🌹 本記事は、『この結婚はどうせうまくいかない』原作第7巻・終章をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。
会話部分や必要な箇所では、原作の表現を引用する場合があります。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
※地名・人名について:本作には現時点で原作小説の公式日本語翻訳版がないため、地名・人名などの固有名詞は原文をもとに当サイトで日本語表記しています。今後、公式日本語版で異なる表記が採用される可能性があります。
終章|風はかつて吹いていた場所へと帰っていく 21
エスカランテ邸に、長男が生きているという報せが届いた。
感激に浸る暇さえ与えられず、家族は嫁の長広舌に辟易する。
けれど説教が終わる頃、痩せ細った義母の頬に、ようやく笑みが戻っていた。
それごらんなさい
イネスは待ってましたと言わんばかりに舅と姑、義弟を一堂に座らせ、長々と説教を始めた。
おかげで家族は、カッセル生還の感激に浸る暇もなく、その妻による刑罰のような長広舌に付き合わされる羽目になった。
——そうだ。イネスの言った通り、カッセルは生きていた。そして彼女も、初めから正気だったのだ。
(家族はずっと、そうは思っていなかったが……)
——戦死を受け入れられず、夫が生きていると思い込んで戦地へ手紙を送り続けている。
フアナからそう聞いたイサベラは、身重のイネスが正気まで失ったのだと思い、泣き崩れていたのだ。それなのによく食べ、よく眠るものだから、それすら「悲しみが深すぎるせい」だと心配されていた。
ただ健康に暮らしていただけのイネスとしては、呆れるほかない。
(だってカッセルは死んでいないし、子供たちを食べさせていかなければならないのだから……)
視線は、すべて自分ひとりに
イネスは、日に日に痩せ細っていくイサベラの方こそ、家族全員の心配の種になっているものと思っていた。
実際は、そうではなかった。
フアンは菓子を頬張るイネスを見ては深い溜息をつき、訳も分からず見返す彼女の頭を撫で回す。
ミゲルまで、兄によく似た目元に涙を浮かべ、哀れむように義姉を見つめていた。
(兄が死んだと聞いて、どれほど心を痛めていることか)
ところが、その眼差しはむしろ、遺腹の子を二人も宿したイネスへ向けられた同情だったのである。
誰がどう見ても病人なのは、痩せ細ったイサベラと持病を悪化させたフアンの方だった。それなのに、家族全員が心配していたのは、丸々と肉のついたイネスだった。
カッセルの戦死通知を受け取って以来、イネスは以前にも増してよく食べ、ふっくらとした頬を取り戻していたというのに。
ところがルシアーノは、顔を見るなり言った。
「イネス、またどこか具合でも悪いのか?どうして顔がこんなに腫れぼったいんだ?」
イサベラまで、身重で無理をしたせいでむくんだのだと不憫がり、愛おしそうに頬を撫でる。これまで食べたものはいったいどこへ消えたと思っているのか。
違うと説明することにも疲れ、見せつけるように食べてやったというのに、その食欲すら憐れみの対象になっていたとは夢にも思わなかった。
本当に元気で笑っているだけなのに、「泣くことすらできないなんて、かわいそうに」と言われる始末だった。
気に入らない役割を
それでもイネスが、そうした誤解を甘んじて受け入れていたのには理由があった。
衰弱したイサベラやフアンが、カッセルの偽りの死にこれ以上心身を痛めるくらいなら、目の前のくだらない心配事に気を取られている方がましだった。
(その『くだらない心配事』が私だというのは気に入らないけれど……)
家族とはそういうものだ。
互いのためなら、気に入らない役割を引き受けなければならない時もある。
いつだったか、ルシアーノがかけてくれた言葉だった。
そうすることでイサベラが、イネスの食べ物をつられて口にしてくれるなら、それでいい。
自分のためだけなら、何も食べようとはしない人なのだから。
先入観というものは
すべての誤解が解けたところで、イネスはきっちり教訓を言い聞かせた。
「このように、先入観というものは恐ろしいのです。最初から答えを決めつけていては、現実が見えなくなります。息子や兄弟のことを、それほどまでに信じられなくてどうなさるのですか」
果てしなく続いた説教もようやく終盤に差しかかり、
「お分かりになりましたか?」
すでに集中力を失っていたミゲルが、どうにか頷く。
その隙にノリエガ大佐の手紙をこっそり読んでいたフアンも、イサベラの目配せに気づいて「よーく分かったとも」と答えた。
イサベラに至っては、息子は生きており、義理の娘も狂ってはいなかったのだ。
一日中叱られたところで、それすら幸せな鼻歌でも聞いているような顔をしていた。
あらまあ、と手を叩いて
やがてフアンが、ノリエガ大佐の手紙で知ったラス・サンディアゴ諸島の現況を、どこか浮き立つような声で聞かせ始めた。
イサベラも、萎れかけていた鉢植えが息を吹き返したように瞳を輝かせて聞き入り、バルカ中佐が銃殺されたくだりでは「あらまあ」と手を叩いて少女のように喜んだ。
一方、心根の優しいミゲルは、その後の「二等兵へ降格」という話に一瞬つらそうな顔をした。
軍人の道を歩み続けていれば、いつか自分も中佐になっていたかもしれない。一夜にして最下級の水兵へ叩き落とされるという刑罰は、彼には妙に現実味があったのだろう。
だが、その衝撃もすぐに兄への誇らしさに吹き飛んだ。
ガンベラでのくだりを読み返す瞳は、英雄譚に夢中になる少年のように輝いていた。
私は一瞬たりとも
ようやく穏やかな空気が彼らを包み、イネスはソファに深く身を沈めながら、満足げに家族を眺めた。
(こうなることは分かっていたわ)
自分でも傲慢に聞こえるその言葉を、もう一度心の中で反芻する。
(でも、本当に分かっていたの。私は一瞬たりとも、『私たち』がこうなることを疑わなかったわ、カッセル)
ミセレで答えを得られず絶望していたあの時。子供たちの胎動を感じるよりも前、わずかな疑念や挫折に耐えるくらいなら、いっそ自分を壊してしまおうとさえした。
今となっては、あなたに申し訳なく思えるほどに。
——『二度とあんな真似はさせないと、分かっているはずだ。俺は君をそんなふうにはさせない。イネス』
——『君は二度と、間違った選択なんてしない』
あなたが、そう約束してくれたから。
そして私は、あなたが何としてでも約束を守る男だと知っている。
たとえあなた自身にできなくても。
私が代わりに果たしてでも。
あなたが私の人生を繋ぎ止め、再び立ち上がらせ——真の『最初の人生』へ、『私たち』の人生へと連れてきてくれたように。
私は欲張りですから
イサベラは、これまでどうしても笑えなかった。
日に日に大きくなるお腹を見るたび、カッセルを失ったイネスがたった一人で双子を産むのだと思い、申し訳なさに苛まれていた。
せめて出産の日までは自分がしっかりしていなければ——そう語る義母に、イネスはわざと拗ねたように返した。
「ですが私は欲張りですから、全部必要なのです、イサベラ様」
出産までだけではない。
その後もずっと、そばにいてほしい。
その言葉にイサベラは思わず笑ったが、やがて込み上げる涙を堪えきれなくなった。
その祈りが、結局は届いた
「本当に私は、カッセルが二度と戻ってこられないものとばかり……。自分の子供たちが生まれるところさえ見届けられずに、逝ってしまったのだと思っていたのよ」
あれほど愛した妻にも、生まれてくる子供たちにも会えないままなのかと思うと、あまりに虚しかった。
せめて遺体だけでも帰ってきてほしい。夢の中で一度会えるだけでもいい。
そして叶うなら、たった一度でも妻と子供たちをその目で見てほしい——。
イサベラは、そんなことばかり祈り続けていたのだという。
「その祈りが、結局は届いたのです。イサベラ様」
「あの子が……本当に、生きているのね……?」
ようやく現実を確かめるように問いかけるイサベラへ、イネスは確信を分け与えるように微笑んだ。
「カッセルは生きています。イサベラ様がそれほどまで切実に祈ってくださった、その『一度』が、私の残りの生涯すべてになるほどに」
そして、出産の日だけではなく、その後もずっとそばにいてほしいと。
「当たり前でしょう」
「あなたの息子の呆けた顔も、ぜひ一緒に見届けてくださいませ」
我が子からの手紙を大切そうに握りしめたまま、イサベラはついに泣き崩れた。
遅れて押し寄せた安堵に耐えきれなくなった妻を、フアンが大きな胸へ引き寄せる。
その目元もまた、赤くなっていた。
これは、あなたの甥っ子と姪っ子が泣いたのよ
ミゲルもまた泣いていた。
かつて家族から離れ、兄にさえ牙を剥いていた面影はもうない。
母を気遣い、父を支え、義姉の世話を焼き、生まれてくる甥や姪を心待ちにしている。
ミゲルが自ら手放した家族を取り戻したように、フアンとイサベラもまた、愛すべき末息子を取り戻したのだ。
「……義姉さんだって泣いてるくせに、なんで泣いてないふりするのさ」
指摘されたイネスは、仕返しとばかりにミゲルの袖で涙を拭った。
「これは、あなたの甥っ子と姪っ子が泣いたのよ……」
「はいはい、そうですか……」
やがてカッセルによく似た手が、イネスへハンカチを差し出した。イネスはそれを押し返し、代わりにミゲルの肩へそっと頭を預けた。
ミゲルも義姉の肩を抱き寄せ、嬉しそうに涙を流した。
私の人生、私の命、私の生涯
——カッセル。
私にも、あなたに見せてあげられる『私たちの人生』があるわ。

あなたは、ただ帰ってきさえすればいい。
私たちの家へ。
——私の人生、私の命、私の生涯
それは彼の名前でありながら、果てしなく愛そのものだった。
かつて、自分自身さえも憎んでいたイネスを、カッセルだけは愛し続けてくれた。
最も惨めだった時にも、暗闇の中から彼女を見つけ、抱きしめてくれた。
だから今度は、イネスが返す番だった。
——残りの生涯、あなたを私の傍らに縛りつけて、いつだって最高のものだけを与えてあげる。
彼から奪ってしまった幸せも、時間も、「私たち」も。
一つ与えられたなら、三つにして返してやる。
今度の人生では、あの大甘な男を、それ以上の大甘にして打ち負かしてやるのだ。
それはイネスと、お腹にいる二人の子供たち——
三人分の保証でもあった。
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