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🌹 本記事は『泣いてみろ、乞うてもいい』原作をもとに、高解像度あらすじ形式で構成しています。本文中の会話・心理描写・印象的な表現については、原作の表現を適宜引用しています。
※ネタバレ注意:ここから先は、重大なネタバレを含みます。
十分、しましたよね
綺麗に拭いてやったレイラの傍らに、
マティアスは身を横たえた。
熱の冷める時間は十分に経ったのに、まだ赤らんでいる小さな体が美しかった。
布団をかけてやろうという気を変えたのは、そのためだった。
暖炉の温もりがあるから、もう寒くはないだろう。
——寒いとしても、気を変えるつもりはないが。
堅固な壁のような沈黙に沈む意地っ張りな女を、
マティアスは懐へ引き寄せて抱き締めた。
離れていた時間が、拭い消した唇の痕跡が、再び鮮明になっていく。
満足げに微笑み、宥めるように肩や腹をそっと撫でてみる。
何かを強請るように振る舞う自分がおかしいのに、それがまるで嫌ではなかった。
その手の動きに、レイラははっと目を開けた。
顔を顰めて身を捩じる様子が可愛らしくて、マティアスは少し笑った。
「こういうことは、やめてください。」
理解してもらえないのを恐れるように、レイラははっきりと力を込めた。
力なく伸びていた手は、いつの間にか彼の手首をぎゅっと掴んでいた。
微かな力だったが、マティアスは素直に捕らわれてやった。
「十分、しましたよね。」
本当はこれ以上したこともあるが、レイラは知らないふりをした。
もう、前のように痛いわけではない。
だが、痛くないことが、かえって辛かった。
この男とこうして交わり、体が応えてしまう——その自責の方が、体が二つに裂けるようだった最初の苦痛よりも、よほど耐え難かった。
マティアスは、その手を引っ込めた。
代わりに腰を抱き、片腕で頭を支えて、懐の小さな鳥を見下ろした。
レイラは力を込めて見開いた目で、彼を見つめ返した。
体を売って、大学へは行かない
「首都で過ごすように。」
乱れた髪を撫でながら、マティアスは囁いた。
女中扱いされて侮辱されるレイラを、二度と見たくなかった。
どうせ結婚まで愛人を領地に置くわけにもいかない。
居を少し早く移すのも、悪くはなかった。
「なぜですか?」
彼を見るレイラの眼差しが、疑問に細まっていく。
「大学に、行きたがっていただろう。」
「それで、私を大学に行かせてくださるとでも?」
「君が望むなら。」
「……いいえ。嫌です。」
レイラは激しく首を振った。
「体を売って大学に行くなどという気持ちは、ありません。絶対に。」
荒い眼差しとは裏腹に、声は力なく震えていた。
真顔になるレイラを見つめ、
マティアスは冷ややかな笑みとともに溜め息を飲んだ。
——レイラ・ルウェリンのこういう言葉は、自虐ではない。
この賢い鳥は、自分の主人を侮辱する術を、正確に心得ていた。
——私たちは取り引きの関係で、私の体はその手段に過ぎない。
そう言い聞かせて神経を逆撫でする浅はかな手が透けて見えるのに、
それでも毎回巻き込まれる自分に、マティアスはふと苛立った。
「レイラ。木の板みたいに面白みもなく横たわっているだけのお前の体に、大学へ行かせるほどの価値があるとでも思っているのか?」
柔らかな髪をひと掴みし、握る手に徐々に力がこもる。
侮辱感が強いほど、彼の声はむしろ穏やかになった。
「だったら、なぜ私に、こういうことをするのですか?」
びくっと息を飲むレイラの顔が、一瞬で赤く火照った。
真実を、彼さえ知らない嘘
「さあな……。」
自分でもわからない気持ちに、マティアスはしばし考え込んだ。
愛人をあえて大学へ行かせる必要などなかった。
首都の屋敷で贅沢をさせるだけで十分だと、彼もわかっていた。
「私が施してやる、慈悲と恩恵だろう。」
失笑まじりに吐き捨てた言葉に、レイラは「はっ」と短く漏らした。
気の強い眼差しで睨み、身を起こそうとする。
だが、肩を掴んでベッドへ押し付ける彼の動きが、わずかに早かった。
——神経を逆撫でする態度は苛立たしいが。
少なくとも、クロディーヌに侮辱されていた時よりも、
寒く暗い寝室に独りうずくまって眠り込んでいたあの哀れな姿よりも、ずっとましだった。
反抗する愛人に抱くには少々おかしな感情を、マティアスは素直に受け入れた。
——何もかも、理解できないことだらけだ。
クロディーヌの件もそうだ。
婚約者である彼女が、当然レイラに優先されるべきだった。
あのように叱責したのは、秩序に反する行為だった。
クロディーヌが何をしようと、
自分がこの女にしていることより邪悪であるはずもないのに。
わかっているのに、思うようにならなかった。
溜め息の代わりに、
マティアスは固く結ばれた小さな唇を飲み込んだ。
顔を避けようとするレイラの上へ乗り上げ、力を込めて押しつける。
衝動から始まった口づけに欲望が宿るまで、長くはかからなかった。
レイラが気づいた頃には、もう抗う間もなく事は始まっていた。
先ほど自ら拭ってやった痕跡を、彼はまた、自分の手で汚し始めた。
避ける代わりに、レイラは緩やかに動く彼の顔を、じっと見つめた。
公爵がこうする理由が、
自分の楽しみ以外の何ものでもないと知らぬほど、馬鹿ではなかった。
だが、慈悲と恩恵だと。
「嘘……。」
荒い息の間から漏れた囁きに、マティアスの動きが一瞬止まった。
穿つように見つめるレイラの瞳は、当てどもなく純粋なあまり、一層大胆に見えた。
いつも力なく揺れていた両腕が、今はしっかりと彼を抱き締めていた。
「全部、わかっているわ。」
弱みを握ったつもりなのか、レイラはかなり真剣だった。
「嘘、ですよね。」
フッと笑い飛ばしたマティアスは、
なおも喋り続けようとする小さな唇を飲み込み、再び動き始めた。
——もしかすると、レイラが正しいのかもしれない。
嘘。
真実が何であるかは、彼でさえ知らない嘘。
夜の闇に隠れて盗む泥棒
クロディーヌの女中が訪ねてきたのは、早朝だった。
洗顔を済ませ着替えた頃に鳴ったノックに、レイラは少し驚いて扉を開けた。
「申し訳ございません、ルウェリンさん」
女中は開口一番、深く頭を下げた。
幼い頃から一貫してレイラを見下していた姿はどこにもなく、不思議なほど丁寧だった。
「わたしが、嘘をつきました。手を怪我したと嘘をついて、わたしの仕事をルウェリンさんに代わってもらったのです」
そこでやっと、レイラは包帯を解いた女中の右手を見た。
戸惑いはしたが、驚きはしなかった。
こういう嘘かもしれないと、既に予想していたから。
だが、仮にクロディーヌの企みだと知っていたところで、
何も変わらなかっただろう。
かつては伯爵家の令嬢だから、そしてビルおじさんが困るのを恐れて従順にしていた。
けれど今は、
一層強固な罠が、レイラの首を締めつけていた。
——クロディーヌの婚約者と悪い事をしている立場で、
一体何を言えるだろう。
泥棒と、何ら変わらないのに。
夜の闇に隠れて、彼女のものを盗む泥棒。
自らの意思ではないからといって、その事実が変わるわけではなかった。
丁重に謝罪する間じゅう、
女中はクロディーヌに接するように振る舞ったが、眼差しに滲む本心までは隠せなかった。
——軽蔑と、怒り。
扉を閉めた後になって、レイラはその感情の名を理解した。
以前よりも、はるかに露骨で鋭い反感だった。
「もしかして……。」
ベッドの端で物思いに沈んでいたレイラは、不意の悪い予感に息を潜めた。
——もしかして、クロディーヌが知っているのだろうか。
その仮定だけで、息が詰まった。
覚えていたのですか
よりによってその瞬間、ベッド脇の小机に置かれた箱が目に入った。
昨夜、別棟を離れる前に公爵が渡したものだった。
「これは、何ですか?」
戸口まで去っていた公爵が、コートから取り出した小さな箱を手に戻ってきた。
ベッドの下へ腕を伸ばして服を拾い集めていたレイラは、
びくっと布団を胸まで引き上げた。
既に全身に彼の痕が残っていたが、
それでも恥ずかしいものは恥ずかしかった。
「開けてみろ。」
軽やかな動作で、彼はレイラの傍らに箱を置いた。
顔を顰めて睨んでいたレイラは、手にした眼鏡を恐る恐るかけた。
赤いベルベットの箱を開けると、
あきれたことに、鳥の形をした装飾品が現れた。
ラッツの晩春、博物館の通路の天井でクリスタルの鳥が輝いていた午後を、レイラはすぐに思い出した。
——まさか。
オーナメントを睨んでから、顔を上げて再び公爵を見た。
深く覗いても、その目から読み取れる感情は何もなかった。
「なぜ、これを私にくださるのですか?」
結局、レイラが先に尋ねた。
——覚えていたのですか。
言い出せない問いが、彼を見る大きな瞳いっぱいに溢れた。
「好きだっただろう。」
あまりにあっさりとした答えに、レイラは一層混乱した。
期待と希望が、どんな傷となって返ってくるかを、もう良く知っているのに。
——こんなことを、あなたがこうすると、これではまるで……。
勝手に広がろうとする思いを断ち切るように、レイラは急いで箱を閉じた。
俯いて息を整える間に、マティアスが一歩、ベッドへ近づく。
避ける間もなく、顎を包んだ彼が、力を込めてレイラの顔を引き上げた。
贈り物を受け取った愛人の表情が、気になるようでもあった。
「違います。」
避けられなくなったその目を見つめ、レイラができる答えはそれだけだった。
目を細めるだけで、マティアスは何も言わない。
「もう、嫌です。」
「……?」
「要りません。」
「……?」
「持って行ってください。」
もう二度と
空へ舞い上がるようだった、あの瞬間が思い浮かんだ。
冷たく滑らかなクリスタルに指先が触れ、
驚いて顔を向けると、公爵が見下ろしていた春の日の一瞬が。
——今となっては、無意味なのに。
いや。意味など、最初からなかったのだ。
長い間レイラの顔を見下ろしていた公爵は、無関心に手を引っ込めた。
「なら、捨てろ。」
その何でもない命令だけを残して、彼は去った。
——だから、捨てるべきだったのに。
結局持ち帰った箱を開けたレイラの瞳には、
自分への責めと幻滅がこもっていた。
投げ捨てようと握りもしたが、最後まで手放せなかった。
「お前はかなり立派な大人になるだろう。」
確信に満ちたビルおじさんの声が思い浮かぶと、手が震えた。
抑えきれない羞恥心に、首を絞められるようだった。
レイラは昨夜のように、急いで閉じたその箱を、ベッドの下深くへ隠した。
見たくなかった。
もう二度と……。
📖 マティアスがついた「嘘」の本質や、彼がレイラへの感情を愛と認識できない理由は、こちらで詳しく考察しています。
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