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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、物語の流れと人物心理を整理しています。会話部分は原作の表現を引用する場合があります。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
埃をかぶったまま、何もかもが残された小屋。
幼い字で綴られた、レマーさんの家のレイラの日々。
——ただの一瞬も、私のものでなかった時などなかったレイラ。
彼にとって最も輝かしかった日々は、
彼女にとって、美しく輝いていた人生の終わりだった。
埃が積もっていることを除いては
埃が積もっていることを除けば、すべてがそのままだった。
何もかも捨てて逃げたという事実が一層鮮明に迫り、マティアスは自嘲の笑みを漏らした。
庭師とレイラが、この古い家をどれほど大切に手入れしてきたかを知っているから、虚脱感はなおさら大きかった。
濡れた体から落ちた雨粒が床板に濃い染みを作るまで、彼は静かに立ち尽くしていた。
窓と屋根を叩く雨音の間から、息遣いが漏れる。
乱れた呼吸を整えて、マティアスはゆっくりとレイラの部屋へ向かった。
そこもまた、彼の覚えているままの姿で残されていた。
今にもレイラが戻ってくるかのような光景だった。
ベッドの傍らのランプを灯すと、ほのかな光が微かな暗闇を照らした。
レイラ、と名前を呼べば、あの女が現れる気がした。
どこからかちょこちょこと駆け寄ってきて、
表情豊かな緑の目で、じっと彼を見つめるのではないかと。
笑うのではないかと。
囁くのではないかと。
——「愛してください」と。
あの美しかった夕方のように。
鎧のような習慣の、亀裂
背筋を真っすぐ伸ばして立つマティアスの姿は、普段と少しも変わらなかった。
少し伏せた落ち着いた目も、穏やかに閉じた唇も。
けれど、体に染みついた鎧のような習慣でも消し去れない亀裂の痕跡が、至る所から滲み出ていた。
焦点の定まらない眼差し。不規則な息遣い。
握りしめた拳の先から始まった、微細な震え。
それを否定するように、マティアスは再び深く息を飲み込んだ。
何かに集中しなければならなかった。
足先に当たったベッドの下の大きな木箱を引っ張り出すと、雑多な物の中に、見覚えのある箱があった。
彼が贈ったプレゼントだった。
ベッドの端に腰掛けて、ベルベットの箱を開ける。
——美しいクリスタルの鳥がきらめいた。
その華奢で繊細な光の中に、マティアスは去年の春のレイラを見た。
子供のように無邪気に感嘆しながら博物館の通路を駆けていき、鳥に向かって手を伸ばしていた。
その春を飛び越えて、彼の元へ来たレイラ。
ただの一瞬も、私のものでなかった時などなかったレイラ。
——私のレイラ。
箱を元の場所に戻しながら、マティアスは見た。
彼が履かせてやった靴が、部屋の隅に放置されているのを。
彼が与えたすべてを放り出し、それさえも捨てて、レイラは去った。
笑いたいのに、唇が動かなかった。
怒りは虚無となり、今はそれさえも消え去っていた。
今、何が残ったのか
だとしたら、今、何が残ったのか?
ぼんやりとした目が、再び部屋の中を彷徨う。
濡れた髪と指先の水滴が、ぽつり、ぽつりと、シーツと床へ落ちていった。
何かが残っていなければならなかった。こんな終わり方であるはずがなかった。
どうしていいか分からず、途方に暮れた顔を拭って立ち上がると、マティアスはレイラの足跡を追うように、狭い部屋の隅々を探し始めた。
洋服箪笥。本棚。引き出し。
目に触れるすべての場所を。
ほとんどの荷物がそのまま残っているという事実が、彼の息の根をさらに締めつけた。
ひとしきり荒らした部屋に、強くなった雨音と、不規則で荒々しい息遣いが染み込んでいく。
その時、足元に落ちていた一冊の色褪せたノートが目に留まった。
広げられたページには、子供のものらしい字がきちんと並んでいた。
血の気の失せた手で、マティアスはそれを拾い上げた。
幼いレイラの日記だった。
もう手を放そうとしていた心を変えて、彼は再びノートに視線を落とした。
今日、アルビスに来た
子供の日記は、アルビスに着いた初日から始まっていた。
ビルおじさんはとても大きくて恐ろしい顔をしているけれど、実はちっとも恐ろしくない。
怒鳴らないし、叩きもしない。
夕食をくれて、牛みたいにもりもり食べるのがいい子だと言ってくれた。
私はビルおじさんが好きだ。
孤児院に行かずにここでビルおじさんと暮らせるようにしてくれとお祈りした。 そうなったら私は本当にいい子になるだろう。今度こそお祈りが叶うといいな。
裏には、すっかり乾いた草や花びらが貼りつけられていた。
アルビスの森と花、鳥たちを描いた、拙い絵も何枚か。
古びた紙をゆっくりとめくっていた手は、ほどなく再び止まった。
学校に通っている公爵様を見た。木の上にいる私を銃で撃とうとした。とても恐ろしくて泣いた。でも、公爵様は本当にきれいだった。
声も、拾った水鳥の羽のように柔らかだった。
貴族はみんなきれいなのかとビルおじさんに聞いたら、そうではないと言われた。
どうしてあんなにきれいな人が悪いことをするのか分からない。
日記が思い起こさせた初めての出会いに、マティアスの眼差しは沈んだ。
川岸の木の上に座っていた、
鳥だと思って撃ちそうになった小さな娘。
人を殺しかけて驚いた日だったからか、その記憶は彼の脳裏にも鮮明に残っていた。
その後も度々、狩猟場であの子を見かけた。
リエットのように子供好きの客が話しかけても、レイラはぺこりと頭を下げて逃げていくのが常だった。
あの子は、特にマティアスを恐れていた。
心がきらきら星のように
日記を握ったまま、マティアスはベッドの端に腰を下ろした。
何をしているのかは理解できなかったが、止めたくなかった。
日記の中の子供は、ありとあらゆることを喜んでいた。
新しい花や鳥の名前を知ったこと。
ビルおじさんに褒められたこと。
天気が良いこと。
初めて食べたアイスクリームが、とても美味しかったこと。
その間に、ふと悲しみが滲んだのは、マティアスも覚えている日だった。
公爵様の親戚のお嬢様に邸宅へ呼ばれたけれど、お嬢様のしたいことが一つも分からなかった。
子犬みたいだと言われ、ただじっと待っていただけなのに、お金を渡された。
受け取りたくなかったけれど、もらわなければならなかった。
それが恥ずかしくて夢中で走り、転んで落としたお金を、きれいで恐ろしい公爵様が踏んだ。
公爵様の前でそのお金を拾うのがとても悔しくて悲しかった。
けれど、もう悲しまないことにした。
ビルおじさんが、自分の仕事をして稼いだお金なのだから堂々としていいと言ってくれたから。仕事を見事にやり遂げたのだから、これからかなり立派な大人になるだろう、と。
本当に変だ。 みんなは私を「縁起の悪い孤児」って言っていたのに。
親戚の家では、最後は娼婦になるとからかわれ、言い返せば自分だけが叩かれた。
罰で食事を抜かれ、空腹に耐えかねて畑のカブを食べれば、今度は泥棒女と罵られた。
他の人たちも、みんなそうだった。
でもビルおじさんだけが私に「立派な大人になるだろう」って言ってくれた。
ビルおじさんは何でも知っている頭のいい人だから、本当に立派な大人になれるかもしれない。
その言葉が嬉しくて、夜もよく眠れない。
私が素敵な大人になれるかもしれないと考えると、心がきらきら星のように輝く気がする。 私は必ず立派な大人にならなくては。そしてビルおじさんをとても喜ばせたい。
おじさんは嬉しい時にからからと笑う。
その笑い声が、本当に好きだ。
マティアスは、すぐに次のページをめくれないまま、長い間動けずにいた。
あの日、子供が落とした金貨を踏んだ理由は、自分でも分からなかった。そんな類の悪戯に興味を持ったことなど、一度もなかったのに。
人を殺しかけて驚かされた、見知らぬ子供が気に障ったのか。
そうだったのかもしれないが、長い年月を経た記憶はぼんやりとしていた。
ただ、そうしてみたかった。
ひどく小さく痩せて見栄えがしないのに、大きな緑の瞳だけがやけにきらきらと輝く子供が、面白かったのかもしれない。
美しく輝いていた人生の終わり
闇が深くなる頃まで、マティアスは捨てられた小屋の小さな部屋に留まった。
少し成長してからの子供は、日記の代わりに、ごく短いメモで日常を記録していた。
アルビスの森で見つけた花と鳥。
成績を上げる、自転車を習うといった新しい目標。
倹約して使われた生活費。
ほとんどがビル・レマー、あるいはカイル・エトマンと過ごした日々で、時折見知らぬ名前があっても、それもまたこのアルビスの人々だった。
あちこち追い出され、独り見知らぬ国まで流れてきた孤児の少女が、レマーさんの家のレイラとして生きてきた時間。
それらが詰まったノートが、一冊、また一冊と、ベッドの上に積み重なっていった。
そして記録は、去る冬、年末が近づく頃でぷつりと途切れていた。
——マティアスがあれほど欲しがったものを、とうとう手に入れた頃。
あの美しい鳥の主人になった頃だった。
本の山も、本棚も、箱の中もすべて探したが、その後の記録はどこにもなかった。
そして去った。消え去ってしまった。
彼にとっては、この生で最も輝かしい日々だった。
けれどあの女にとっては、美しく輝いていた人生の終わりだった。
マティアスは、何の怒りも幻滅もなく、その事実を受け入れた。
まるで、自分の人生の見物人になったような気分だった。
すべてが煩わしかった。
今、何がどうなろうと、関わりたくなかった。
ここが寝室なら、習慣のようにサイドテーブルへ手を伸ばし、睡眠薬を飲み込んで眠りを請うただろう。
鳥が死にました
灯を消して、マティアスは静かに小屋を後にした。
入ってきた時と同じように、散歩でもするようにゆったりと。
邸宅に戻るまでずっと、降り注ぐ雨など意識していない人のようだった。
ずぶ濡れで現れた主人に使用人たちはざわめいたが、その声は耳元で鳴っては散るだけで、意識にまで届かなかった。
彼を引き止めたのは、ちょうど寝室から出てきた、硬い表情のヘッセンだった。
その後ろで、カナリアの世話をしてきた幼い女中が、怯えたまま啜り泣いていた。
目で説明を促すと、ヘッセンは何度も唾を飲み込んで、ようやく口を開いた。
「鳥が……」
震える声の合間に、女中の嗚咽がさらに大きくなる。
彼にしては珍しく目を伏せたまま、ヘッセンは沈痛な面持ちで告げた。
「残念ながら…… 鳥が死にました、旦那様」
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