・COMICO第47話相当
めちゃコミ第48話相当(推定)

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